新兵器
次の週。ロンは約束通りカフェに現れた。この前と同じ席に座って通りを眺めていた私を、店の外から凝視してきたので手招けば、大人しく近寄ってきたので「中に入って来い」と声を掛ける。コクンと頷いてロンが入口に回っていった。
…まずは挨拶をする所から教えねばならないようだ。
店員さんには待ち合わせと伝えてあったので、スムーズにロンが案内されてきた。対面に腰掛けたのを見計らってにっこりと笑いかけた。
「やあ、ロン。来てくれて嬉しいよ。元気だったかい?」
ロンは相変わらず無表情ながらも、少し気落ちしている気配が感じられた。…今日はあのお姉さんお休みだもんね。おばちゃんで残念だったな!!
笑顔の後ろでそんな事を考えながらロンの返事を待つ。
感情の読めない双眸が私を捉えて、じっと見つめてくる。程なくコクリとロンが頷いた――瞬間。
――スッパーーーン!!
私は懐から取り出したハリセンでロンの頭を小気味よく打ち抜いた。
打ち鳴らされた音の派手さに反してノーダメージのロンがきょとんとしている。
私はそのハリセンで片手をペチペチ叩きながら、怒り笑いという器用な表情を作った。参考は怒ったナハトである。
「ロン、対人の基本は挨拶だよ?…やり直し。」
威圧と共に笑みを深めれば、無表情のロンの頬を冷や汗が伝うのが見えた。…表情筋がお仕事しないだけで、ちゃんと感情は動いてるみたいね。
「…こんにちは、ロン。調子はどうだい?」
「こんにちは、ダンデ。…ありがとう、…元気だ……」
心なしかブルブル震えながらロンがたどたどしく答えた。…まぁ、この位なら及第点でしょう。
「あのさ、君は騎士団長の子息だろう?これから先お茶会や社交界デビュー、学園への入学と人付き合いはどんどん増えていくんだ。最低限の挨拶くらい出来ないと、困るのは君だよ。…だから僕はその辺り厳しく指導していくつもりだからよろしく。」
ハリセン片手ににっこりと宣言すれば、「…はい」と素直なお返事があった。
体育会系は上下のはっきりした縦社会。これだけのっけからアピールしておけば、この先も私が優位に立って話を進められるだろう。うんうん、出足は上々だ!
「…ダンデは?」
「僕が何?」
「…ダンデも、…貴族……?」
「そうだよ。…でも、見てわかると思うけどお忍びだから家名は言わないよ」
言えばコクリと頷いた。…その辺の常識は解ってくれるらしい。
貴族の家名は身分証明のようなものだから、聞く人が聞けば余計な事まで分かっちゃうくらい面倒くさいのだ。初対面で私がロンの素性を知ったように。…私の場合『ダンデハイム』だとバレれば男装の意味が無くなっちゃうからね。結構慎重だったりするよ。一応お忍び用の家名もあるにはあるけれど、その名を使うと親族たちへの根回しが必要になっちゃうからナターシャのお忍び専用なんだよね。ダンデの時は出来るだけ暈していく方向で。
閑話休題。
しっかしロンは口数少なすぎてコミュニケーション取りずらいわね。…こういう時はやっぱり荒波に揉まれるのが一番でしょう。
「よし。ロン、今日はこの後修行しに行こう!とっておきの場所があるんだ!!」
その言葉にロンの瞳がキラキラと輝いた。無口だけど、何となく考えてる事は解る…かな?
早くと急かす空気を――それでも無表情なのがちょっと笑える――まるっと無視して私は優雅にお茶を飲んだ。
ちゃんと言葉にしなけれは応えてあげませんよ~だ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
カフェにてたっぷりとロンを焦らした後、やって来たのは久し振りの孤児院です。皆元気にしてるかな?
相変わらず立て付けの悪い表門を押しやれば、錆びた音を聞きつけた何人かがやってきた。フワッとローズマリーの香りが漂ってくる。ハーブも順調に育ち続けているみたい。
「ダン兄ちゃんだ!」とはしゃぐ子供たちの中に、栗毛の少年を見つけて呼び掛けた。
「レイ!久し振りっ!!」
大きく手を振る先には同じように笑顔で手を振り返してくれているレイモンド。その後ろに更に子供たちも集まってきた。
「ダンっ!久し振りじゃん!」
「レイも!…チャリティーパーティーの後、色々大変だったんだろ?元気そうで良かった。」
「ああ…、ありがとう。新しい両親はとっても良い人たちだよ。…で、そいつ誰?」
「ロンだよ。最近知り合ったんだ。」
ロンを軽く前に押しやると、ぺこりと頭を下げた。や、だから喋りなさいちゃんと!
「……ロン?」
徐にハリセンを取り出し、兄様ブリザードを真似て微笑めば、皆がビクッと固まった。…流石兄様…効果は絶大だ。
「ロン・オーウェンだ。…よろしく。」
大人しくレイモンドに向かって挨拶をやり直したロン。すると硬直していたレイもハッとして自己紹介した。
「俺はレイモンド。…あ、レイモンド・ベインだ。レイで良いよ、宜しくな!」
(『…あ』ってまだ慣れないんだなぁレイは……)
そう、レイはちょっと前にベイン家の養子となったばかり。シルビアの話では元気そうにしているということだったから心配はしていなかったけど、やっぱり平民と貴族では生活の仕方に違いがあり過ぎるから色々と大変なのだろう。
「…ああ、ベイン……」
ロンの呟きにレイが首を傾げた。ベイン男爵が孤児院から養子を迎えた話は貴族間で有名な話だからロンも知っていたんだろう。しかし男爵子息になりたてのレイがそこまで分かるはずも無く。
「あのねレイ、貴族の中で君の話はかなり有名なんだよ。家名を聞けば君が渦中の人だって直ぐに分かっちゃう。貴族の家名とはそういう重さも持っているんだ。…そういうの、今勉強してるんだろ?」
「…なるほど。だから家庭教師が誇りがどうのとか、矜持がどうのって口うるさく言うのか。」
「そういうこと。因みに勉強すれば直ぐに分かるから教えておくけど、ロンのお父君は騎士団長だよ。オーウェン子爵。家格はレイよりロンの方が上だね。公式の場では挨拶の順番なんかもあるから、家名の勉強は大事だよ。」
「じゃあお前はどうなんだよ、ダンデ…?」
ジト目でレイがこっちを見やる。
「やだなぁ、ダンデはダンデだよ。家名がバレたら自由が無くなるじゃないか!」
爽やかに笑って見せれば鼻白まれた。
「と、とりあえず僕の事は良いんだよ!今日はロンの事で来たんだ。シスターにも挨拶したいから、レイは僕と一緒に来てほしいけど。」
「それは構わないけど、そいつの事ってどういうこと?」
当人であるロンが一番不可解な顔して立ってます。あ、この無表情にも慣れてきたかも。
「あのさ、この子喋るのが苦手なんだよ。でも貴族社会って対人戦が基本だから、ある程度捌けないと生きていけない。それでここの子供たちと触れ合って貰おうと思って。」
「…ああ、成程な。…ちょうどチビたちが退屈してたみたいだし、ちょうど良いんじゃないか?」
にやり。お互い不敵な笑みを交わしてしまった。よしよし。ロンにはちょぉ~っと頑張ってもらいましょう。
「じゃ、ロン。僕たちはここの管理人のシスターに挨拶してくるから、君はここで子供たちと遊んでてくれる?」
あ、戸惑ってる。――やはり表情は動かないけど――…ロンって一人っ子だもんね。ましてお茶会デビュー前の軍人子息がどれだけ社交出来てるのかなんて、出来てればこんな不自由な子になってないよなぁ。
「大丈夫、皆良い子達だから!――みんな~!!ちょっと集合~~!!」
呼び掛ければワラワラと集まってきた子供たちにロンが引いている。ふふふ、逃がさなくてよ!
「ロン、挨拶っ!」
「…ロン・オーウェン。…初めまして……」
「ロンは一人っ子で兄弟がいないんだ。大勢で遊んだことが無いっていうから、皆、ロンと遊んであげてくれる?」
「いいよ~!」「ダン兄ちゃんの頼みならしょうがないよね~!」「お兄ちゃんその腰の剣、本物!!?」「ダンデ、おやつは~?」
一斉に喋り出した子供たちにまた一歩ロンが引いた。私はその背中に手の平を押し当て、それ以上下がれないようにしてからにっこりと笑う。
「ロン、しっかり頑張っておいで!…骨は拾ってあげるから。」
あ、青ざめてちょっと涙目だぞ。大丈夫怖くないよ~!
「じゃあ皆、ロンをよろしくね!」
「「「「「「はーーーーーーーーーい!!!」」」」」
元気の良いお返事に安心してロンを押し出した。
すると興味津々の子供たちが一斉にロンを取り囲んでいく。うふふ、早速人気者だねぇ♪
―――――さぁお前たち、やぁぁっておしま~~い!!!
あらほら(以下略)と答えるのは兄様sだろうか………。ソウガ&ライメイも有りだなw




