波乱のティータイム②
突如走り出した暴走特急シルビア号を私は慌てて追いかけた。が、数秒の差を縮める前にシルビアが大きく呼び掛けてしまった。
「ちょっと、そこの貴女、顔を貸して下さるかしら?」
いくら令嬢っぽく取り繕ってみても、猛然と駆け寄りながら張り上げた声はチンピラのそれである。
人目が少ないとは言え、公式行事最中のシルビアの蛮行に頭を抱えてしまう。
(うう……バレたらイリーニャおば様にどやされる……)
イリーニャおば様から――一方的に――シルビア目付け役に任命されている私は遠い目をしてしまう。幸い周囲の耳目は集まっていない様子。何とか証拠隠滅の方向で!そう決意したと同時に二人に追い付いた。
「あの…わたくしの事でしょうか?」
「そうよ!」
おっとりと返した声は透きとおっていた。存外に高過ぎないその声音はするりと耳に馴染む。
「あなた、名前は?」
「……ユーリ・サリュフェルと申します」
あちゃ~!またしても頭痛がしてきた。うう、シルビアさん……。各家招待客の自己紹介聴いてなかったんかい!!そもそも自分は名乗らずにそんな言い方をしたら『あんた気に食わないのよ!』って敵意丸出しにきこえるじゃんっ!…ん?心中そのままっぽいぞ?いやいやいや、ダメでしょ!…まぁ身分的にシルビアが問いかけなければユーリは返答も出来ないのだ。取っ掛かりだと思えば……ってやっぱりアウトかな~……?
しっかし。
より近くで見たユーリは輝かんばかりだった。……この子、同姓同名の赤の他人なんじゃないですかね?
まじまじ見つめていると、ユーリ嬢(?)が僅かにはにかんだ。同時にシルビアが私を睨めつける。
(何故に浮気男を見る目ですかシルビアさんや……)
得も言われぬ威圧に冷や汗が出そうである。
私は誤魔化すようにゆったりと笑んで礼をとった。
「初めまして、ユーリ様。私、ナターシャ・ダンデハイムと申します。不躾に申し訳ありません。ユーリ様があまりにも可憐な方で見惚れてしまったのですわ」
「まぁ…そんな……。ナターシャ様もとてもお綺麗ですわ。改めましてユーリ・サリュフェルと申します。宜しければ仲良くしてくださいませね」
満更でも無さそうに微笑むユーリの姿に嘆息する。…良かった。何とか誤魔化せたかな?
「私は仲良くなんてしないわっ!」
シャー!っとシルビアが威嚇する。……猫か!!
「そんな悲しい事言わないでください。わたくしはシルビア様とも仲良くしたいですわ。……格下の身分でおこがましいかも知れませんが、ナターシャ様の一番の親友であるシルビア様と仲良くなりたいんですの」
(…なにこのすご~く含みを感じる言い方……)
「ナターシャのいちばん……ユーリ!あなた良く分かってるじゃないっ!……しょうがないわね。そこまで言うなら仲良くしてあげてもいいわっ!」
チョロイン並みの清々しさで上機嫌にシルビアが手のひらを返し、ユーリは「ありがとうございます」と嬉しそうに微笑んだ。
……どうしてだろう。さっきまでユーリに感じていた清廉さがなくなって、一気にお腹の中まで真っ黒に思えてきたんだけど。
そこへ黄色い声を引き連れたクロードがやってきた。……かなり辟易してるっぽい。
「す、すまない!アー…し、シルヴィーと庭を散策する約束でな。暫く遠慮してくれないか?待たせて済まない。行こう、シルヴィー!」
「へっ!?何それ?い―――」
恐らく「嫌ヨ」と言いかけた口はく~ちゃんの手によって華麗に塞がれた。呆気にとられたシルビアから素早く手を外し、強引に腕をエスコートの形に引っかけると、「ハハハハ、すまないそんなに拗ねないでくれ!」とわざとらしく周りに吹聴しながら奥庭の方へ去っていった。
「やっぱりシルビア様が婚約者で決まりなのかしら?」
「いいえ、正式に発表されてはおりませんものっ!あたくしにだってチャンスはあるはずですわっ!」
「でもシルビア様はクロード殿下から愛称で呼ばれるほど親しいのですね……羨ましいですわぁ」
「シルビア様は公爵令嬢ですもの。正妃に立たれるのは仕方がないとして、側室の座は空いているはずですわっ!」
「そういえば、シルビア様以外に仲の良いご令嬢がいるという噂はご存じでして?」
「まぁ!本当ですの!?詳しくお聞かせ願えますこと?」
クロードが去った後、その場に取り残されたご令嬢たちが井戸端会議を始めた。
その内容の雲行きの怪しさに、私はそっと気配を押し殺してその集団から逃げ出す。
去り際にそっとユーリを盗み見ると、驚く事に私をまっすぐ捉えていた彼女が唇を動かした。
(またおあいしましょう)
意味深に笑んだユーリはそのまま令嬢たちの輪に紛れて見えなくなり、私は人気のない辺りまできて漸く詰めていた息を吐きだした。
「師匠、ユーリ・サリュフェルを調べて」
「はいよ~!って姫さんどうした!?顔色が悪いぞ!」
無意識に震えていた私を師匠は抱え上げ、さっさと会場を後にした。
(あ~、あとでく~ちゃんにお詫びの手紙を出さなきゃ。……シルビアは大丈夫かな?)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「すまん。シルヴィー!機嫌をなおしてくれっ!」
「うるさいっ!!折角ナターシャと楽しく過ごそうと思ってたのに~」
私はぷりぷりと不機嫌をまき散らすシルヴィーを宥めるのに苦戦していた。
本当はアーシェと過ごしたかったのは私も同意する所だが、身分的にシルヴィーに喧嘩を売れる者はそうそういない。下手なやっかみにアーシェを巻き込みたくなくてついシルヴィーの手を取ってしまったが……。決してシルヴィーなら巻き込まれても良いと思ったわけでは無い。
「そういえば先ほど一緒にいたのは……ユーリ…だったか?」
「そうよ!ふふ、中々話の分かる子だったからお友達になってあげたの」
そう言って自慢げに胸を反らすシルヴィー。どうやら無事話を逸らして気を紛らわす事に成功したようだ。伊達に四六時中一緒に居る訳では無い。随分とシルヴィーの扱いに長けてきた気がする。
(……それにしても、サリュフェル家からの招待客は三男だったはずなのだが……?)
私は先程の可憐なご令嬢を思い出しながら、それでも美貌ではアーシェには敵わないなと一人頷いたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ウフフ、やっと会えたわ!」
やいやいとやり取りを続けている令嬢たちの中で思わずぼそりと独り言ちる。
―――ナターシャ・ダンデハイム
ダンデハイム家のご息女で既に慈善活動に精を出す心優しきお嬢様。すっかり貴族のご婦人方に浸透した『ハーブ』製品のパイオニア。驚く事に齢8歳にして成し遂げた『美』の功績を惜しげも無く庶民へも振る舞うその懐の深さ!
(何故か中々彼女の動きは掴めないのだけれど、漸く顔が見られたわ!うふ、想像通り可愛らしい方。)
わたくしはうっとりと先程の少女を思い浮かべる。深紅の絹のような髪は陽に透けて赤金に輝き花の様に咲き綻んでいた。
(何としても『美』の秘訣を教えて頂いて、そうね、美容トークにも花を咲かせたいわ!何としても彼女のお茶会には招待して頂かなくっちゃ!)
その為にはあの『シルビア嬢』と仲良くなるのが手っ取り早そうだ。
思わず零れそうになる笑みを抑えてわたくしは周囲のご令嬢方の輪に溶け込む。
(やっぱり女の子って素敵よね……)
色とりどりのドレス、美しい透かしのレース、ヒラヒラのリボン。より美しくなる為にお化粧するのが当然でそれは女性の特権でもある。
(ただ綺麗なものが好きなだけなのに……)
―――何故自分は男なんだろうか?
第二次成長期前の中性的な体型を良い事に趣味に走りまくっている男の娘、ユーリは何度目かも数えたくない思想を押しやり、華やかな世界に没頭する。
既に立ってしまったフラグにまだ気づいていないナターシャはその頃、ソウガの腕の中で大きく身震いしていた。




