不穏の足音
ちょっと短いですが、新章の序章ということでひとつ……汗
今年の夏は特に酷い猛暑だった。
雨も少なく日照りが続き、方々で井戸が涸れる事案が積もり、秋の収穫を待たずに作物は枯れていった。
豊かな生命を有する山々ももれなくその煽りを受け、徐々にその資源を細らせていく。結果、本来なら緑の中で活動をしている生き物たちが自身を生かすために山裾へ姿を現したのは必然だろう。しかし山際で細々と暮らす小さな村の人々からすれば堪ったものでは無かった。滅多に遭遇することの無い山の猛獣を生活圏で目撃し、その小さくない危機に震えあがったのだ。
まさにそんな時だった。そこで長く生き字引の役割を担ってきた長寿の老婆が零したとある一言で、山村は大恐慌に陥ったのである。曰く、
「近くこの国に神罰が落されるであろう」
―――と。
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「――と、いうことらしいが、ナターシャはどう考えるかの?」
竹林の中ひっそりと佇む庵、ライメイの隠れ家へ避暑に来ていた私は、突然齎された眉唾な問いかけに大きく眉を顰めた。
「なぁに? ライ爺ちゃん藪から棒に……」
すらりと伸びた手足を縁側に放り投げ夕涼みをしていた私は、挑発的な揶揄を多分に含ませた笑みを向けるライメイを呆れ交じりに軽く睨めつける。が、ニマニマしながら隣へどっかり胡坐をかいたライ爺を見て、諦めの溜息を吐いた。
「普通に神罰なんてありえないでしょう?」
何でもない事のようにするりと答えた私は、相手の相槌が入る前に二の句を継いだ。
「でも、それに近い事は起こるでしょうね」
にまり。
意趣返しを込めて挑む様に笑みかければ、ふぉっふぉっという笑い声と共に我が意を得たりという表情のライ爺が、皺枯れたその手で頭を撫でてくれた。
再び静寂の訪れた縁側は、すっかり日も暮れてうら寂しい。部屋から漏れ出る明かりを背中で受けながら、私は闇に染まった竹林を見るともなく眺めた。
「いよいよ、か。」
ポツリと零した音は行き場も無くすぐに闇に溶ける。
私はすっかり馴染んだ作務衣を名残惜しく撫でながら振り返った。
「師匠、明日、戻るわ」
「はいよ~!」
ただそれだけで汲み取ってくれる相棒に相好を崩す。次いで、ててててと背後の師匠に近寄ると、甘えるようにソウガに抱きついた。ぽふっと逞しい胸に抱き止められて、以前よりは近くなった精悍な師匠の顔を見上げる。
「ねぇ、師匠~?この作務衣、向こうに持って帰っちゃダメぇ?」
正直に言おう。猛暑なのだ、とにかく暑いのだ!それなのにお嬢様という者は薄着が出来ないっ!嗚呼、部屋着に短パンキャミソールだった日々がどれだけ恋しいか……。
瞳を潤ませて強請る。泣き落とし上等!私は少しでも快適な日常を手に入れたいのだ!
「あのなぁ、姫さん。色々言いたいが、まず、姫さんももう年頃なんだから、こういうおねだりの仕方は止めないとな。誰にでもそんな調子じゃ被害者が山積するぞ」
「あら、ちゃんと人を見てやってるもん!」
「もん!って、なお悪いわっ!! あー、分かってるとは思うが、却下。」
「え~!師匠、そこをなんとかぁ……」
食い下がる私に呆れを隠さないソウガが滔々と理由を述べる。
「全部言わなきゃ駄目か?一つ、余計な荷物になる。一つ、お嬢様生活にそんなもん着てる時間は無い。一つ、この庵の衣服や調度品はクロムアーデルでは流通してない。よって守秘義務に反する。…最後が反対する主だった理由だな」
「うう……。承知してます……」
「ならこれ以上の問答は無しだ。急ぐんだろ?」
「は~い……」
私は大人しくソウガから剥がれると、多くない荷物を纏めだした。さして時間もかからず作業を終えると、そのままとっとと寝台に横になる。
出発は明朝、日の出前。
もうすっかり慣れてしまったこの庵との行き来はベストな旅程にブラッシュアップされていた。
それから未明に起き出した私は、見送りに出てきたライメイに大きく笑みかける。
「じゃ、ライ爺、また遊びに来るからね!」
「おうおう、いつでも来なさい。……ナターシャの解答を楽しみにしておるぞい」
意味深に笑うライ爺に曖昧な笑みで返して、私は静かに馬を蹴った。
―――ナターシャ・ダンデハイム、14歳。
その怒涛の一年が今、幕を開けた。




