孤高の狼(笑)
……付けられてる。
久々に王都で自由な時間を過ごしていた私は、一定間隔をあけてずっと向けられている視線にそう結論付けた。
(でも誰だろ?…知り合いじゃないっぽいし……?)
勿論師匠ではない。そもそも隠密部隊の人は監視中の場合絶対に気配を出さない。――それはユージンさんだって例外では無かった。――身内の気配ならすっかり選別できるようになったし、付いてくる気配はただ隠れているだけで、尾行というにはお粗末すぎる。素人なのは間違いないのだが……。
(ふむ、次の角で待ち伏せてみるか……)
考えても埒が明かないので行動してみよう。
私は何食わぬ顔で角を曲がり、死角にある木に素早くよじ登った。程無くやって来たホシが同様に角を曲って私の姿がない事に狼狽えている。
「やぁ、僕に何か用事かい?」
私はきょろきょろと辺りを見回す少年の肩を後ろからポンと叩いた。驚いた少年が振り向きざまに腰に差していた短剣――訓練用の模擬刀だ――を抜いたので、私も吃驚して反射的にその手首を蹴り上げ短剣を手から落とさせ、宙に伸びた腕を素早く掴んで後ろ手に捻りあげ…そのまま膝カックンして前倒しにした少年の背中に乗ってマウントを取った所で我に返った。普段の護身術訓練の賜物。その成果が淀みなく流れるように発揮されたといえよう。
「わわ!ごめんっ!?…吃驚してつい~!!」
一瞬の出来事に地に伏せられたまま驚いている少年から飛びのきペコペコ頭を下げた。
茫然と私を見上げていた少年がハッと正気づき無言で立ち上がる。パンパンと手の平で土ぼこりを払い、その間も只管私をじっと睨みつけている。
(なんなのよ~~~!!?)
私は注意深く少年を観察した。…特に脅威は感じないが、一体全体何だというのか?
「……やはり、強いな。」
ボソッと無表情のままに零した少年の台詞に「は?」と疑問符が浮かぶ。
「……お前…強そうだったから…」
「それでずっと付けてきたの?」
こくり。頷いた少年に悪気とか、そういった悪意めいたものは感じない。本当に純粋な興味だけで動いたようだ。…はた迷惑な。
私は顔を背けて密かに溜息を吐くと、正面から少年に向き合った。
「…僕はダンデ。…それで?君は?」
「…ロン。……ロン・オーウェン。」
「え゛っ!!…オーウェンってあの『オーウェン騎士団長』の―――!!?」
「………父だ。」
(わ~~~~~~!!?この子、この年の時ってこんなに可愛い感じだったの~~~~~!!)
久々に出てきました。うちの子ですよ、うちの子!!
わ~~、完成ビジュアルと違い過ぎて直ぐに分からなかったわ~~!!二次成長期ミラクル!…というか『強そう』とかいう訳解んない理由で尾行とかダメでしょ、何なのこの子!
▶『ロン・オーウェン』
クロムアーデル王国騎士団、団長子息。
騎士団長として王国に従事する父に憧れ、自身も騎士と成るべく、学園に通う傍ら騎士見習いとして研鑽を積む。二足の草鞋生活。
学友としてクロードの側近候補となり、何かと護衛に侍るようになる。
長身、寡黙、人の真偽を見抜くような鋭い眼差し。群れる事を好まず、ストイックに淡々とクロードの護衛をしている様子から『孤高の狼』という二つ名が付けられた。
クロードという接点でステラと触れ合う内に、彼女の心優しさ清らかさに感銘を受け、騎士としての忠誠をステラに捧げようと考え始める。だが彼女との交流が増すほど、不器用な己の心情に深い理解を示してくれるステラに段々と恋情を抱くようになるのだ…―――――。
(――この子のBADENDはかなり限定的なのよね…。)
ロンは学園卒業後、正式に王国騎士になる一択で、近衛騎士としてクロードの側近護衛になる。
但し、ステラがクロードとロンのED条件を満たし――ロンの方の好感度がクロードより高い状態で――クロードを選んで第二王子妃となった場合のみ、ロンのバッドエンドが発動。
その内容とは、クロードの側近として触れ合う機会の多さにステラへの恋心を諦めきれず、恋しさの余り発作的に暴走して彼女を誘拐、逃亡。しかしあえなく捕まり、王子妃殿下誘拐の罪で斬首されてしまう、というもの。
(それ以外のエンディングに関しては、立派な騎士になるべく頑張るぞ~!って感じなんだけど…。)
チラリ。何となく顔色を窺えば、無表情のままロンが短剣を構えた。
「?」
「…手合わせ……」
「しないよっ!!?」
何だ何だ物騒な!?この得体のしれない生き物は何だ!!?というか思い出してなんだけど、『孤高の狼』って何だよそのネーミングセンス。オッケー出したの誰だ?私だ!!?
勝負を即行で断られて不満げなロン。あのね、初対面だからね?子どもだから許されるけど、いい大人がやったら警邏に捕縛されちゃうよ?
何だかとってもこの子の先行きが不安になってきました…。初対面でこんなに私の精神を削りとるとは中々にやるな…。
「えっと、ロン…って呼んで良い?僕、喉が渇いたからカフェに行くけど、時間があるなら一緒にどう?」
とても友好的な笑みを浮かべて誘ってみました。しかし表情筋の動かない子供だなぁ。何考えてるんだろ?バトル脳とかだったらヤダなぁ…。
「……行く。」
…付いてくるらしいので、ちょっとコミュニケーションを図ってみますか!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
行きつけのカフェのテラス席。今日は湿度も低く、気持ち良い風が吹いているので、通りが眺められる席に腰掛けた。その向かいに大人しく座るロン。
「ロンは甘い物好き?」
コクンと頷く。…そのお口は飾りかい?
微妙に引きつりそうになる口端を自制しながら、店員のお姉さんを呼んだ。
「あら、ダン君。今日はお友達と一緒なの?」
人好きのする営業スマイルの鑑のようなニッコリ顔でお姉さんが話しかけてきた。
私が指さすメニューを覗き込むのに前かがみになって、垂れた前髪を片手で掻き上げる様にして押さえている。…と、そこに視線を感じた。
「…ロン?」
―――ふいっ。
どうしたのかと視線の主に声をかければわざとらしく視線をそらされた。
「?????」
良く分からないけど、適当に注文をしちゃったから苦手な物でもあったのかな?
待ってる間、通りを往く人々を眺めながら何とはなしに話しかけてみたけれど、こっちの質問にイエスorノーの短い返答、もしくは首を動かすかの最小限で対応してくるロン。なのに、時々変な所で視線が止まる。お~い、私と話してるんだよね?
「お待たせしました~♪」
さっきのお姉さんがトレーに商品を乗せて運んできた。
冷たい果実水に柑橘のタルト、ライムゼリーが並べられていく。
それをジッと眺めるロン。
ん?
今何かすっごく引っ掛かったぞ……?
(え~っと、ロンの視線を再現してみよう……)
私は投げかける会話の中不自然に止まったり泳いだりするロンの視線を思い出した。その先にあった人々。綺麗な女の人、可愛い女の人、屈強な男性。
…うん、最後は多分私に声をかけたのと同じ理由だろうから置いといて、この女性は何だ?系統がばらつき過ぎて好みのタイプとかじゃなさそうだし。
「じゃ、ダン君、お友達君もごゆっくり~♪」
配膳を終えたお姉さんが立ち去る。その姿を凝視していたロンの視線……。
「…あ。」
え、いや、ちょっと待って!でも、ひょっとすると……!!?
(うわ~…すっごい嫌な事実に気付いてしまったかも……)
私は堪え切れず半眼になりながらロンに問いかけた。気持ち冷ややかな声音になったのはしょうがないと思う。
「…ロン……豊満な女性が好きなの?」
―――フイッ
あ、眼、逸らしたな!しかもちょっと顔赤いぞこの野郎!!ムッツリだ!!この子齢8歳にしてムッツリスケベなんかっ!!!
うん、ここの店員のお姉さんは胸部が中々の凶器ですものね。屈むとね、強調されるわ揺れ動くわで思わず凝視しちゃう気持ちは解るよ?解るけど……。
露 骨 す ぎ る だ ろ !!!!!
……。
私、決めた!!この子監視対象にするっ!!
野放しにしたら、どんな大人に育つか不安で仕方ないもん!そりゃあ男の子なんだから、異性に興味を持つことに反対なんかしないし、成長過程で猥談に興味津々になることもあるでしょうよ。
でもな、私は声を大にして言いたい。
ムッツリはいかん!どうせならオープンエロになりなさいと!!
いやそれもどうなの?と言われそうだけれど、そっちの方が男の子として健全な気がするじゃん?
それにこの子は騎士を目指して常日頃から身体を動かしているはず。常人より発散出来る機会が多いのに、それでも解消できない悶々って駄目でしょ!?抱え込み過ぎて何するか分からなくて怖いっ!!
うん。
走り込みでも、手合わせでも、お悩み相談でも何でも付き合うから、犯罪だけには走らないように発散させよう!
「ロン!!」
マイペースにタルトを頬張っているロンに鋭く呼び掛けると、視線だけでこちらを向いた。
だ か ら 、そ の 口 は 、飾 り な の か !!!
「来週のこの時間にまたここに集合!僕と手合わせしたいんだろ?なら、言う通りに来れば受けてあげないこともないよ?」
キラリ、ロンの目が光る。
よしよし、喰いついた!定期的に会う約束を取り付けて、常識とは何ぞやということを教え込まねばっ!!
―――こうしてダンデに同年代の茶飲み友達が出来たのであった。
新たなうちの子も変わり者の予感…




