最後のうちの子②
領都のダンデハイム本邸に負けず劣らずの立派なお屋敷、そのエントランスホールに私の素っ頓狂な声が木霊した。
「えっ!?お、小父様、ライ爺ちゃんの甥っ子だったのですか!!?」
「あれ?言ってなかったか?オレの親父がそこの爺さんの弟でな。」
豪快に笑うがっしりとした体躯の男は『リューキ・イースン』。現イースン伯爵その人であり、王家の武門指南役だったりする。年の半分以上を王都で過ごし、領地には長男を領主補佐として置いているらしい。
この如何にも『将軍』という呼び名が相応しそうな厳ついおっさんと私は、実はナターシャ生において割と長い付き合いがあった。……彼、クロシロの稽古付けてるのよね。
「ほ~、それがダンデか。なかなか様になっとるではないか!」
がははと笑いながら背中を叩かれそうになってスルリとその手をかわした。
「もう!小父様!!小父様の力で叩かれたら、私なんか飛んでっちゃうって何度も言っているじゃないですか!」
「固いこと言うなって。大体一度も当たったことなど無かろう?」
「必死で避けてるんです!」
「だから当てたいんじゃないか」
悪びれ無く呵呵大笑するおっさん。おい!わざとあてにきてんのかい!!聞き捨てならないぞ!……まったく油断も隙もない。
「ジェイルの野郎が大層褒めとったぞ。息子に見習わせたいとな」
『ジェイル』とはロンの父様。オーウェン騎士団長の事で、リューキ小父様とは旧知の仲なんだって。
木漏れ日の丘にく~ちゃんを連れ出そう計画の問題の一つ、護衛力。これを解決する為にジェイルさんにはダンデの存在を説明してあった。ロンには内緒で相当数手合わせさせられたのは苦い思い出である。
因みに剣術については兄様に出向してもらう事が決まっている。限られた日数ではあるが、ロンやクロードに稽古をつけてもらう予定だ。
(まさか兄様がく~ちゃんの兄弟子とはね……)
そう、ラルフの側近として育てられていたナハトは、幼少の砌からリューキ小父様にそれはそれは扱かれていたらしい。野犬討伐の時に見せた身のこなしはそういった努力の賜物だったというわけだ。
―――知っているはずなのに知らない事がたくさんある。
その不思議な感覚に苦笑を禁じえない。でも全てが繋がっている。私はそれを知っていかねばならないのだ。
「アナタ、いつまでも立ち話じゃ御客人に失礼でしょう?」
次いで現れたのはすごっく派手な雰囲気の貴婦人。色彩では無く、何というか空気中にフェロモンがまき散らされている感じというのだろうか……。圧がスゴイ……。
「ライメイ様、そちらの坊やは?」
流し目で問われて呆気にとられる。
「うちの姫さんの部下みたいなもんだよ。クレハ姐」
「アンタには聞いてへんわ!黙っとき」
うへぇっと変な声をあげて師匠が私の後ろに隠れた。ぐいぐいと背中を押されて――盾にされてる?――前に出されたので、クレハと呼ばれたご婦人に挨拶する。
「お初にお目にかかります。ダンデと申します。以後お見知りおきを」
多少のキザったらしさを含んで大仰にお辞儀をすれば、目の前の美女がわなわなと震え出した。……え?何か粗相があった!!?心配に顔が曇ったその瞬間、
「いっや~~~ん!!めっちゃかわええやんこの子~~~~!!ねぇ、アナタぁ、ウチのクソガキ橋の下に捨ててこの子と取り換えてぇな~!」
目にもとまらぬ早業で、私はクレハおば様の胸の谷間に完全ホールドされていた。え!?ナニコレ顔が埋まるっていうか息!息できないっ!窒息するっっ!!
もがく私を物凄い力で押さえつけかいぐりするクレハおば様。
「おいババア!勝手な事ぬかすなや!!つぅかいい年こいてキモイっちゅ~ねん!」
「あ゛あ゛ん?」というドスのきいた声――発生源は目の前の美女――と共にクレハの腕から解放され、むせながらもその視線を追うと、同年代くらいの男の子が不機嫌さを目一杯その顔に湛えて立っていた。
そして私を観止めると「チッ」と舌打ち。
「ダンデハイムのナターシャ姫かと思えば男やん!期待しとったのに」
言って露骨にそっぽを向いた。
……何だこの失礼なガキは。
どうしようかと周りを窺うより早く「スパーーン!」っと盛大な破裂音が響き、リューキに張り倒された少年が天井高く吹っ飛び、ドサリと床に落ちていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「息子が失礼をした」
そう言って何度目かに下げられた頭に私は苦笑する。
「もう、良いですって。気にしていませんから!」
ところ変わってここはイースン邸のサロン。ぶすくれた少年はクレハおば様にガッチリホールドされた状態で彼女の隣に腰掛けている。
漸く落ち着いて少年の顔を見、そして名前を聞いて私は内心冷や汗が止まらないでいた。
彼の名前は『ハルマ』そう、星姫におけるステラの攻略対象の一人であり、うちの子最後の一人でもあった。
(うわぁ…。学園入学前に全員揃っちゃった……)
いや、ハルマがイースン所縁の子であることは知っていたし、調べれば詳細もすぐに解ったのだろうけど、まさかこのタイミングで会うとは思っていなかった。……ハルマは私の中で一番優先度が低かったのだ。だから敢えて学園入学前に会おうとは思っていなかった。
というのも、理由は彼の破滅エンドに由来する。言い方は悪いが一番軽いのだ。……いや、ある意味重い?
▶ハルマ・イースン
イースン伯爵家の次男にして――兄一人、姉二人の――四兄弟の末っ子。兄姉とは年の差が開いており、良くも悪くも可愛がられていた。武門のイースン家男子はゴツイ・厳つい・暑苦しい者が多く、身近な母や姉は男勝りで気が強く手が付けられない事から、次第に『女の子』という生き物に夢を抱くようになる。
結果、ナンパ野郎と化したハルマは学園入学後、思春期からくる軽薄さと調子の良さを武器に女子を虜にしていく。内面は女子と普通に接せられないヘタレなだけだったが、その本質を見抜き、格好悪い部分を受け入れてくれたステラに本気で恋をする。本命には奥手な典型。
ステラにフラれたハルマは卒業後、その寂しさを埋めるため女遊びに拍車をかけていく。そして複数股が露見して復讐され、身の破滅を呼ぶのだ。
―――という具合に、ハルマの中心は学園生活における恋だの愛だのといった、非常に少女漫画色の強いものばかりなのだ。グレるわけでなし、気楽な次男坊という設定だった為、その他の『幼少期トラウマ組』を優先してきたという訳だ。
しかし。どうやら『ハルマ』は10歳にして、既に星姫の設定に忠実な人格を形成しているらしかった。感慨深いというべきか、憐れむべきか……。
「ええっとハルマ君、先ほど聞こえたナターシャ姫ってなんのこと?」
私はイースン家訪問の本題より先に、今一番気になっていたことを切り出した。
すると、フフフフフフと不気味な笑いを浮かべたハルマがこれでもかと勿体ぶった後、一枚の絵画を懐から取り出した。丁重な扱いを念押しするハルマにおざなりに返事しながらその絵画を広げると――…
「ナターシャ?」
「ああ、めっちゃカワイイやろ!!」
まるで自分が褒められたかの様に自慢げなハルマ。出所を問うとリューキ小父様だと言うので、正面に座るおっさんに視線で問う。バツが悪そうにモゴモゴしだした。
「そ、それはだな。訓練に身が入らないクロード殿下から罰として没収したものだ。偶々持ち帰っていたのを倅に見つかってな……」
うん、く~ちゃん?いつの間に私の姿絵なんか描かせたのかな?あまつさえ普段から持ち歩いていたというのだね?うふふ、帰ったら詳しい話を聞かせてもらいましょうか。
直近の予定がひとつ確定した所で話題を戻した。
「それで何で姫なの?」
「は?だって総領主のご令嬢なんやろ?同じ伯爵家いうても家格は段違いであっちが上やん。それにこんなに別嬪さんやねんで?ヒメっちゅう呼び名が相応しいやん!」
熱く語られてめっちゃ引いてしまった。意味が解らん!周囲は何故かその理論に頷き合っている。
何か?師匠といいイースンの血を引く者は私を『姫』呼びしないと死ぬ病気なんだろうか?
「ダンデ君、王都へ帰ったらナターシャちゃんに伝えて頂戴。『ウチにお嫁に来るなら大歓迎よ』って」
「オカン、たまにはええこと言うなぁ!」
余計な物言いに制裁を加えながらクレハおば様がほほ笑んだ。
私はこれ以上この話題を引っ張るのは良くないと判断。今回の本題を被せ気味に話しだした。
ま、まさかの③に続く!Σ(@▽@;)




