少年の誓い
漸くクロードのターンです。
また一部血なまぐさい表現がちょみっと出てきます。
一応ご注意下さい。
※2018/9/4 誤字修正しました。
私はクロムアーデル王国の第二王子として生まれた。
生まれた時から何不自由なく過ごしてきたけれど、自分を取り巻くなにもかもが気に食わなかった。
幼心にも感じる。
私の周りにはやけに馴れ馴れしく接してくる大人、…自分の欲が透けて見える者、そんな奴等ばかりだったから。自分から仲良くしたいと思える人間なんかいなかった。
ただ唯一、己の兄――第一王子ラドクリフ――だけは別格で。
私のことを心から思い遣ってくれていると感じるのは兄上だけだった。なかなか父母に会う事の出来ない私には、兄上の愛情だけが縁…。
類い稀な才能を有したラドクリフはいつでもキラキラ輝いて見えて、何でも出来る兄の弟である事が誇らしかった。
そうしていつの間にか、兄の偉業は自分のもののような気になっていった。
後ろをついて回れば、ラドクリフに成れたかのような夢想もした。
分かっているのだ。…凄いのは兄上。それは一生懸命努力している兄上だけの評価。
(…私は何もしていない。……だから無価値。)
そんな簡単なことにずっと気付けなかった。
いや、知らんぷりしていただけだ。
だって認めてしまったら、私――クロード――には何が残るのだろう。
無価値な自身に残るものなんて何もない。…兄上までいなくなってしまったら?
そうやってずっと…。
―――ずっと逃げていたのだと思う。心で言い訳をして。王子である私にはそれが許されてきたから。
そんな時に教えられた婚約者の話。
もし兄上がその婚約者候補とやらと仲良くなってしまったら。愛し合ってしまったら。
(私なんかを誰が愛してくれるのだろうか…)
そんな言いようの無い不安が体中に渦巻いた。
だって皆が必要としているのは次の王となる兄上だけなのだ。私は、ただのおまけなのだから…。
『おまえか。私たちのこんやく者こうほというのは。』
私の兄上を無くすわけにはいかない。ただそれだけの衝動で何の罪もない少女を攻撃した。
だって目にした婚約者候補の少女がとても可愛かったから。
薔薇色の絹のようなまっすぐ長い髪、深い森のような緑眼は零れるほど大きく煌めいている。祝いの席の為にと特別に誂えられたであろう豪奢なドレスを着たその姿は精緻な人形のよう。
そして何より少女の周りには愛が溢れていた。
『兄上を取られる!!』瞬間的に確信となった想いは感情のまま私の身体を動かしていた……。
―――罪悪感に苛まれたまま、件の少女とはすぐに再会を果たした。
初対面では声も聞けなかった彼女は、大人しい人形なんかじゃなかった。とても強い意志を持った、大人びた少女だった。兄上にも堂々と振る舞うその姿に気後れしてしまう。
そしてまっすぐに私を見るのだ。誰でもないクロードと向き合ってくる。…身が竦む思いがした。
私のちっぽけな弱い心を見透かしているのだろう。容赦なく、急所目掛けて少女はクロードに矢を放つ。
『貴方ねぇ、自分のやったこと分かってないでしょう?』
(私の兄上がすごいのだから、私がなにをしたってだれも気になんかしない……)
『貴方が王子様だから――それだけ王族の言動には責任が生じるの』
(私が王族だから?兄上じゃない、私の責任…?)
『公式の場での振る舞いくらい上手になさいな――大好きな兄上の力になりたいのなら』
(うるさい!!そんな事誰も教えてくれなかった!!!)
『私は貴方の友人として傍にいるから』
(本当に?兄上でなく、私を見てくれるのか…?)
―――二度目の邂逅から更に数日後。
兄上に言われてダンデハイム領に行く事になったその日。私は私を友と宣った少女にこう言い放った。
『兄上になれなれしくするなよ!』
その気持ちにも嘘は無かったけれど、半分くらいは本当に私と仲良くしてくれるのだろうか?という不安。だから、移動中の馬車の中で、彼女から愛称を付けられた時は嬉しかったのに。
その理由が『友人の飼っている小型犬に似ているから』だなんて。自分でも驚くほどにガッカリして……悲しかった。
兄上たちはどんどん仲良くなっていくのに、自分だけが素直になれない。
自分の居場所を見失いかけたそんな時、兄上が高熱に倒れた。
初めて見る弱り切った兄の姿に思考が停止する。目の前が真っ暗になった。
私は何も出来ない憤りを目の前の少女にぶつけることしか出来なかったのに。
『く~ちゃんさぁ、誰のせいとかじゃなくて、もっとラルフを大切にしてあげなよ』
(私が、兄上を…?)
『一番近くにいるでしょうが、あんたが。大好きな兄上はね、神様でもなんでもない、10歳の子どもなんだよ?疲れたら倒れちゃう人間なの!!あんたがちゃんと見ててあげなきゃ。ラルフがく~ちゃん護ってくれてるみたいに、あんたも兄上護ってあげなよね』
(私が…護る……)
少女の言葉は私の心の水面に大きなさざ波を作った。ざわざわと言い知れぬ感情が私の中に燻り始めた…。
兄上の体調が回復すると、私の恐れていた事が現実になった。
兄は目に見えて、少女の事を気にするようになったのだ。
だから少しでも私を気に掛けて欲しくて、少女にも言われたように兄上の助けになろうと躍起になったが、いまいち上手くいかない。…苛立ちが募っていた。
そして。
今朝も兄は少女を捕まえて構ってはご機嫌だった。兄上が喜んでいるのなら自分も楽しまなければ。…だって兄上に嫌われたくない。なんでこいつなんだ。こいつは私の欲しいものをいっぱい持っているじゃないか!!
怨嗟。もう何処へぶつけたらいいのかも解からず、何が言いたいのかも忘れてしまった。
今まで身の内に溜まったドロドロしたものが、キラキラした少女を見て騒ぎ出す。
私の友達になってくれると言った少女に。
何かにつけてはクロードを気に掛けてくれる少女に。
もう、自分がどうしたいのかさえ分からない。
―――少女がいないと広場で騒ぎになった。私も兄たちと協力して三方向へ別れて捜索した。
舗装されていない地面を歩くのは得意じゃない。下草に足を取られて苦心したものの、少女はすぐに見つけられた。
木陰で一人黄昏ていた少女は一つの絵画のようだった。清らかで、またしても自分と比べてしまう。
誰もいない場所で少女と対面した時、ぐるぐるのぐちゃぐちゃが形にならないまま表に飛び出した。
『―――お前なんかっ…!!どっかにきえてしまえばいいんだっっ!!!』
『う、うるさいっっ!!お前のかおなんか見たくないっっ!!!!キライだっっ!!!!』
堪らず駆け出した。
消えたかったのは私。合わす顔が無かったのも私。
少女の厳しい言葉は全部私の為だった。素直になれない愚かな私を、責めること無く何度も許してくれたのに。
もういい加減匙を投げて、愛想も尽きたろうに、それでも彼女は私を追いかけてきてくれた。
自分と大差ない小さな背中に負ぶわれると、大きな温もりに包まれ護られているような安心感があった。
『私が守ってあげるから』
この言葉に嘘偽りは無かった。
この可憐な少女は、私を守るために、命懸けで襲い来る野獣に果敢に立ち向かっていったのだ!!
私は何も出来なかった。
ただ震えて唖然とその様子を見つめるしか出来ない。
負傷した少女にとどめを刺さんと野犬が飛び掛かる。私は瞬きも視界を閉ざす事も出来ずにその映像を映し続ける。惨劇を予感した瞬間、駆け付けた少女の兄君が腰に下げていた剣を素早く抜き――先ほどまで兄上と訓練していた剣だ――思い切り振って力任せに剣腹で野犬を叩き飛ばした。息つく間もなく更に野獣の胴体を蹴り飛ばし、それが地面に叩きつけられたのとほぼ同時に、跳躍していたナハトが野犬の首を地面に剣で縫い付けた。自分の全体重を負荷にして、横たわる野獣の首と地面と垂直に剣を突き立てたのである。
躊躇いなど微塵も無かった。
野獣は断末魔をあげて暫く痙攣したあと、ピクリともしなくなった。
少女を噛み殺そうとした鋭利な牙が並んだ口はだらしなく開き、血泡が溢れている。
ナハトはそんな獣の骸などに一切気を向けず剣を抜き取ると、すぐさま少女の元へと向かった。
先ほどまでの感情の無い瞳とは打って変わって、妹を心底気遣う兄の顔だ。
妹を護ったナハトは、とても強かった……。
―――――私の鼓動が大きく跳ねた。
私は弱い。
このままでは誰も護ることなどできない。
そうしてそれは、自分の大切な人を目の前で殺す事なのだ。
ストンと、心に落ちてきた。
このままで良いわけがない。…いつまでも子どもでいてはこの人たちには追いつけない。
追いつきたい。肩を並べたい。……笑って欲しい。
(大切にしたい人を護るには自分が強くならなければならない。)
生まれて初めて自分の意思で何かを成そうと強く思った。
もう逃げない。言い訳もしない。
だから決めた。
(―――私は騎士になる!!)
大切な人たちの危険を払う剣に。庇護する盾に。
クロードは誓った。
これからは兄もナターシャも自分が護れるようになると。
何故なら自分がどんなに弱くても、格好悪くても、彼女は…ナターシャは私を見捨てたりしない。
兄上と比べたりしないで私は私だと言ってくれる。
私に出来る事を、今から始めればいいと背中を押してくれたのだ。母のように温かく支えてくれるのだ。
(いっぱい強くなって、自分の大切な人たちが傷つかぬようにするんだ!!)
生まれて初めて自分で決めた目標にクロードは燃え上がった。
(今に見てろ!!く~ちゃんなんて言えないほど強く格好良くなって、兄上から奪いに行くからな!!!)
泣きつかれて眠る少年は、恋心の芽生えた少女の腕の中。
しかしその感情がどういうものなのか、幼い少年が自覚するのはまだまだ先のお話。
というわけで。
空気感満載だったクロードは内面でこんな事を思っていたのでした。
こんな幼児嫌過ぎる。今回、クロードの脳内思考という事で普通に漢字表記をしております。
一応彼も英才教育を施されていますので、一般の同年代よりは賢いはず、なんだけどな……
未だ砂糖袋の口は開きそうもありません☆




