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ダンデハイム伯爵領へ

※2018/8/27 誤字修正しました。

 準備は着々と進められ、兼ねてからの予定通り私たちは領地視察へ出発することになった。母様だけお留守番である。


「ライラ、留守中のこと、頼んだよ。」

「お任せください旦那様。無事に帰ってきてね…」


 領地までは馬車で3日。意外と近いようだが、ダンデハイム伯爵領は広大なのだとか。視察に時間がかかるため、約一月の長旅となる予定だった。


「やぁ、二人とも。暫く世話になる、よろしくね。」

「兄上になれなれしくするなよ!」


 そこへ転がり込んできたお荷物王子たち。警備体制の見直しやら何やらで、この数日父様とナハトはてんてこ舞いだったのだ。それを身近に見ていた私が、何も知らないクロードについ険のある眼差しを向けても許されるでしょう?だまれ小僧。


 ―――警備の都合上、子どもたちは同じ馬車に入れられた。これから3日、膝を突き合わせての移動である。……憂鬱だわ。


 と、最初こそ思ったものだが、比較的穏やかな雰囲気のまま馬車は進んでいた。とりとめの無い話をしたり、突っかかってくるクロードをいなしているうちに一日目の宿を過ぎ、翌日二日目の宿に到着した。


「明日の夕暮れ前には領邸に着くから、もう少し辛抱してくれ。」


 夕食を摂りながら父様が教えてくれた。

 正直お尻が痛くなっていたので朗報だ。


「ねぇ兄様、兄様も領地に行くのは初めてなの?」


 宛がわれた部屋のベッドに潜りながら兄様を見上げる。

 殿下達の影響で移動中の宿は兄様と同室になったらしい。…久々に一緒に眠れてちょっと嬉しかったり。


「僕は二回目かな。前は7歳の時に父様の視察についていった。」

「そっか~。……どんな所か楽しみ!!あ、私街に行ってみたいの。父様許してくれるかな~?」

「殿下方がいるからね、大丈夫だと思うけど…。僕からも頼んでおくよ。」

「ホント!?だから兄様って大好き!!」


 すぐ隣の兄様に抱きつくと、優しい手で頭を撫でてくれる。猫の毛繕いのような、赤子をあやすような手慣れた温かさが私の睡魔を引き寄せてきた。

 うとうとと正体を無くしそうな私に「明日も早いから、ゆっくりお休み」と兄様の声が降り注いだ。その声はふわふわと辺りを漂って、温かな幸せに浸りながらすぐに眠りに落ちていった―――。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ダンデハイム伯爵領。

 クロムアーデル王国王都の東に位置する広大な領地で、領端の大きな森と入江が隣国との境となっている防備の要の地。自然の恵みに加え、隣国との貿易も盛んな為、王国内でもかなり豊かな領だ。伯爵領としても破格な場所なのだが、王国建立時からの約束で代々ダンデハイム家が管理しているらしい。


「あ~!漸く馬車から降りられるのね~!!これなら自分で馬を駆った方が楽な気がするぅ。」

「楽では無いと思うけど、到着は断然早いかな。…半分くらい短縮できるはずだよ、実際。」

「兄様~、何で私は乗馬を習っちゃダメなの~?」

「おや、ナターシャは馬に乗りたいのかい?」

「昨年母様に却下されてるけどね」

「お前、おんなのくせに。ムリに決まってるだろ!!」

「決めつける男は格好良くなれないわよ、『く~ちゃん』」

「く~ちゃんってよぶな!!」


 移動中が暇すぎて過去を回想していた時に、友人の飼っていたチワワが『く~ちゃん』と呼ばれていた事を思い出した。その子は金色で、飼い主以外には警戒心剥き出してくる感じがクロードにそっくりだったので、その時からこいつは『く~ちゃん』となった。

 私はご満悦だか、クロードには不評である。やめる気ないけど。


「ナターシャ。前にも言ったけど、君じゃまだ小さくて無理だよ。もう少し背丈が伸びたら教えてあげるから…」

「兄様絶対!?約束してくれる??」

「ああ。…だから、一人で何とかしようとするんじゃないよ」

「…はぁい。」

「楽しそうだね。その時は私も交ぜてもらおうかな?」

「ラルフは馬に乗れるの?」

「基本は問題ないかな?」

「じゃあ大歓迎!!教えてくれる人は多い方がいいもんね!…んじゃあ、はい!!」


 右手を隣の兄様、左手を向かいのラルフ。それぞれ小指を立てた状態で突きだすと、二人が目に見えて困惑した。あ、指切りって風習無いんだっけ?

 つい甥っ子と戯れてるのと同じノリになってしまう。堂々と突き出した手を今更誤魔化すことも出来ず、指切りを覚えてもらうことにした。


「あ~、これはね。何かの本で読んだ、約束するときのおまじないなの。二人とも、私の小指にそれぞれの小指を引っかけてくれる?」


 兄様はおずおずと、ラルフは興味深そうに言われた通りにした。私は更に自分の小指を鉤にしてロックし、例の唄を口ずさむ。

♪~ゆ~び切り拳万~嘘吐いたら針千本の~ますっ♪♪


「~指きった!」


 勢い良く手を下に引けば、自然に小指が離れる。最後に「約束だからね!」と笑って念押し。二人ともぽかんとしてるけど大丈夫かな?

 と、ここで状況においてけぼりのく~ちゃんが噛みついてきた。


「お、おま、おま、お前!!今のはなんだ!!!!兄上をのろったのか、このまじょめっ!!!!はり千本のますってあくまか!!!!」

「く~ちゃん落ち着け、これは約束破ったら怒るよっていう比喩だから!!」

「……随分過激な報復だね」


 兄様が苦笑いしている。

 そしてラルフはぼんやりと立てたままの小指を見ていた。……ん?そういえば。小指でも分かるくらい熱かった…?

 じっとラルフを見つめると、その目が少し潤んでいる。綺麗だなぁ~ってそうじゃない!!


「ラルフ、ちょっとごめん!!」


 言うが早いかラルフの膝上によじ登り、おでこをごっつんこ。やっぱり、熱あるよこの子!!


「兄様、ラルフ熱がある!!領邸まであとどのくらい!?」


 私の行動に驚いていた諸君は、続いた私の言葉に更に驚いた。

 直ぐに兄様が御者台に合図を送ってやり取りをすると、程なく馬車が止まった。


「ちょっと父上の所行ってくるから待ってて!!」


 兄様が飛び出していった。

 自覚をしたからか、ラルフがぐったりしていく。それを見てクロードがオロオロし始めた。


「お前が…兄上にへんなのろいをかけたからだ!!」


 見慣れない兄の姿に完全に狼狽している。


「く~ちゃん黙って、それどこじゃない。あんた、こっちに座んなさい!!」


 私が今までナハトが座っていた場所を手の平でバンバン叩くと、クロードは大人しく従った。

 私はハンカチを取り出し、水筒の水で湿らす。素早くラルフの頭側に座り、ゆっくりと彼の頭を私の膝に乗せた。最後に濡らしたハンカチをおでこに乗っけて完成だ。


「全然冷たく無いけど、無いよりマシでしょ?」

「ここからなら、領邸を目指した方が早いみたいだ。すぐに移動するからもうちょっと辛抱して…」


 丁度戻ってきた兄様がタラップを上ってきて固まった。え?ナハト急にどうした?君まで発熱とかやめてよね!?

 数瞬で稼働した兄様が無言でクロードの隣に座った。めっちゃ半眼でこっちを見てくる。……怖い。心なしかく~ちゃんまで怯えてないか?何で殺気立ってるの!?

 私は意識的に兄様から視線を逸らしてラルフに向いた。ひ~!?何か視線が刺さってくるけど無視よ、無視!!


「……具合が悪いの、何で黙ってたの?」


 ラルフに問えば、


「う~ん…、自分でも気づいてなかったからねぇ」

「きっと長距離移動で疲れがでたんだね。ダメじゃない、無理しちゃ。心配するでしょう?疲れたら疲れたって言ってくれなきゃ!」


 そう言うと、ラルフの目が大きく開かれた。そして穴が開きそうなほど私を見つめてくる。なんだなんだ!?


「私が疲れたと言ったら君はどうするの?」


 震えるように、思わず溢れた言葉。何を言っているんだろうかこの男子(おのこ)は。


「そんなのどうもしないわよ。休ませてあげるし、助けてあげるだけ。当然でしょ?何言ってんだか…」


 呆れて言えば、また驚いたような顔をして、次の瞬間ラルフがふんわり笑った。10歳の少年の衒い無い微笑みは天使のようで、上気した頬と潤んだ瞳がえも言えぬ色気を醸し出していた。美少年の殺傷能力の高さよ。


「…そうか。」


 ラルフはポツリと溢し、私の頬に片方の手の平をくっつけてきた。熱い。


「殿下、あげませんよっ!!」


 強い調子の兄様の声が飛ぶ。

 それに力無く笑って返してラルフが応えた。


「以前取り上げないと言ったが、自信が無くなってきたかもね」


 瞬間、氷点下まで気温が下がったのかと錯覚するほど兄様が殺気立った。クロードは恐怖で気絶している。

 殺伐とした空気は目的地に到着するまで続きました……。

ナターシャは定番の看病フラグを回収した。

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2020/6/26
あの、中年聖女がリターンズでございます!
新作☆中年『トーコ』の美食探訪!その二の巻
今日も元気だビールが美味い!~夏といえばビールでしょ~

+++

こちらも引き続きよろしくです☆

唸れ神那の厨二脳!
『親友(とも)を訪ねて異世界へ~ReBirth Day~』
巻き込まれ女子大生の異世界奮闘記
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