第10話 過去の記憶
リリスは仕事に戻り家に帰ろうとする2人。
……やっぱり体が重い。
どうしてかな?
凛子がため息をつく。
「……疲れたか?…おんぶしてやろうか?」
シャムシエルが笑顔で言う。
「……え?…いいです、歩けます!」
凛子がムスッとしながら言う。
…少し歩いただけなのに随分、疲れているな。
元々、体力はないけど。
最近よく疲れた顔してる……
シャムシエルが凛子を抱えようとすると凛子が逃げる。
「歩けますよ…」
「でも、疲れた顔してる。」
「大丈夫です!」
「………そうか?…無理はするなよ。」
シャムシエルが凛子の手をとる。
「…!…最近は引き込まれてないから手を繋がなくても大丈夫ですよ?」
「…いいから。」
…たしかに最近、闇に引き込まれなくなってる。
でも顔色はここに来た時とあまり変わらない。
声が聞こえるらしいし…嫌な予感がする。
シャムシエルが凛子の手を強く握る。
「………?」
リリスがオカマバーのカウンターに座っている。
「……シャムシエルのあんな嬉しそうな顔、久々にみたわよ~」
「……そう。」
「あれ?ママは驚かないの?」
「凛子ちゃん、……笑ってた?」
ママがリリスに真剣な顔で聞く。
「ん~?…そういや、笑ってなかったかも?…顔色も前と変わってない…わね。」
「……これからが本番ね。」
「本番?」
リリスが不思議そうな顔で聞く。
「あの子がちゃんと自分と向き合わないと、闇堕ちから抜け出せない。…シャムシエルがどれだけ頑張っても、本人が変わらないと…」
…うまく、いくかはまだ分からない。
シャムシエルが浮かれて何かやらかさないといいけど。
シャムシエルがキッチンで夕食を作っていた。
「…凛子、もうすぐできるぞ。」
「…………。」
…ん?
返事がない。
リビングに様子を見に行くが凛子の姿が見えない。
「…!…凛子?!」
闇に引き込まれた?!
周囲を見わたすと凛子の足が見えた。
…?
なんだ?
凛子の方に歩いていくと…カーペットの上でぬいぐるみを抱えて寝ていた。
「…………。」
シャムシエルがため息をつく。
よかった、闇に引き込まれてなくて。
でもどうして床で寝てるんだ?
「凛子、こんな所で寝ると風邪ひくぞ…」
凛子の肩をゆさぶる。
「…ん………。」
凛子が目を開ける。
「…大丈夫か?…」
…随分、疲れているな。
「……はい。体が重い…だけ…なので……」
寝ぼけながら凛子が答える。
「……体が重い?」
シャムシエルが聞き返す。
「…声が聞こえたくらいから…体が重いんです。」
下を向いて寝ぼけたままの凛子が答える。
…声が聞こえたくらいから…体が重い?
堕ちる、寸前じゃないか。
シャムシエルの心の中に焦りと自分では訳の分からない苛立ちが湧き上がる。
「……どうして、言わなかった?」
「…え?」
凛子がシャムシエルの顔を見る。
…もやしさん、怒ってる…?
「声が聞こえた事も霧山に聞いた。…でも君の口からは聞いてない。…体が重いのも…どうして、言わなかった?!」
凛子の体が震える。
シャムシエルの怒った顔と父親の顔が重なり、父親に言われ続けた言葉が頭をよぎる。
ーだから、お前はダメなんだ!ー
ーこの役たたずが!!ー
ーお前なんて、いなくなればいいのに!ー
「言ってくれないと、分からないだろ?!…体調が悪いなら…」
「…ごめん、なさい……」
シャムシエルが我にかえる。
「…凛子?」
下を向いて膝を抱え、震えながら凛子が言う。
「…ごめんなさい……ごめん…なさい………」
「凛子…ごめん。……怒ってないよ。」
シャムシエルが焦りながら凛子に言う。
……どうして苛立った?
何してるんだ、俺は…
自分の言動を後悔するシャムシエル。
「凛子、本当にごめん。…怒ってないから…」
「…ごめんなさい。」
凛子は下を向いて震えたままだ。
…まいったな。
ここに来た時よりもひどい状態になった。
このままだと闇に引き込まれる…
インターホンが鳴る。
「誰だ、こんな時に…」
液晶画面を見ると霧山が立っていた。
「うまい、菓子を買ってきたぞ。…開けろ。」
「悪いけど、今はちょっと…」
「なんだ?!…お前、凛子に変な事したのか?」
「いや……」
シャムシエルが気まずさに言葉をつまらせる。
はっきり言わないシャムシエルに霧山が苛立つ。
「今すぐ、開けろ!…ドアをぶち破るぞ!」
「…分かったよ。…開けるからドアを壊すな。」
霧山がリビングに入る。
「…凛子?……!!」
部屋の隅で膝を抱えて座る凛子を見つける。
「お前!何をした?!」
霧山がシャムシエルの胸ぐらを掴む。
「…説明するから。殴るのは…ちょっと待て。」
キッチンで事情を説明する。
霧山がため息をつく。
「…いつか、やらかしそうだとは思ったが。」
「悪い…。」
反省するシャムシエル。
…どうして、あんな言い方をしたんだ?
情けない…。
「……ん?…いつか、やらかす?」
霧山に聞き返す。
「…天使に人間の心の中まで理解するのは難しいだろうと思っていたんだ。」
霧山がシャムシエルを見ながら話す。
「実際、お前はよくやっていたよ……自分を責めるな。」
「…………。」
人間の心の中…か。
「とりあえず…」
「ん?」
「…外に出てろ!」
「はい?」
「お前がいると凛子が怯える。人間が何とかするから天使は外に出てろ。…何かあったらすぐに連絡する。」
「…でもな」
「今、天使が出来ることはない。…邪魔だ。」
…邪魔?!
霧山が落ち込むシャムシエルを追い出す。
追い出されたシャムシエルは仕方なくオカマバーに行く。
…ここで時間つぶすか。
カウンターに座る。
夕方を過ぎているので奥には客が来ていた。
「…どうしたの?浮かない顔ね…」
ママがニヤニヤしながら話しかけてきた。
「…まぁな。」
ぼんやりと返事をする。
「……あの子はどうしたの?」
「……………。」
……何かやらかしたわね。
心配した通りになったみたい…
「…暇つぶしのはずなのに。随分、いれあげてるじゃない?」
「……え?」
「暇つぶしでしょ?…さつきがいなくなって暇だから、退屈しのぎの人助け…でしょ?」
ママが冷たい笑顔でシャムシエルを見る。
…暇つぶし。
………退屈しのぎ。
「……………。」
「…図星だから、言い返せない?」
ママがシャムシエルに詰め寄る。
「……そうだな。…ママの言う通りだ…」
…さつきがいないから。
…………さつきが言ったから。
…だから、人助け。
暇つぶし…のはず…
とりあえず面倒見て、堕ちたら引き上げて…
何もない日々から何かする目的が出来て…
暇つぶしになれば…それだけでよかったのに……
シャムシエルが頭を抱える。
「……暇つぶしでよかったのに…どうして…」
ママがシャムシエルの頭を撫でる。
「天界きっての色男が形なしね…人間の小娘に骨抜きにされて。」
「………もう、天使じゃない…。」
「よく言うわ。堕ちきってないくせに…」
堕ちた天使は黒く染まる。
そのはずなのにシャムシエルは……
「さつきは…何でも話してくれた。俺が聞かなくても…色んな事を話してくれた…」
シャムシエルが頭を抱えたままで話し始める…
「…凛子は?」
シャムシエルが顔を上げて話す。
「…あの子は、何も話さない。…俺が聞いたことしか答えないし。……俺の事にも興味を持たない。」
「…それでよかったんでしょ?」
「…ああ、それでよかった。……暇つぶしだったから。」
…それでよかったのに……何も話さなくても。
俺に興味を持たなくても…よかったのに。
………どうして、俺は。
…話さない事にイライラした?
……ただの暇つぶし…だろ?
シャムシエルが頭を抱えてため息をつく。
「…俺が、誰か…分かるか?」
霧山が心配そうな顔で凛子に話しかける。
「………。」
「…凛子?」
凛子が顔をあげて霧山を見る。
「……霧山…さん?」
「そうだ。…大丈夫か?」
凛子が周りを見わたす。
「…もやしさん…は?」
「…あいつは……こ、コンビニに…行ってる…」
凛子が下を向く。
「…わたしがダメだから…どこかに行ったんですね…」
「それは、違う。」
「…また、……捨てられるんですね…」
もやしさんもお父さんみたいにわたしを捨てるんだ…
「しっかりしろ。…あいつが君をダメだと言ったのか?」
「…え?」
…君が闇堕ちしなくなるまでそばにいるよ。
「あいつが君に酷いことをしたか?」
「………。」
…闇にのまれたのかと思った。…無事でよかった。
「あいつが君に…」
「…もやしさんは…優しい……です。」
…いつも、助けてくれた。
わたしが失礼なことを言っても怒らなかった…
霧山がほっとする。
…話ができるようだな。
「そうだろ?…夜も寝ないで見張ってくれたんだろ?」
「…はい。」
「ダメだと…誰に言われたんだ?」
「…………お父さん…に…」
膝を抱えて震える凛子を霧山が抱きしめる。
シャムシエルの怒った顔を見て父親のことを思い出したのかもしれないな…。
「君はダメじゃない。…優しい子だ。私の自慢の妹だよ。」
「…でも…お父さん…が…」
ずっと言われ続けたのか?
呪いのように彼女を縛り付けているようだ…
「君は…自分を捨てた父親と目の前にいる私、どちらの言葉を信じるんだ?」
「………。」
「君の父親の事を悪く言うつもりはないが…今の君が苦しんでいるのは君の父親のせいだ。……辛いかもしれないが父親から言われたことは忘れた方がいい。…もう君はひとりじゃない。私もいるし…あいつもいるだろ?」
「…ひとり……じゃない?」
「言ったろ?…妹だって。私は本気だ。」
「…妹?」
霧山が凛子の目を見て微笑む。
「そうだ。可愛い、自慢の妹だ。」
「霧山…さん…」
凛子の足元が黒く染まる。
「…!…なんだ!?」
…オイデ…
コッチダヨ…
…モット、シタマデ……
………モット、オクマデ…………
無数の黒い手が凛子を掴む。
「…凛子!」
霧山が凛子に手を伸ばす。
凛子も手を伸ばすがそのまま引き込まれる。
「凛子!!」
つづく




