木漏れ日の丘
「驚かないんですね?」
私は訓練所へと戻った二人と合流、必要物資のリストを作成している最中だった。ふと、移住者たち大人面々の私への対応を思い出しての問いかけだった。
「…何に、でございましょうか?」
メアリーさんが首を傾げる。ベルナンドさんも私を繁々と見つめた。
「いえ…。皆さんにお会いした時はこのような格好では無かったから……」
私の意図を察したらしいベルナンドさんが神妙に頷いた。
「お忍びなのでございましょう?我々も元とはいえご領地の北を任されていたお家の使用人でございます。主から言われもしないことに関して詮索など致しません。」
「そうですか…。あの、この姿の時は『ダンデ』というダンデハイム親戚筋の子息ということにしています。令嬢の姿で来ることはあまりないと思いますので、上手い事協力して貰えたら嬉しいです。」
「承知しました。坊ちゃまでもお嬢様でも貴方様が私たちの新しい主でございます。誠心誠意お仕えいたしますので、何なりとお申し付け下さいませね」
メアリーさんの笑顔につられて私も微笑した。領地で彼らと個人面談していた時も感じたが、あのダメ当主がギリギリでもやって来られていたのは縁の下である彼らのお陰だろう。それを纏めていた――ノーサル男爵のお父君である――今は亡き先代執事長は本当に有能だったに違いない。私にしてみれば『ラッキー』の一言に尽きる。素敵な出会いをありがとう、ケルティッシュ元男爵!
「ダン兄ちゃん、お昼ご飯出来たってっ!!」
勢いよく飛び込んできたミケルが弾む息で知らせてくれた。ここまで走って来たのだろう。私は二人に目配せして立ちあがると、ミケルの頭を撫でてお礼を言った。外に孤児院の子供が数名ミケルを待っている。…子どもってほんと馴染むのが早いなぁ。
すぐに行くからとミケルを先に送り出して、私たちも来た道を戻っていった。
「あ、そうだメアリーさん。」
「…敬称はよしてくださいませ。」
「ナターシャの時はそうするから大目に見て。…今のミケルの母親のハンナさんを、此処との繋ぎとして僕の家に勤めてもらう予定だからよろしく。」
「承りました」
使用人然としたきっちりしたお辞儀を受けて私はひとつ頷く。
早くも孤児院の門まで戻ったミケルが大きく手を振っているのに、私も笑顔で手を振り返した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
お昼ご飯はとても美味しかった。
私が教えたハーブの利用方法に料理人の二人も興味を持ってくれたみたい。炊事を手伝っていた子どもたちや従業員の卒業生たちと和気あいあい調理したらしい。
ハーブの栽培を訓練所エリアでも出来ないか打診されたので、パレットさんと相談するようにお願いした。折角だから訓練所の庭も気持ちよく整えていきたいしね。過ごしやすい公園の様に出来たらいいなぁ。
午後からはサリーさんと女性群を連れて街へと降りた。
行きつけのお店を廻り、移住者たちを紹介していく。必要物資を買い出しながら軽く街を案内して過ごし、この日はお開きとなった。
翌日は同様に男性陣を連れて街を歩く。
日用雑貨のお店は重複するが、男性と女性では必要なものも変わってくる。彼らの要望も聞きながら紹介して回った。
農具や調理器具などちょっと値が張るようなものは纏めて『ダンデハイム』名義で購入した為、気を良くした店主が古くなった幌馬車を譲ってくれたのはラッキーだった。
居住棟に隣接して厩舎兼家畜小屋のようなものを作っておいたから、早速活躍できそうで何よりだ。
料理人のファンスさんは御者を、ウォルトさんは馬の世話を出来るというのでそれぞれに任せる事にする。
従業員たちの生活を整えながら、訓練所へ訪れた人々のもてなし方なんかを話し合う日々が続いた。
孤児院やこの場所は高台になっているので、万が一の緊急避難所にも出来るように体育館のような作りにした為、ホールはそこそこの広さがある。二階に資料室と称した小さい図書館を設置。蔵書はこれから集めていくので暫くは空き部屋だけどね。ホールの奥には医務室も完備。と言っても簡易ベッドが数台あるだけの簡素な休憩室といった感じ。
がらんどうでも銘々に過ごしに来て貰える様に、レモン水やハーブ水、軽食を無償で提供しようと決まった。
開放時間は日没まで。朝も早過ぎても困ってしまうので、一般的な商店の開店時間に合わせる事にする。
そうして方針が決まり、準備が整った頃、街に買い出しに行くメンバーにこの場所の話をして貰うようにした。勿論、孤児院の子供たちも宣伝に一役買ってくれている。
最初にやって来たのは数人のご老人だった。
仕事も引退して手持無沙汰、家族から邪魔者扱いされて肩身が狭いと言いながら。
そこへ孤児院の子供たちがやってきて彼らを質問攻めにしていく。孫、曾孫のような子供たちに構われて気分よく、タダで一日をのんびりと過ごせるこの場所の評判はあっという間に広がっていった。
その内託児所よろしく子どもを預ける者、人の往来が増えれば辻馬車を出す者まで現れた。
人の出入りが増え、評判も上々。大人たちはのんびりとお喋りを楽しんだり、子どもたちと一緒に庭いじりをしたり、孤児院の洗濯を一緒に手伝ったり。
その時に使った石鹸の効果に驚いて、サリーさんによる石鹸講座を開催することになったり。完成品は各々のお土産だと触れ回れば希望者が殺到してちょっと大変だった。――貴族屋敷仕えの使用人たちもどこからか噂を聴き付け紛れ込んでいた。
最近の流行は竹細工。
大人も子供も皆夢中になっている。
これは私がイースンのライ爺ちゃんの所から竹を分けて貰った所から始まった。
器用なおじいちゃん達を集めて、竹とんぼや水鉄砲を伝えるとサッサと拵えてくれた。そうしたら当然孤児院の子供たちが大喜びで遊び始め、自分達でも創意工夫したいと、ご老人たちと一緒になって作り始めた。
同じく竹ひごを拵えて貰い、これはおばあちゃん方を集めて竹籠や竹ざるを作って貰った。
こっちは女性陣に大人気となり、皆暇を見つけてはせっせと何かを拵えるようになった。何せ此処での材料費はタダ。自分で製作したものは自分のものに出来るので皆割と真剣だ。
ついでに竹炭も広めてみた。
パレットさん主導の下、こちらも希望者を集めての講座に仕立ててみた。
炭の有用性、燃やす以外での効果や利用方法を教えると、自家製で賄う人も増えた。
そんな感じですっかり人々の憩いの場となった訓練所はいつしか『木漏れ日の丘』と呼ばれるようになっていた。響きも綺麗だし、こっちの方が私も嬉しいので今では『訓練所』改め『木漏れ日の丘』と呼んでいる。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
時は少し遡る。
訓練所が人々に馴染むより前。私はハンナさんを呼び出して自宅へと連れ帰った。
「ハンナさん、ちょっとごめんね!」
私が馬車内でダンデからナターシャ姿に着替えると、ぎょっとする気配が伝わって苦笑した。
「屋敷の中からダンデとして出かけられないから、いつもこうやって着替えてるの。着替えはこっそり自分で洗濯してるんだけど、うちの侍女たちに隠すのももう大変で…。協力してくれる人が欲しかったんだぁ。」
「…何故、お屋敷の侍女様方には協力を仰がれないのですか?皆様お嬢様の為に喜んで仕えてくれると思いますが」
「ん~…そうなんだろうけどね。何というか勝手な言い分なんだけど、これも私の修行だと思ってる所があるから、かな?私の中でダンデとナターシャは別人だから、徹底的に分けたいというか…。お嬢様ってさ、ホント不便なんだよね。特別な理由が無ければ引きこもるのが仕事なんだもん。そんな状態で審美眼を養うとか無理ゲーもいいとこでしょ。自分の眼で納得出来ないと。ダンデはその為にいる。…だから知る人は少ない方が良いの。身内なら特に、ね。」
「…はぁ、そういうものなのですか」
「さて、もうすぐ到着よ。ハンナさんにはこれから、私の侍女となるべく修行をして貰います。貴女はちょっと特別で、屋敷付きでは無く、私の移動先での世話をする専属の侍女という扱いになります。女中では必要の無かった礼儀作法等も学んで頂きますので相応の覚悟をお願いします。…体力的には下働きよりも楽になるはずだけど、苦労は何にでも付き纏うものだから、無理しないように、自分の健康状態と相談しながら頑張ってね。」
「過分なお心づかい、ありがとうございます。精一杯務めさせて頂きます…」
屋敷に到着した後、父様母様にご挨拶。侍女頭に面通りを済ませてハンナさんはナキアに預けた。暫くは通いで我が家へ勤めて貰う。
巻き込んで申し訳ないけれど、頑張ってくれると良いな……。




