噂の山村で ~三日目・顛末~
また、予定していた話題が書ききれなかった……
どっと沸いた歓声、それと共にシルビアが走り寄り、勢いのままクロードに抱きついた。
「ばか! バカバカっ!! ……~~~あ゛りがどぅ~~~」
クロードの胸にぎゅっとすり寄り、――ポカポカと音がしそうな――軽い拳をく~ちゃんの胸板に打ち付け、ゆるゆると持ち上げた顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃで折角の美人が台無し。歓声と共に取り戻した現実感に感情が追いつけず、でも衝動のままこちらへやってきたのだろう。怒りと憤りと恐怖と感謝と、色んな感情がその瞳に浮かび上がっては涙と一緒に溢れ零れていく。
「あ~あ、泣かせたぁ」
「……私が悪いのか!?」
私がからかい交じりに半目で「うぷぷ」とく~ちゃんをつつくと、クロードは双方を数度見返して大きく天を仰いだ――顔面を片手で覆い隠して。そのまま大きくため息を落とし、「すまない」と優しく――顔面の手の平を移動させて――シルビアの頭をポンっと撫でた。安堵や満足感に満ちたその柔らかい表情に私も優しい気持ちになる。だから水を差す真似はしないよ?でもね、後でちゃあんとお説教させてもらいますからね!ね、く~ちゃん?
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「ばっかもーーーーーんっっ!!!」
軍議用に設えられた天幕の中に、盛大なマル爺の雷が落っこちてきた。
事の始まりは血塗れのく~ちゃんを見た侍女が卒倒したことから始まった。やれ医者だ、着替えだ湯あみだと使用人たちが血相を変えて慌てふためき、駆け付けたマル爺がクロードの無事を確かめ事件の一部始終を聴取していく。恭しく世話をされサッパリしたく~ちゃんが出てきた所で良い笑顔のマル爺に当事者全員が招集された。そして綺麗になったばかりのクロードも例外なく、天幕の中、その地面――軍議用のテントの為、中はテーブルしかない簡素なものなのだ――に正座させたのだ。
「尊い御身に万が一があったらどうするつもりかっ! 自ら飛び出していくなど、一番やってはならぬことをっ!!」
怒り噴騰のマル爺は目の前で小さくなるクロードを睨めつける。その勢いのままギロリと周囲も睨みつけた。
「……精鋭部隊が討伐で出払っていたとはいえ、お主らの職務はなんだったかのう? はて、儂の記憶が正しければ『護衛』と名がついとったはずじゃが――」
盛大な嫌味は青ざめた顔で周囲に立ち尽くす大人――護衛達に放たれた。実際出遅れて殿下を危険な目に合わせたのだから、どんな責めにあっても仕方ないのである。ただ只管一身に降り注ぐ非難を甘受するしかなかった。
「お前たちもじゃ!」
マル爺の怒りはめまぐるしく矛先を変え、次は私たちへと飛び火した。クロードを先頭にその一歩後ろで正座していた子どもたちへと。
「短慮を起こして危険に飛び込んでいくなど以ての外。結果がこれじゃ! たとえ殿下が率先して動いたものだとしても、お前たちが一番に諫めねばならんかった。……違うか?」
ぐっと拳を握り込んだ私は唇を噛みしめる。さっきは偉そうに危険に飛び込んだく~ちゃんをお説教だ~なんて考えていたけれど、本来なら私が真っ先に動かなくちゃいけなかった。状況判断の間で出遅れましたなんて言い訳にならない。
子ども達が各々悔悟で俯き黙る。
「この中で一番幼いミケルだけが一番真っ当な働きをした。お前たちは少し反省せぇ!」
マル爺の傍らで正座を免れたミケルは何とも言えない泣きそうな顔で成り行きを見守っている。何度も弁護の言葉を紡ごうとしては失敗していた。
「じい、そのくらいにしてくれないか」
先頭で正座したままのクロードが凛々しく意見した。毅然と顔を上げ、まっすぐにマル爺を見上げる。その後頭部を私は意外な驚きで見つめた。
「浅慮を起こしたことは反省する。だが、後悔はしていない。予想外の緊急事態だったのだ。誰を責めるものでは無いだろう。結果、民も私も傷つかなかった。落しどころとしては充分だろう?」
「……とても理解されたようには思えませぬが?」
「だからこそじいが口やかましく垂教するため傍におるのだろう? 後にまだ不服があれば何度でも申すが良い。だが、今はここらで収めてくれ。それで終いだ。」
はっきりと意思を示したクロードに、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしたマル爺。そしてきっと私も同じような顔をしているに違いない。だってここまではっきりと――公衆の面前で――く~ちゃんが自分の意思を強調したのは初めてだったから。幼子の我が儘とは違う、統率者としての威厳をその才覚の片鱗を、眼前の少年が発揮した。……どこか吹っ切れたような清々しさで。
それを正面から受け取ったマル爺は驚いた後、実にいやらしい笑みを浮かべて「仰せのままに」と引き下がった。
やれやれと首を振りながら立ち上がって、クロードがこちらを振り向く。
「さ、お前たちも立て。……本当に何事も無くて良かった」
手を差し伸べながら安堵の笑みを浮かべたその姿に、私の胸は言葉にし難い情動で打ち震えた。
自然と目尻に滲んだ光に気付いたシルビアが、そっと労わる様に私を抱きしめて、
「ダンデ? ……もう大丈夫よ?」
優しく背中をさすってくれる。きっと時間差で恐怖がこみ上げてきたと思ったのだろう。その気遣いが益々私の感情を揺さぶった。
(……みんな、成長してる。……大きくなったんだなぁ)
いつまでも小さい子供のように思っていたけれど。この子たちは確実に大人になってきていたようだ。それをまざまざと見せつけられて、嬉しいような寂しいような。子離れできない母親ってこんな気分なのかしらと苦笑してしまった。
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話が一段落した頃、村の代表者が一団を訪ねて来ていた。炊き出しは中止にして、今日は村が酒宴を開くというのだ。村を救ってくれた英雄にお礼がしたいらしい。
困窮した村故本当にささやかなものだったけれど、祀り上げられた壇上で人々の感謝の念が一身にく~ちゃんに降り注ぎ、そんなクロードが始終所在無さげに照れくさそうにしていたのが印象的だった。
「殿下、俺の剣を、今日これより貴方に捧げます」
宴もたけなわ、漸く解放されたクロードの下へやってきたロンがズイっと鞘に納めたままの剣を突き出して言った。
「え……?」
余りの唐突さに本人だけでなく、近くにいた私たちも困惑の目を向ける。そんな空気に全く頓着せず、ロンはマイペースに続けた。
「俺は情けない。父上の背を追いながら全く近付けない弱い自分にほとほと愛想が尽きる思いだ。だけど、今日の貴方は素晴らしかった。何も出来なかった俺とは違い、貴方は勇気を持って溢れる騎士道に恥じぬ動きをしていた。…俺の心は震えた。……だから、俺の忠誠を、殿下に、捧げたい。」
尚もズイっと剣を差し出したままの真剣なロンに「ロンって」「あんなに長く喋れたのね」と別の意味で呆けているレイとユーリ。
「私は……兄上を護る剣であり、盾となりたい……」
「ならば俺が、そんな貴方を護る剣であり盾になりましょう。……絶対に、貴方より強くなってみせます」
二人の視線が交錯する。そして幾ばくも経たぬ内に、クロードの前にロンが片膝をつき、両手で剣を捧げ持った。
「さて、それはどうだろうか?」
挑戦的に笑ってスッとロンの剣をく~ちゃんが掴み取った。淀みなくスラっと刀身を抜き、
「許す」
短く放つとともに、その剣先をロンの肩に当てた。
「この身は命潰えるまで貴方の為に。永久の忠誠を捧げる。」
深々と頭を垂れたロン。
こうして図らずもロンは自らの意思でクロードの臣下となったのだった。




