運命の交差点
(あわわわわわわわわわ!!!?)
突如父様の執務室に呼ばれた私は事の次第を聞いて戦慄していた。
(な、なな何だってこんな事になってるのーーーー!!)
「それで、ノーサルからの報告は本当なのかい?」
組んだ両手に顎をついた父様がじっと私を見ていた。
「た、確かに私はそのような手紙を過去に用意しました。該当の少女にも心当たりがあります。……ですが」
一度言葉を切り、頭の中をフル回転で整理しながら私は返答する。
「ですが父様、確かめたい事がございますので、一度ノーサル領に様子を見に行っても良いですか?」
「お、だったら丁度いい!爺ぃからも連絡があったとこなんだ。姫さん、ついでにイースンにも寄ってくれ!」
援護するように後ろに現れたソウガに父様が思いっきり顔を顰めた。
「……ソウガお前、私が断れないようにわざと仕向けてないか?」
「何でそう突っかかってくるのかねぇ!もっと兄貴分の言葉を真正面から受け取ってくれよ!」
「うるさいっ!可愛い娘を案じる父親の気持ちがお前に分かってたまるかっ!!」
「いや、分かるよそのくらいっ!!お前俺を何だと思ってんの!?俺、姫さんの一番の側近ヨ?」
「……滅びろ!」
「ひでぇ!!?」
いつものじゃれ合いが展開されている中、私はこの後の予定を必死に立てていた。
(まずハンナに封筒の件を確認して、ステラと思しき少女の確認。……そうね、コッソリ隠れて見ましょう。今、彼女と面識を持つのは良くない気がするわ……)
それにしても、ユーリの事も気に掛かるというのに、どうしてこうも立て続けにフラグが立っていくのか。
嘆きたいのをグッと堪えて『準備期間が増えたと思おう!』と前向きにシフトチェンジする。
父様の執務室から退室すると、早速旅支度にかかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ここが貴族学園なのねっ!」
麗らかな『花』の季節。桜に似た花が舞い散る中庭で一人の少女が高まる気分に頬を紅潮させていた。
ボブカットの銀髪は緩くウェーブで癖付き、やや大きめの瞳は希望にキラキラ輝いている。指定の制服に結ばれたリボンは赤。リボンの両端には緑の線が入っている。特待生を示す指定のリボンだ。
少女は上機嫌に両手を広げてくるくる回る。
夢に見た貴族学園に入学することが出来たのだ。これまでの努力が報われて喜びも一入だった。
自分の世界に浸っていた少女は全く周りが見えていなかった。
その夢見心地は『どんっ!』と背中に走った鈍い衝撃で冷める事になる。
「きゃあっ!」
「すまないっ!」
衝撃で前に倒れ込んだ少女は、数瞬後地面についた手膝に擦りむく痛みが訪れる予想にギュッと目を瞑った。だが、しっかりと腹に回された誰かの腕が危機から救ってくれたようだ。
「……大丈夫か?」
気遣う声にゆっくりと振り向いて少女――ステラ――は息を呑んだ。
逆光に煌めくブロンド、空を写した瞳、精悍な出で立ちの上品な男子が心配そうにこちらを覗きこんでいたのだ!
思わずきゅんと胸が高鳴り、次いで恥ずかしさがこみ上げ急いで彼の腕から逃れた。
「ご、ごごごごめんなさい!あの、私、余所見をしていて……」
「いや、私も不注意だった。…怪我はないか?」
言われてもじもじと肯定する。それにしても格好良い男の子だ。
(こんな素敵な人、初めて見た……)
ぽわっと目の前のイケメンに見惚れていると相手が不思議そうな顔をした。
「君はもしかして、私の事を知らないのか?」
「え?……どこかでお会いしましたっけ?その、初対面だと思うけど……」
(こんなイケメン、絶対忘れるわけ無いしっ!)
「そうか……」
初対面である事が何故か嬉しそうな美男子に首を傾げる。
「私は新入生なんだが、君もか?」
「う、うん!」
優しく笑いかけられて動悸が治まらない。イケメンとは何と危険な生き物なのだ!
「そういえばそのリボンの色は……そうか。」
彼は独り言ちると「またな」とステラの頭をぽんと撫で去っていった。
ステラはその颯爽とした後ろ姿をぽ~っと眺めるのだった。
―――――そうして突如流れる軽快な音楽!!
――――――――――……
――――――……
(ああ、これ、星姫のオープニングじゃない……)
気付けば映画館の客席に腰掛けていたナターシャは目の前に流れる銀幕の映像を思い出していた。
(そうそう、ステラとメインヒーローのく~ちゃんが出会うとこからゲームが始まるのよねぇ)
オープニングムービーが終わり、入学式の新入生代表でクロードが挨拶し、ステラは先程出会った彼が王子様である事を知る。何とその王子様と同じクラスになったステラは、親し気に話しかけてきたクロードによりクラスの女子の反感を買ってしまう。そうして嫉妬したシルビアが現れるのだ。
(そうか……。私、ステラが何で貴族学園に入学してきたのか知らないんだわ)
かつて完成させたゲームムービーが流れる中、ナターシャはとんでもない事に思い至った。
そう、ステラに付けられていた設定は『平民の出である事』『特待生として入学してきた事』『特殊な夢見の能力が発現する事』このくらいしか決められていなかったのだ。
それもそうだろう。だって攻略するメンズによって、彼女の内面は多重人格のように切り替わるのだから。それが乙女ゲー主人公の宿命であるともいえる。
(でも、この世界のステラはプレイヤーじゃない……)
一個人として人生を生きている。
そんな当然の事に漸く気付いた。…いや、分かったつもりになっていた事に気付いた。
(私が一番知らないのはステラの事なんだ!)
白くぼやけて消えていく映画館の中で最後にそう思った―――……
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
翌朝、出仕してきたハンナに封筒の事を聞くと、王都への移動中の折、ミケルが出会った少女に渡したのだという話を聞いた。
「申し訳ございません……。確認もとらず勝手な事をしてしまいまして……」
叱責されたと思い萎縮してしまったハンナを宥めて、私は彼女を下がらせた。
ぶっちゃけ直接手元にミケルとハンナを置けている今、あの手紙の役目は終わっていた。あれは元々、身体の弱いハンナに万が一命の危機が襲いかかった時にミケルの未来を護るための保険だったのだ。
まさかそれが巡り廻ってステラの下へ辿り着くなど因果なものだ。
(……いや、これは必然だったのかもしれない)
ただの平民でしかないステラが貴族学園に入学するなど現状では有りえないことなのだ。ならば未来の結果にコミットするために私が利用されたと考えるべきだろう。
(私がミケルを特待生にしようとしてるのと一緒ってわけね……)
裏を返せば、ステラがこの現状を受け入れられなければ、彼女が貴族学園へ入学出来ない事になる。
やはり彼女の人格や考えを早い内に知るべきであろう。
(ステラ……彼女はどんな女の子なのかしら?)
少なからず未知への期待にわくわくしている事を自覚して、私は自嘲気味に苦笑を零した。




