不穏なご招待
良く晴れた日の朝、王宮から私宛に手紙が届いた。
差出人はく~ちゃん。午後から時間が取れるからと私的なお茶会に誘うものだった。
私は二つ返事で了承し、返事を直ぐに認めて使いの人に預けた。
最近とみに考える。どうやったらく~ちゃんを頻繁に王宮から連れ出せるだろうか?
ラルフは上手いことやってたみたいだけど、極端な話それは兄様がいたからに尽きる。物心ついた頃には側近教育を受けてきていた兄様がいたから、ナハトの目が届く範囲でのみ自由に出来ていたに過ぎない。
しかし残念な事にクロードにはそれがいない。
ラルフの代は消去法として適当な人物がナハトしかいなかったために、早々の教育を施すことができた。ラルフが跡目最有力候補であったことも大きい。
しかしクロードは違う。
私達の代は同年代が多過ぎるのだ。
下手に権力争いを避ける故にクロードにはまだ側近候補がいない。ある程度自分の身は自分で守れるようになった貴族学園に入学してから『ロン』は付けられたのだ。その時にはラルフが既に立太子されていたから、クロードもある程度の自由が出来たのだと思う。
現状、8歳のクロードは、立太子の可能性を十分に保有している大切な第二王子だ。言い方は悪いが、ラルフのスペアとして大切にされている為、兄以上に厳重に管理されていた。
そんなクロードを5歳の頃から間近で見てきた。
ラルフの能力が高すぎる故隠れてしまいがちだが、クロードは自分の立場を良く理解して努力しているとても良い子だ。将来兄の役に立てるようにと日夜頑張っている。
(…だからこそ、子どもらしくいられる息抜きの時間位何とかしてあげたい……)
―――そういえば「王家にはうちのような隠密部隊はいないのか」と師匠に聞いた事があるのだが、梅干しでも食べたような非常に微妙な顔をして言い淀まれた。言外の誓約がどうのと言っていたから何やら事情があるのだろう。その時は大人しく引き下がったのだが。
(本格的に調べてみても良いかもしれないわね……)
そんな物騒な事を考えながら、私は久々の王城に足を踏み入れたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
Q.今日はどうして王宮に?
A.幼馴染の王子殿下に、お茶会のお誘いを戴いたからですわ。
そのはずだった。
そのはずだったのに、どうして私はクロードのサロンに辿り着けていないのだろう?
―――――王宮の門番に取り次いでもらい、王族のプライベートスペース前まで護衛に案内され、その先は許されているからと、一人で勝手知ったるクロードのサロンへ向かう手はずだった。サロンに行けばその先は王族付きの侍従が取り次いでくれる。毎度のルート通りに護衛と別れてすぐの事だった。
珍しくソウガが声を掛けてきたのだ。
『姫さん、その先の気配に俺は干渉できない。…危険は無いと思うから頑張ってくれ』
どこからか用件だけサッと伝えてソウガの気配が消える。
確かに最初の角で待ち伏せされている気配はあるのだけれど…。
(なにその言い方!?…何が待ってるの!!?超怖いんですけど!!!??)
怪しまれぬよう素知らぬ顔で回廊を進めば、件の角から伸びてきた手に腕を引かれた。犯人の顔を見やれば、空いた手の人差し指を唇の前にあて「し~っ」とジェスチャーしながらウインクしている壮年の男性。――恐らく父様と同年代だろう――サラサラと揺れる金髪、抜けるような夏の青空のような瞳……。
私は腕を引かれるままに回廊を進む。…さっきの師匠の言葉、この馴染みある麗しい色彩、ひょっとしなくても間違いないでしょう!?
その男の後ろ姿を――まぬけな大口を開けたまま――見上げて付いていくしか私には出来なかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そこはとても豪奢な部屋だった。
調度品のどれをとっても値段など考えたくも無くなるような代物が並び、それでも普段使いらしく華美さは随分と抑えられ、品の良いシンプルな色彩でまとめられている。その部屋の主にとっては寛げるプライベートスペースなのだろうが、私の背中は滝のような冷や汗が止まらないでいた。
この部屋に押し入れられてすぐ、私は即座に最敬礼を取るべく膝を折ろうとしたのだが目の前の人物にあっさりと阻まれた。
「突然すまなかった。これは個人的な余の我が儘なのだから礼は要らぬ」
そう言って艶のある笑みを浮かべたのは間違いなくこの国の国王。
『アルフレッド・フォーチュン・クロムアーデル』その人である。
「さ、こちらにかけなさい。今茶を出そう。」
流れるようにエスコートされ、座らされた応接セットのソファはふかふかで、でも沈み過ぎない絶妙さ加減だ。対面に腰掛けた気配に反射で顔をあげると再び艶やかに笑まれた。壮年のダンディーな微笑み御馳走さまです!…思わず現実逃避。
「そう固くならずともよい。そなたと少し話がしたいと思ってな。何、息子の事は気にしなくていいぞ。」
(いや、緊張するなとか無理な話だし、私と話したいとか意味不明だし、く~ちゃんに何をした王様よ!?って、そんなことよりこの声、腰にくる~~~~~!!!!)
甘い甘い超低音ボイス。なのに張りがあって良く響く。年嵩の落ち着きや威厳が調和されて妊娠しそう!何この人めっちゃコワイ!!…ああ、国王様だった。もっとコワイっ!!!!!
そうしてあわあわと冷や汗が止まらないでいた。
どうしてこうなった!!?
対面の王様は優雅にお茶を飲んでいらっしゃる。
…私もひとまず落ち着かねばと、震える指先を叱咤してカップを手に取った。――もしこの国のトップの前で粗相したと母様にバレたら社会的に抹殺されかねないからだ。私、必死!!
芳香なお茶を嚥下してその温みが喉を伝えば幾分か気持ちが落ち着いた。静かにカップをソーサーに戻し、どうしたものかと相手をこっそりと窺いみる。
「構わない。公式の場では無く、余の我が儘だと言ったろう?…家族と接するように寛いでくれてよいのだ」
(いや無理ですっっ!!!)
私の気配に先手を打って許しをくれたけれど、未だ混乱の渦中である私の脳みそはうまく稼働してくれない。
「ああ、失敬。まずは名乗らないとな。余はアルフレッド・フォーチュン・クロムアーデル。この国の王であり、ラドクリフとクロードの父でもある。」
(やっぱりそうですよね~~~~!!?)
決定打を貰ってしまった。そして貴人に名乗られて返礼しないという道は無い。
私は立ち上がり、細心の注意を払って優雅に膝を折った。
「ダンデハイム伯爵が息女、ナターシャ・ダンデハイムと申します。陛下のご尊顔を仰げます光栄、何よりの喜びでございます」
「うむ」と慣れた返事を寄こして、「茶が冷めるから早くかけなおしなさい」と王様が私を促したので大人しく従った。そうして満面の笑みで私を見つめている。…速攻で逃げ出したい。
「やはり女子はよいな。うちは愚息ばかりでつまらん。…また王妃に頑張ってもらうか」
(家族計画は身内でやってくださいよ!)
趣旨不明の招待に、私は心底居心地の悪さを感じていた。
▶ 『逃げる』
▶ ナターシャは逃げられない。




