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死んだつもりで、地獄を進め  作者: 叶遼太郎
復讐の火々が灯した過去は、今に至る道を照らして

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エピローグ 3 毒を食らう毒

 目覚めると、木製の天井に炎の明かりが映っていた。

「お、気づいたか」

 炎が揺れ、影が天井を隠す。声の主が動いて、明かりを遮ったのだろう。

「おい、よせ。動くな」

 起き上がろうとしたところを、手で押さえつけられる。若い男だった。長い髪を後ろで結び、無精ひげを生やしているが、まだ少し幼さの残る顔ではあまり似合っているとは言い難い。しかし、簡単に体を押さえつけた手は力強く、相手の動きを封じる無駄のない動作だった。何らかの訓練や経験を積んだ者だ。

「死にかけていたんだ。傷は塞がったが、急に動くもんじゃない」

 再び、横たえさせられる。視線を自分の体に向けると、服が脱がされ、代わりに包帯が巻かれていた。

「一体何があって、あんなところに行き倒れていたんだ?」

 問われ、ゆっくりと記憶を掘り起こしていく。自分はあの時、確かに殺されたはずじゃなかったか?

 だが、殺された場所が違う。まさか、戻ってきたのか?

「ここは、どこだ?」

「ここか? ここは、大陸の南の方にある小さな村だ。道のど真ん中にお前が倒れているのを発見した。腹に大きな切り傷、腕や足にも細かな傷があった。誰かと戦ったということは分かったが、周囲に争った形跡はないし、お前以外の死傷者も獣の死骸もない。なら別の場所で戦って、そこから逃げて来たか何かかと思ったのだが、足跡も血痕も見当たらない。まるで、傷だらけのまま突然そこに現れたかのようだった。見捨てるのも後味悪いし、その不可思議な少々状況も気になったので、ここまで運んできた。死んでもおかしくなかったのだが、運が良かったな」

 運が良かった、か。本当にそうだろうか。あそこで、あの戦いで終わってしまってもよかったのに。

 いや、本当なら、自分の人生はもっと前に、三十年前に終わっているはずだった。なのに、なぜかまだ生きながらえている。

 死にたいと望んでも死ねず、死んでもいいと思っても叶わず。代わりに、生きたいと願った者たちが死んでいく。皮肉が過ぎる、この世界は。

「どうした?」

「いや・・・助けてくれて、感謝する」

「感謝は俺じゃなくて」

「あ、起きたの?」

 男の背後からぴょこりと顔を出したのは、前歯が欠けた少年だった。生えかわりで抜けたのだろうか。気になるのか、時々口をもごもごさせている。

「この村の子だ。俺は一宿一飯の恩義で、この子の村のお使いを手伝っていた。礼を言うなら、こいつに」

「リーベリィってんだ。帰り道で、おいらがあんたを見つけたんだぜ」

「そうだったのか。ありがとう、リーベリィ」

 素直に礼を述べると、リーベリィは「良いってことよ」と少し照れくさそうに鼻の下を手でこすった。

「起きたんなら、飯を持ってくるよ。丸一日何も食ってないんだから腹減ってるだろ」

「あ、おい、リーベリィ」

 男が引き留める前に、リーベリィは駆けて行ってしまった。

「ったく、怪我人がそんなすぐに食えるわけないだろうに」

「優しい子だな。普通はこんな訳ありな男など、拾ったりしないだろうに」

「リーベリィは良い子だが、それだけじゃない。世の中が少し変わりつつあるんじゃないかと、俺はちょっと希望を持ってる」

「変わる?」

「ああ。あんたも知ってるだろ。悪神事変を」

「悪いが、知らない」

「知らないの? リムス中巻き込んだ大事件なのに?」

「人里離れた未開の地にいたと思ってくれ」

 知っている前提で話を進めようとした男は肩透かしを食らったが、気を取り直して説明してくれた。概要としては、太古の化け物が蘇り、リムスの全てを滅ぼそうとした。それに対抗して、各国が協力し、化け物を討ち滅ぼしたそうだ。

「敵対していた国同士が曲がりなりにも一度協力関係を結んだ。協力できるという認識を持ったことで、以降の人間に植え付けたんじゃねえかな。人間は助け合う方が良い、って。そういう認識の人間が子どもを育てたら、子どもも同じように育つだろ? そういう時期なのかな、と」

「ふむ、ただの理想、希望的観測だな」

「ばっさり切り捨てるね。まあ、そうだよな」

「君のその話には、前提が必要だ。助けられた方にも、助けた方と同じ認識がなければならない。助けられたから、助け返す。最低でも、助けた相手に害をなしては成らない、という認識が」

 一見当たり前のような話だが、当たり前ではないのがこの世界だ。

「厄介なのは、九十九パーセントの人間が理想の認識であったとしても、一パーセントの人間がそうでないのなら、いずれ一パーセントが残りの九十九を食らうという点だ。例えば、僕がリーベリィを裏切るとしよう。すると、リーベリィの認識は歪む。助けても、善意を返してくれるとは限らない。なら、もう助けるのはやめよう、と。更に、このまま放置したら危害を加えてくるかもしれないから、殺しておこう、という風に変わる。仮に君の言う世の中の変革時期であったとしても、たった一人の毒が、全てを台無しにする」

「善意のやり取りは、同じ認識を持つもの同士でしか成立しないってことか」

 家族や親戚、同じ場所に住む者同士などのコミュニティは同じ認識を持つから助け合える可能性が高い。高いだけであって、例外は当然ある。同じコミュニティの中でも裏切り、敵対することはある。男の話を理想と切り捨ててしまうのもむべなるかな、だ。

「だがまあ、それでも俺は理想は大事だと思うんだけどな。理想を知っておくのと知らないのとでは、大きな差がつくのも事実だ。人間はすぐに低きに流れる。高い理想を捨ててしまえば、低い到達点がいずれ高い理想となる。同じコミュニティ内でも助け合うことが理想となってしまう。だから、理想は高い方が良い。これも、やっぱり甘い考えかな?」

「君の考えを、僕は否定するつもりはないし、そうであればどれほどこの世は素晴らしいだろうかと思う。だが」

 悲鳴が聞こえた。何かが破壊された音も。外からのようだ。男はすぐに膝立ちになり、剣を取った。彼に尋ねる。

「僕の武器は?」

「そこだ。破れた服と一緒においてある」

 男が指さした場所に、使い慣れた剣と服があった。血が付着し破れているが気にせず羽織る。

 ドアの隙間から外を伺う。隣で同じように様子を伺っていた男の顔色が変わる。その理由に自分も気づいた。

「あいつら・・・」

「野盗の類か」

 外では、武器を持った連中が家に押し入っていた。村の自警団らしき若者が抵抗しているが、多勢に無勢であっという間に劣勢に立たされている。制圧されるのは時間の問題だろう。

 野盗たちの勢いは止まらず、彼らの足元には次々と死骸が転がっていく。

「結局のところ、理想は理想でしかないのか。ああいうやつらの存在が証拠だな。あんたの言う通り、すぐに毒は蔓延する。弱者は踏み潰されるしかない」

 男は奥歯を強く噛み、吐き捨てた。

「理想を大事と言った男が、人間の醜い部分をちょっと見ただけで簡単に理想を否定するな。本当に理想が死ぬぞ」

 剣を構える。

「思考が柔軟ですぐに変化、対応出来るのは羨むべき若者の良い部分だが、目の前の出来事を目にしてすぐに芯がぶれるのは良くないな」

「若者って、あんた、俺とあんまり年齢変わらないだろ」

「さて、どうかな? 見た目などたいしてあてにはならんぞ。ともあれ、侵入してきた毒の対処をしておくか。僕は、助けられた恩はきちんと返すタイプだ」

 君はどうする? と尋ねると、男は頷いてついてきた。毒は中和できる。解毒剤でも、ある条件下なら()()()でも。

 死ぬはずだった体に、三度力が宿る。

 良いだろう。復讐を終え、もはや未練はないが、それでもまだ生きろと言うのなら、死ぬまで戦い、生きてやるとも。



「武器を捨てろ!」

 野盗のボスがどすの効いた声を張る。

「逆らうんじゃねえ! 皆殺しにされてえのか!」

 仲間たちを殺され、生き残った自警団たちは完全に腰が引けていた。生き残った村人たちも震えて一か所に固まっている。

「これ以上死人を出したくねえだろう。大人しく従え。でねえと、次はこいつの首が千切れるぜ」

 ボスが片手で持ち上げたものを見て、村人たちから悲鳴が上がる。

「リーベリィ!」「ああ、なんてこと・・・」

 吊り下げられているのは村の唯一の子どもであるリーベリィだった。皆から愛され、皆を愛した子が人質に取られていた。リーベリィは苦しそうにもがくが、ボスの手は万力のように固くリーベリィの首根っこを掴まえていて離さない。

「まずは食料だ。次に金。あるだけ全部だ。あと女を連れてこい。早くしろ、逆らおうなんて考えんじゃねえぞ!」

 畳みかけるようにボスは要求を叩きつけた。相手が怯み、弱気になっている間に全てを終わらせる。目に見える凄惨な死骸、血の付いた刃、パニックになっている相手の頭に、それらの視覚情報を更に詰め込めば、思考する力すら奪える。頭を停止させ、心をへし折れば、相手は言いなりになるとボスは理解していた。

「おらぁ! さっさと言う通りにしねえか! こっちは全員殺してから、ゆっくり家を漁っても良いんだぜ!」

「抵抗してくれた方が、興奮するってもんだ。そういう女を犯す方がなぁ!」

 部下の野盗たちが追従し、村人たちを脅す。村人たちの顔はさらに曇る。自警団たちの武器を持つ手から力が抜けていく。

 終わった。ボスは内心でほくそ笑んだ。その時だ。断末魔が上がった。

「何だ、どうした!」

 誰かが先走って村人を殺したのか、いや、それはない。村人は自分たちの目の前に固まっているはずだ。なら、誰の声だ。

 見れば、地面に血だまりを作る野盗の一人が倒れていた。代わりに、男が一人立っていた。

「誰だてめえは!」

 野盗たちが男を取り囲む。

「聞かれたからには答えよう。我が名はピレス。呪いと祝福をその身に宿す者。諸国を巡り知見を広げる傭兵。二人の父と二人の母に生かされし男だ!」

「はあ? 何わけのわからねえこと言ってやがる! 仲間を殺しておいて、ただで済むと思ってんのか!」

「その言葉、そっくりそのままお返ししよう。恩義ある村の者たちにこれ以上手出しするというなら、その命で贖っていただく。そうなる前に、尻尾を巻いて逃げることをお勧めするぞ。俺の魔道具は少々威力が高いのでな。お前ら全員を飲み込んでも余りあるほどだ」

「馬鹿が。そんな強い魔道具なんぞあってたまるか。あったとして、一発使えば魔力が枯渇して動け鳴るのがオチだ。そんなんでまともに戦えるのか?」

「冥途の土産に、試してみるか?」

 ピレスの迫力のある笑みに、野盗たちが怯む。それも一瞬の事。すぐに人質の存在を思い出す。どれだけ強くても、人質がいるなら手出しできないはず。

「た、試してみろや青瓢箪! そのご自慢の魔道具で、恩ある人質もろともやってみろ!」

「人質ぃ?」

 おかしそうにピレスは言った。

「どこにいるんだ?」

「何をぅ? てめえの目は節穴・・・」

 野盗の言葉が途切れた。振り返ると首を失い、血を流して崩れていくボスがいた。居場所をとってかわるように、人質だったリーベリィを抱きかかえる男が現れた。

「ぼ、ボスぅうううっ!」

 野盗たちが驚愕する。自分たちがピレスに構っている間に、ボスは音もなく殺されていた。

「て、てめえっ! いつの間に!」「よくもボスを!」「何者だ!」

 取り囲まれた男は、武器を向けられても動じることなく、すうっと息を吸った。この場の空気を懐かしむように、深く、深く。目を瞑って。

 開く。

「スルクリー。僕の名は、スルクリー・アンダ・ブレイブ。毒を食らう毒だ」

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― 新着の感想 ―
死んだつもりで、地獄を進めの完結おめでとうございます。 長期の連載お疲れ様でした。 アカリの男前な旅路を充分に楽しませて頂きました! エピローグは、ぼやかしてはおられましたが、それぞれの結末が書かれて…
はじめてコメントします。451話の超大作お疲れ様でした!2-3年程前からゆっくり追いかけながら読んでた新参者なのですが、完結まで読めて嬉しいです。 先入観からスルクリーは前作主人公ポジというか某転生モ…
完結お疲れ様でした! 三者三様の結末面白かったです!
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