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アイラの冒険 異世界からの帰還  作者: まさふじ
第4章 真実の系譜

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第19話 ロレンスの助言、特異点の警告

アズライトへの出発前夜。王都アステリアの夜空は、街の灯りに遠慮するように少しだけ白んでいたけれど、その奥には神羅島の夜を思い出すような、鋭い星の瞬きが確かに息づいていた。


ゴードン家の裏庭。夜露に濡れた芝生の上に、あたしと奏は並んで腰を下ろしていた。手元には、エリーザさんが淹れてくれた温かいハーブティーのマグカップ。立ち上る湯気の向こうで、奏はソウシンさんから授かった一振り――鈍い銀色に輝く『神羅十剣』を、布で静かに磨き上げている。


「……ねえ、奏」


沈黙を破ったあたしの声に、奏は手を止めず、視線だけをこちらに向けた。


「少しは、怖くなくなった?」

「……論理的な質問じゃないわね。恐怖という感情は、生存確率を上げるためのアラートよ。消してしまえば、死に直結するわ」


相変わらずの理屈っぽい返答に、あたしは思わず苦笑した。でも、その声色が以前のような「拒絶」の冷たさではなく、どこか柔らかい響きを帯びていることに、あたしはちゃんと気づいていた。


「そっか。……じゃあ、あたしも怖いって言っていいんだね」

「当たり前よ。相手は、規格外の魔獣。生きて帰れる保証なんて、どこにもないんだから」


奏は布を置き、刀身を月明かりにかざした。鋭い刃が、夜闇の中で青白く光る。


「でもね……」


あたしはマグカップを両手で包み込み、その温もりを確かめながら言った。


「前みたいに、足がすくんで動けなくなるような怖さじゃないの。……今は、奏が隣にいてくれるって、はっきり分かってるから」


神羅島での日々。ボロボロになりながら、お互いの呼吸を、命の音を重ね合わせた時間。あたしの暴走しそうな魔力を、奏の『気』が導いてくれる。奏が抱えていた見えない恐怖を、あたしが照らすことができる。


「……本当に、あなたはいつもそう」


奏は小さくため息をつき、刀を鞘に納めた。チャキ、という硬質な音が夜の庭に響く。


「私の合理的な不安を、いつもそういう、理屈じゃない温度で溶かしてしまうのね」

「えへへ、褒めてる?」

「呆れてるのよ」


そう言いながらも、奏の唇の端が、ほんの少しだけ緩んでいた。

彼女は自分のマグカップを手に取ると、あたしのカップにコツンと軽くぶつけた。


「……背中は任せるわ、アイラ。あなたの光を、必ず私の切っ先まで届かせてみせる」

「うんっ! 任せて!」


マグカップの触れ合うくぐもった音が、二人の小さな、けれど決して折れない誓いの鐘のように響いた。


明日から再び、あの絶望の山へ。でも、今のあたしたちはもう、逃げるだけの迷子じゃない。自らの意志で、運命の扉を開きに行くんだ。


 * * *


アズライト山脈へ向かう道すがら、あたしたちは再びあの薄暗い森の奥にあるログハウスを訪れていた。


扉を開けると、ツンとする薬品の匂いと、古い紙の香りが鼻をくすぐる。


「……ロレンスさん、いらっしゃいますか?」


相変わらず足の踏み場もないほど散らかった部屋の奥で、白衣を着たロレンスさんが、フラスコを片手に目を丸くしていた。


「……お前さんたち。数カ月ぶりじゃな。生きて帰ってきたのか」

「ひどいなぁ。おかげさまで、魔力酔いはすっかり良くなりましたよ」


あたしが笑って言うと、ロレンスさんは分厚い眼鏡を押し上げ、フンと鼻を鳴らした。


「神羅島で『気』の修行をしたんじゃろう」

「はい。」

「……それで、わしの『統一回路仮説』は役に立ったのか?」


眼鏡の奥の目を光らせるロレンスさんに、あたしは無言で右手を差し出した。


――スッ。


一切の力みも、熱の暴走もなく。あたしの手のひらの上に、淀みのない純粋な魔力の光球が、音もなく浮かび上がった。


「おおお……!」


ロレンスさんが思わず身を乗り出し、食い入るようにその光を見つめる。


「見事じゃ! よく頑張ったな」

「はい、ロレンスさんの仮説のおかげです」

「ロレンスさん、これを見てください」


奏が腰から新たな剣を引き抜いた。白銀に輝く、洗練された刀身。


「これは『神羅十剣』の一つです。神羅の守護者に与えられた剣です」

「な、なんと……。それはすごい。しかし、なんでお前さんがそんな代物を……?」


驚きで言葉を失うロレンスさんに、あたしは少し得意げに言った。


「ロレンスさん、見てほしいんです。あたしたちの、本当の力を」


あたしは奏の背中にそっと手を当てた。

呼吸を合わせ、互いの境界線を溶かすように、静かに魔力を流し込む。あたしの魔力が奏の『気』の経絡を通り、彼女の身体を経由して、神羅十剣の刀身へと流れ込んでいく。


キィィィン……!


刀身が、青白いプラズマのような光を纏い、空気が震えた。


「な……っ!?」


奏の剣は、刀身そのものが光を帯び、陽炎のように空間を歪ませていた。力任せの暴発じゃない。極限まで圧縮され、完全に制御された『比翼の剣』の輝きだ。


「ば、馬鹿な……! 全く異なる二人の個体が、魔力と気の回路を完全に同調させているじゃと!? まるで、二人で一つの……」


ロレンスさんは興奮のあまり立ち上がり、震える手でその光を指差した。


「まだ、思いっきりやると、奏に負荷がかかっちゃうんですけどね」


あたしが少し苦笑いしながら言うと、ロレンスさんは納得したように何度もうなずいた。


「……アイラの膨大な魔法を、奏の回路を経由して、剣に込める。……そういうことじゃな」

「はい」

「すごいぞ、二人とも! わしの予測をはるかに越えていきよったわ! これぞまさに『統一回路仮説』の究極の証じゃ!」


ロレンスさんの声が、狭い部屋の中にビリビリと響き渡る。


「これなら、あのアズライトの魔獣の分厚い装甲だって斬れるはずです」


奏が静かに剣を納めると、部屋を満たしていた青い光がスッと消えた。ロレンスさんはゆっくりと椅子に腰を下ろし、深く息を吐き出した。その表情から先ほどの興奮が消え、いつになく真剣で、厳しい顔つきに変わる。


「……行くのじゃな、再びあの青い山へ」


部屋の空気が、急に冷え込んだ気がした。


「ゆめゆめ、油断するでないぞ」


ロレンスさんはパイプを取り出し、火をつけずにくわえた。


「わしは最近、あのアズライトの魔獣たちの生態データを洗い直しておったんじゃが……どうにも腑に落ちん」

「腑に落ちない……?」

「奴らの体内を流れる魔力の波形は、自然発生した生物にしては不自然すぎる。まるで、周囲の環境から魔力を強制的に吸い上げ、循環させる……『特異点』のような振る舞いをしているんじゃ」


特異点。


その言葉の響きに、あたしの背筋を冷たいものが這い上がった。


「帝国の実験……ということですか」


奏が静かに問うた。ロレンスさんは重く頷いた。


「わしもそう疑っている。魔獣の体内で、自然界にはあり得ない魔力の循環が起きている。外側から何かを仕込まれたとしか思えん」


ロレンスさんは、あたしたちの目を真っ直ぐに見据えた。


「お前さんたちのその技は、二人の回路を精緻に繋ぎ合わせるガラス細工のようなものじゃ。もし、奴らのような『歪で暴力的な魔力の循環』を持つ者と正面からぶつかれば……強烈な干渉を起こし、同調が乱されるやもしれん」


ロレンスさんは、パイプを机に置いた。


「魔力を吸い上げられるな。同調のズレは、お前さんたちの回路を焼き切る致命傷になる。……細心の注意を払え」


窓の外で鳴いていた虫の声が、ふっと途絶えた。代わりに、ロレンスさんが吐き出した紫煙が、重苦しいカーテンのようにあたしたちの間に漂う。……同調のズレが、回路を焼き切る致命傷になる


「……大丈夫です」


あたしは静かに言った。


「あたしたちの『繋がり』は、そんなに簡単に壊れたりしませんから」


隣で奏が、力強く頷いた。


ログハウスの外に出ると、遠く空の果てに、ノコギリのように険しいアズライトの稜線がそびえ立っていた。ロレンスさんの警告を胸に刻み、あたしたちは再び、あの因縁の青き山脈へと足を踏み出した。




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