うちの子集合!②
振り向いた先、静かにこちらを見ているマルベックは穏やかに笑んでいた。彼の癖なのだろう。長い白鬚を片手で絞るように撫でつけながら、漏れだす理智の光を丸眼鏡の奥に隠して興味深くこちらを観察している。
「やれやれ、漸く形になりそうだの」
マル爺が子どもたちの出て行った方向を眺めつつ呟いた。
「……いつ決まった事だったのですか?」
以前シルビアの反応から、城でも名の知れた立場にいたのだろうと察してはいたが。まさかそのまま王子の教師が左遷されて来ていたとは。く~ちゃん以上に私が驚いているところだ。
……出し抜かれたというか、上手く利用されたのが面白くなくて、多少拗ねた表情になった私に、変わらず飄々とマル爺が返す。
「ふむ、何の事かの?」
「私の動向のどの時点で、王は差配されたのか聞いているのです」
「はて……?考えすぎじゃて。儂はただ隠居するなら此処へ行けと追い出されただけなんでのぅ」
答えをくれるまで逃がしませんという気概を込めてじっとりと相手を睨めつけた。それに怯むでもなく未だ面白そうにしている小憎らしい爺ちゃんに舌打ちしそうになる。
マル爺はたっぷりともったいつけ、私が焦れて発狂するギリギリを見極めて声を発した。
「ふむ。強いて言えば、ここの施設の建造案が出された辺りかの?」
私はどっかりと椅子の一つに腰かけると額に手を当てて天井を向いた。「ふはぁ~~~~」という重たい溜息が口の端から漏れていく。
「……じゃあ、あんなにプレゼン頑張ったりしなくても良かったってことじゃない!」
「なぁに、お前さんが認められたからこその現状じゃぞ?」
くつくつと喉の奥で笑うマル爺は悪戯が成功した子供のように無邪気だ。
「……まぁ、結果が伴えば文句ないから良いか。じゃあ、マル爺。是非とも私の共犯者になってもらいましょうか?」
私がニヤリと笑めば、「腕がなるのう」と同じ穴の貉がほくそ笑んだ。
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私の野望。
……この『木漏れ日の丘』設立の裏テーマ。
それは【身近に国の中枢と市井の交流が密にとれる場所を作る】というもの。
役場があるじゃないかと思うかもしれない。確かにある。しかし文明の利器溢れる前世のような世界では無い為、重要な御触れであっても即日流布というわけにはいかない。遠方の領になるほど情報伝達にタイムラグが出るし、時間がかかるほど流言が蔓延り易くなるのだ。
何故なら風の噂の方が素早く全土を駆け巡れるから。
だからこそ、眉唾に騙されず信憑性のある【噂】を少しでも多く口の端に上らせないといけない。
その為の発信点としてこの場所を活用したいのだ。
―――この先に襲い来るであろう大寒波に備える為に。
流石に私個人が国をどうこうする事はできない。だけど私の周りには国を動かす事が仕事の大人たちがたくさんいた。だから私は【情報】という形の無いものを、現状というリアルな声を国に伝える機関が欲しかった。重たいお尻を持ち上げるのは困難でも、その場にいたまま大きな声で話す事はできるでしょう?
「……ここには次代が揃ってるからね。漸くその取りまとめ役が出てこられたのだもの。マル爺にもきっちり協力してもらうんだから!」
「ほほ、ライメイの弟子の手腕が漸く拝めるのじゃな」
「まさかのライ爺ちゃんと知り合い!?」
「……因縁の仲、とだけ言っておこうかのぅ」
一瞬だけ殺気立った気配が辺りに広がり、それは直ぐにマル爺の中に収まった。……思わず漏れ出たといった黒いオーラに私は後退る。うん、この話題は深く聴くまい。次、次!
気を取り直して私はぎこちなく咳払いをした。『さてそれでは本題に』と私がマル爺にこれからの事を問いかけようとした時――
「だ ~ れ だ ☆」
いつの間にか私の背後をとった何者かの手で視界を覆われた。
(――!? 全く気配に気づかなかったっ!!? だ、誰ぇ)
驚いた私が力任せに振り返ると、そこには楽しげに笑うユーリがいた。
「うふふ♪ 来ちゃった☆」
そう言って振りほどいて出来た私との僅かな距離をユーリがまた詰める。ズイッと近づいてきたユーリの顔に反射的に私の首が同じだけ後ろに引かれた。……何だろう。やけに近くないですかね?ユーリさん。
流れるように私の腕に絡みつき密着したユーリが、まるで彼女の様に微笑みながら私を窺い見る。
「この前ナターシャ様に、美容関係の詳しい事はダンに聞いてって言われたの」
そう言いながら更に密着してくるユーリ。その勢いに気おされてどうしたらいいか分からず狼狽したその時、バターン!と大きな音を立てて、講堂の扉が開いた。
そして現れたのは鬼の形相のシルビア。
目にもとまらぬ速さで私たちの元へ距離を詰めると、ベリっと私とユーリを引き剥がした。
そのまま私を背中に庇い、隠す様に両手を広げてユーリの前に立ちはだかる。ガルルルルとシルビアから威嚇音が響いた。
「何のつもりよ、ユーリっ!!」
「ダンと仲良くするつもりよ?なぁにシルビア様、ナターシャ様だけでなく、ダンも独り占めにするの?」
ひやり。
流し目に冷気を乗せてユーリがシルビアを挑発。
「独り占めになんかしてないっ!それにダンデが困ってるのは見過ごせないわ!!」
ギロリ。
熱のこもった睥睨を返すシルビア。
「おやおや、モテ過ぎるのも考えものじゃのう」
髭を撫でつけながら我関せずとのんびり傍観姿勢のマル爺。
そこに突然駆けだしたシルビアを追いかけて講堂内に戻ってきた男子三人が、目の前で繰り広げられている女(?)の戦いを見止めて足を止めた。「う゛わっ!!」と呻いたのは勿論レイである。
「ユーリ!抜け駆けなんて卑怯な真似は止めて、正々堂々勝負しなさいっ!」
「いやです。私、か弱いもの。野蛮なことなんか出来ません」
「何言ってんの?男のくせに!」
「な!? 何でそんな事があなたに分かるのよっ! それに男のくせにとは聞き捨てならないわ!」
「はぁ?そんなの一目瞭然じゃない!」
大声で捲くし立てる二人の言い合いを聞いてレイモンドがぎょっとした。
「え!? あの子、お…男!!?」
驚愕のレイにクロードが首肯する。
「ユーリ・サリュフェル。サリュフェル家の三男のはずだ」
「ウソでしょ!!?」
動転したレイは隣のロンを掴んで揺さぶり始めた。ロンは馴れたもので、特にリアクションもないままガックンガックンと為すがままになっている。
「何よ!男よっ!悪いっ!!」
喚くレイの言葉を聞きつけてユーリの怒りの矛先が鋭利に方向転換した。その剣幕にヒィ!と短い悲鳴をあげてレイがロンの後ろに隠れる。
「悪くないわよ!ユーリ可愛いじゃないっ!!」
「フンッ!シルビア様だってなかなかに可愛いわよ!!」
最早何に言い合いをしていたのか分からない内容で喧嘩ごしのまま二人の褒めあい合戦に移行した。
「おっきい声が聞こえてびっくりしたけど、お姉ちゃんたち仲良しだねぇ!」
いつの間にか戻ってきていたミケルが、罵倒を模した褒め合いを横目にトコトコと私の下まで歩いてくると私を見上げて笑った。
「そうだね、……平和だねぇ」
驚きに目を見開いたままのクロード、怯え涙目で震えているレイモンド、ぼんやり無表情のロン――あれは小腹が空いている顔だ!――、悪口の言えない可愛いシルビア、奇行に走り気味だけれど素直なユーリ、そして小動物のような癒しを放つ純真なミケル。
皆、良い子。だからこそ、彼らの未来に影なんか落とさせるわけにいかない。
私は改めてうちの子たちを見回して、その心根に触れ、大きく破顔した。
……難産でしたが、漸くこの章を纏められる所まできました。
次話からは新章の予定です。
引き続き応援よろしくお願い致します!




