最初の一歩②
「じゃ~~~ん!!」
自慢気に広げた書類をクロードの眼前に突き出すと、少々困惑しながらも目を通していく素直さにウフフと微笑しながら少し待つ。
「こ、これは!!?」
読み終わった内容を咀嚼してクロードが驚きの声を上げた。
「なぁに?ねぇ、ナターシャ、それに何が書いてあるの?」
私は書類をクロードに手渡してシルビアを振り返る。ニシシと笑ってそれに応えた。
「これはね、く~ちゃんの自由手形だよ!」
「自由手形?」
「そう!」
笑ってクロードを見やると書状を掴んだままワナワナと震えていた。
「…え?……これ、…どういう………」
文面を理解はしても心情が追いつかないのだろう。あまりに深刻な顔つきにシルビアが心配して私の腕を引いた。
「…ナターシャ?」
「心配いらないわ」
私の腕に置かれたままのシルビアの手に自分の手を重ねて微笑んだ。
「これからはいつでもく~ちゃんと一緒に外へ行けるの!」
「えっ!!?」
ぱああ!!とシルビアが喜色ばむ。私は更に笑みを深めて彼女の頭を撫でた。
「あれはね、く~ちゃんの外出許可証なの。ちょ~っと色々頑張って、学びの場を木漏れ日の丘まで広げてみました~~!!」
「流石ナターシャっ!!」
シルビアが私の手を取りくるくる回る。私も笑いながらそれに付き合い回想した。…いやぁ、ここまでくるまで頑張ったよホント……。
何たって何度も王様にプレゼンしたからね……。
突如拉致られる王様からの『お茶会』と称した『密会』。その不測の事態に備えるべく、常にディスカッション内容を書面にして持ち歩き――まぁ、ソウガに持たせていたのだけれど――クロードの外出の条件を洗い出し討論で煮詰めてきた。一番ネックだったのは護衛不足。それを王国騎士団団長を引っ張り出す事で何とか補った。あとは現地でクロード本人に稽古をつけてもらえばいいし、彼の子息であるロンとも交流出来て一石二鳥である。馬が合えば早い内にクロードの側近として内々に取り立たされるだろう。
く~ちゃんの夢はラルフを支える騎士になること。
今まではどちらが王太子になるか確約されていなかったから大っぴらに動けなかったけど、ラルフが立太子されたこれからは違う。
何よりクロード自身が兄を支える道を望んでいるのだ。ならばこれから先必要なのは、下手な野心を抱いた外野にクロードが担ぎ出されぬように、クロード本人を鍛える事である。そしてそんなクロードに今一番足りていないものが対人経験だ。特に同年代との触れ合いが圧倒的に足りない。
私たちは今年からお茶会のホストになる事ができる。
それは社交界に出る前の準備のようなもので、礼儀作法や派閥などを頭に叩き込む為の必須科目ともいえる。同年代との交流ならそこで学べばいいと言われるだろう。確かにそうかもしれない。でもそこには贅沢に馴れた上級貴族しかいないのだ。
国は民が居て成り立つ。その国の根底を支えている民草の事を何一つ知らず、一方的な支配階級の考えだけしか知らない人間が国のトップを支えるとか身の毛のよだつ話だ。
だから、く~ちゃんには自分の目でみて経験して糧にして欲しかった。
身分の差、常識の違い、暮らしの違い、階級によって出来る事出来ない事、人々は何を求め何を幸せと思い日々を過ごしているのか。綺麗事だけでは生きられないこの水の中を、己の意思で泳ぎ進んで行く為に必要な事。
王を――国を――支えるという事。
『クロードはこれまでずっとラルフに庇護されてきたから綺麗事しか知らない。そろそろ清濁併せ持つという事を覚えなけれないけない。』
そのような事を王様に話した時、何故か盛大に笑われたのも記憶に新しい。
『其方がそう言うのであれば余は反対せぬ。存分にその腕を振るうが良い』
なんてことも言われたっけ。相変わらず意味が分からない事を言われるお方だよ。だけど最終的に国の頂点から裁可されたのだ。都合よく使わせて頂きますとも!
「あ、あとこれもね」
放心状態のく~ちゃんに私はもう一つ封書を握らせると、我に返ったクロードがその封蝋を認めて喜色ばんだ。それは彼の父、現王から息子に宛てられた個人的な手紙だった。私の瞳が緩やかな弧を描く。
「後でゆっくり読むと良いわ。確かに渡したからね。じゃあ、私は兄様の所に戻るけど、詳しい話は明日の立太子式が終わってからゆっくりしましょ?」
「…解った。私もまだ混乱しているし、近い内にゆっくり説明を頼む。……シルヴィーはどうするんだ?」
「私はここにいるわ。……この後の晩餐会でクロにエスコートされなきゃだから」
「え、でも正装でしょう?帰らなくていいの?」
「お父様が必要なものは手配して下さっているから。この後城付きの侍女たちに連行されるのよ……」
遠い目をしながらシルビアが宣う。ここのところパートナーが必要な公式行事にクロードの相手として駆り出され始めていた。シルビア本人は公爵令嬢としての仕事くらいの認識で、それがお妃教育の一環だと気づいていないのだけれど……。
――え?私?
そんなもの王子たちと引き合わされた直後からあの手この手で回避させて頂きましたとも。『幻の令嬢』という二つ名は伊達では無くてよ!……とまぁ冗談はさておき。
いつかシルビアが真実に気付き本気で嫌がったのならば、その時は私が全力を持って何とかするつもりでいたりするんだけどね。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
翌日。
王宮の謁見の間には静寂が漂っていた。
微かな衣擦れの音だけが聴こえる中、その音の持ち主はとある場所に辿り着くと恭しく膝を折り頭を垂れた。
午前の柔らかな陽光が謁見の間中央にまっすぐ敷かれた赤いビロードを輝かせている。その奥まった先で膝まづいているのは『ラドクリフ・クロムアーデル第一王子殿下』
そして彼の対面に堂々と屹立するはこの国の王その人である。
今、王手ずから王太子の正装に使われる由緒正しきマントが下賜された。
ラドクリフが賜ったマントを装着し、誓いの言葉を述べる。
―――これを以て正式にクロムアーデル王国に今代の王太子が誕生した。
ラドクリフは王太子として次代の王となるべく、クロードはそんな王を支える王弟としての新しい道をそれぞれが進み始めた。




