第9話 揺れる心
「あの人を救う?…どういう意味ですか?」
凛子がセバスチャンに聞く。
「彼も色々、大変なんですよ。」
セバスチャンが笑顔で答える。
「………そうなんですか?」
「おや、こんな時間。…そろそろ、仕事に戻らないと。…お家まで送りますよ。」
「いえ、大丈夫です。1人で帰れ……」
「道、分かるんですか?」
セバスチャンが笑顔で聞く。
「うっ………分からない…です。」
家に帰るとシャムシエルがリビングのソファーで寝ていた。
「……いつも寝不足のようですね。」
セバスチャンが言う。
「…はい。夜、ずっと起きてるみたいです…」
凛子が困った顔で言う。
…わたしのせいだ。
「一緒に寝てはどうですか?」
「へ?!」
セバスチャンが笑顔で言う。
「一緒に寝れば闇にのまれてもすぐに気づくでしょう?…シャムシエルが寝不足になる事もないかと思いますよ。」
凛子が唖然とした顔で固まる。
「…い、一緒にって…それは、ちょっと……」
「大丈夫ですよ。シャムシエルのベッドは大きいサイズを買ったと言っていましたので2人で寝ても問題ないと思いますよ。」
セバスチャンがニコニコしながら凛子に言う。
「そういう事では…なくて…ですね。い、一緒に寝る……なんて……」
凛子の顔が真っ赤になる。
…面白いな。顔が真っ赤になった。
やはりまだ子供ですね。
「…では、私は仕事があるので。」
セバスチャンが帰って行った。
一緒に寝る?
…………。
寝不足で倒れたら困るけど……
でも…
凛子が顔を真っ赤にして悩む。
ソファーで寝ていたシャムシエルが目を覚ます。
「……ん?…凛子、帰ってきてたのか。」
「…はい。セバスチャンさんはお仕事に行きました。」
「そうか。さて夕飯にするか…」
そう言うとシャムシエルがキッチンに向かう。
リビングのソファーでぬいぐるみを抱えて黙り込む凛子。
……何だ?
セバスチャンに何か言われたのか?
横目で凛子の様子を見る。
「凛子…」
「…………。」
…ん?
返事がない。
凛子の肩に手を乗せる。
「…凛子、聞こえてる?」
「…!!……え?……な、何ですか?」
「…?…どうした?セバスチャンと何かあったか?」
シャムシエルが不思議そうな顔で聞く。
「え?…いえ、何も無いですよ…」
……どうして、そんなに慌ててるんだ?
「先にお風呂、入っておいで。」
「…はい。」
凛子がバスルームに向かう。
…何かあったようにしか見えないんだが。
夕食を食べてリビングでくつろぐ2人。
「…もやしさん、寝ないんですか?」
「ん?…そうだな、もう少ししたら寝るかな…」
「そうですか…」
凛子が下を向いている。
「…何かあったのか?」
「いえ。あの……」
「…なんだ?」
「……何でもないです。…寝ますね。おやすみなさい。」
「……おやすみ。」
凛子がぬいぐるみを抱えて自分の部屋に向かう。
「………?」
…どうしたんだ?
様子が変だな…。
「…俺も寝るか。」
自分の寝室に向かう。
今日はどの本にするかな…
凛子はもう寝てるだろうけど少ししてから行くか。
ベッドの中に入って本を読む。
ドアをノックする音が聞こえる。
「…もやしさん。…入っていいですか?」
…凛子?
どうしたんだろ?
「…いいよ。」
凛子がドアを開ける。
枕とぬいぐるみと毛布を持っていた。
「…どうした?…眠れないのか?」
ベッドの中で座ったまま聞く。
「………あの…」
少し恥ずかしそうに凛子が言う。
「……ん?……どうしたんだ?」
「…ここで……寝ても………いいですか?」
ここで………寝る?!
「……………ここで?」
凛子が下を向いたまま頷く。
「……えっと、凛子がいいなら…かまわないけど。」
たしかに一緒に寝ると闇にのまれてもすぐに気づくから助かるけど……どうしてそんなこと考えたんだろ?
………セバスチャンか?
あいつ……
「ベッド、大きいから2人で寝ても大丈夫………!」
カーペットの上に枕を置いてぬいぐるみを抱え毛布にくるまって寝る凛子がいた。
「…何してるの?」
「床で寝るのは慣れてるので…ご心配なく。」
凛子が背中を向けたまま言う。
シャムシエルがため息をつく。
…床で寝るのに慣れてるって。
「…床で寝るのなら部屋に戻ってほしいんだけど?」
「………大丈夫ですよ。慣れてる…!」
「ダメ!」
毛布を剥がして凛子を抱えて自分のベッドに寝かせる。
「…心配しなくても何もしないから。」
凛子の頭を撫でる。
「……せ…セクハラ…ですよ…」
シャムシエルから目をそらして恥ずかしそうに言う。
「…はいはい。」
シャムシエルが微笑む。
「…早く寝た方がいいよ。」
そう言うと凛子の隣で本を読み始める。
凛子がシャムシエルの横顔を見ながら聞く。
「…寝る時も仮面つけてるんですか?」
「うん。…たまに外す時もあるけどね。」
寝返りしたら顔が痛そう…
どうして仮面つけてるんだろ?
「…どうして、仮面つけてるんですか?」
「うーん。…何て説明したらいいのかな…」
シャムシエルが難しそうな顔をする。
「顔を出してると何かまずいことでもあるんですか?」
「そういう訳ではないんだけど…」
凛子が起き上がりシャムシエルに近づく。
「じゃあ、…外してもいいんですよね?」
仮面を止めている紐に手を伸ばす。
「待て待て、…何をする気だ。」
凛子の手を掴む。
「何か、気になって…」
凛子が仮面の紐を引っ張ろうとする。
「凛子、やめろって…」
「そんなに隠したいんですか?…すごく気になるんですけど…」
…どうした?
えらく積極的だな。
外しても問題ないけどな…うーん。
「それ以上、近づいたら……キスするぞ。」
凛子がシャムシエルから離れて険しい目で見る。
「…冗談だよ。そんな目で見ないでくれ…」
「……………おやすみなさい。」
凛子がシャムシエルに背中を向けて横になる。
「ごめん。…怒った?」
凛子の顔を覗き込む。
「いえ、怒ってないです…」
凛子の頬が赤くなっている。
「ほっぺた、赤いよ…」
「赤くない…です!」
「そうか?」
シャムシエルが笑う。
次の日の朝。
…何だろ?
大きくて、暖かい。
凛子が手を伸ばして暖かい何かに触れて顔を埋める。
何か、分かんないけど触ってると落ち着く…
でも何だろ……これ?
暖かい何かを撫でるように触る。
……心臓の音……早くなった……?
………………。
ちょっと待って、…心臓の音?……という事は…
「…凛子、くすぐったいよ。」
凛子が目を開けるとシャムシエルの腕の中にいた。
「……!」
「おはよう。よく眠れた?」
凛子が驚いて後ろに下がりベットから落ちる。
「…痛っ!」
「え?!…大丈夫か?」
起き上がりながら言う。
「…大丈夫…です。…おはようございます。」
時計を見ると11時前だった。
「…もう昼だな。」
凛子が離してくれなかったから起き上がれなかった…
ゆっくり寝れたから…まぁいっか。
凛子がぬいぐるみと枕を抱えて部屋を出ようとする。
「枕は置いててもいいんじゃないか?」
「…え?……そう…ですね。」
闇堕ちしなくなるまで…一緒に寝るって事になるのかな?
「…着替えてきます。」
枕を残して部屋を出る。
「ああ、昼ごはん作るよ。」
昼ごはんを食べてリビングでくつろぐ2人。
「…どこか出かけるか?」
「…もやしさんにお任せします。」
…体が少し重い。
どうしてかな?
「…どこがいいだろ?」
散歩っていってもなぁ…
かといってオカマバーに行く気分でもないし。
シャムシエルのスマートフォンが鳴る。
電話に出る。
「…リリスか。…どうした?」
「別に用事はないけど~何してるのかな?と思って♪…凛子ちゃん、元気?」
「ああ、一応な。お前、暇か?」
「少しなら、あいてるわよ。…どうして?」
「ちょうど、よかった。凛子の服、選びに付き合ってくれ。」
3人でショッピングセンターへ向かう。
「…そんなに、洋服いりませんよ。」
凛子がシャムシエルに言う。
「いいから、いいから。」
「そうよ♪…可愛い洋服はいくらあっても足りないの♪」
リリスが凛子の手をひいて歩く。
「うちが出してるお店があるから行きましょ♪」
リリスが凛子の洋服を選ぶ。
「これは?…新作なんだけど♪」
「スカートはちょっと…」
「…似合うと思うけどなぁ~♪…ねぇ、似合うと思わない?」
リリスがシャムシエルに聞く。
「……似合うんじゃないか?」
「適当に返事、してますよね?」
凛子がシャムシエルを疑わしい目で見ながら言う。
「女の服はよく分からん…」
シャムシエルがため息まじりに言う。
「あんたに聞いた私がバカだったわ…」
リリスがあれこれ選んで凛子に着せる。
「……うん、これでバッチリ♪」
「…ありがとうございます。」
「そうだ!この近くに美味しいソフトクリームが売ってるのよ!…行きましょ♪…シャムシエル、お金払っといて♪」
「……ああ、わかったよ。」
シャムシエルがレジに向かう。
「凛子ちゃん、行きましょ~♪」
リリスが凛子の手をひいて歩く。
3人がソフトクリームを買って食べ始める。
「…おいし♪」
リリスが嬉しそうにソフトクリームを食べる。
「そうですね。…美味しい。」
凛子がソフトクリームを食べていると…
「…凛子、こっちのも食べてみるか?」
シャムシエルが自分のソフトクリームを凛子の目の前に出す。
凛子がシャムシエルのソフトクリームを食べようとするとシャムシエルがソフトクリームを凛子の鼻に付ける。
「…!!…何するんですか?!」
凛子が慌てる。
シャムシエルが笑う。
「あはは、ごめん、ごめん。」
「…子供みたいな事しないでくださいよ。」
凛子がムスッとする。
「あらら、鼻にソフトクリームついちゃったわね。何か拭くものあるかな?」
リリスか自分のバッグの中に手を入れて探す。
「…まったく、いい歳して何してるのよ!」
リリスがシャムシエルに言う。
「拭くものなんていらんよ…」
シャムシエルがそう言うと凛子の鼻に付いたソフトクリームを舐める。
「…!!!!」
凛子とリリスが驚く。
「な、な、な、何するんですか!!」
凛子の顔が真っ赤になる。
「ん?鼻についてたから、舐めただけだぞ?」
「…犬じゃあるまいし…」
リリスがため息をつきながら言う。
バッグの中からウェットティッシュを出して凛子の鼻を拭く。
「シャムシエルのよだれがついたからちゃんと拭いておかないとね。」
「人をバイ菌みたいに言うなよ…」
…顔を真っ赤にして可愛いわね。
リリスが微笑む。
「…ありがとうございます。」
…それにしても驚いた。
シャムシエルのこんなに楽しそうな顔、久しぶりに見たわね。
リリスがシャムシエルを物珍しそうに見る。
「…ん?…何だ?」
シャムシエルが不思議そうな顔でリリスを見る。
…びっくりした。
いきなりあんな事するなんて…
もやしさんにとっては普通の事…なのかな?
わたしにとって……もやしさんってなんだろう?
凛子が自分の胸に手を当てる。
…ドキドキする、この気持ちは……何かな?
つづく。