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1 ゴキブリ駆除業者の作業風景

俺の名はケイリー。今、俺の人生、というか俺のプライドは絶体絶命の危機に瀕している。俺はトゲだらけの茂みに身を潜め、呼吸を殺し、鼻から噴き出しそうな情熱の奔流(鼻血)を必死に抑えていた。


目の前の透き通った川では、一人の絶世の美女が水浴びをしている。


「落ち着けケイリー……これは彼女の安全のためだ」俺は自分に言い聞かせるように呟いた。顔が燃えるように熱い。「この世界は危険だ。魔物も多い。だから、俺は彼女の隅々まで……いや、周囲の状況を監視しなきゃいけないんだ! そう、すべては彼女を守るため!」

妄想が暴走し始めたその時、隣の茂みが激しく揺れた。長い白髭を蓄えた老人が、幽霊のように突如として姿を現したのだ。その目は、まるで不潔な害虫を見るかのような冷徹な光を宿している。


ドスッ!

前触れもなく、老人の拳が俺の頬を捉えた。俺は目を見開いた。痛みのためではない。あまりの理不尽さにだ。


「このクソジジイ! いきなり何しやがる!」俺は声を殺して叫び、軽くマッサージされた程度にしか感じない頬をさすった。


老人は答えず、氷のように冷たい表情のまま深く息を吸い込んだ。そして――ドォォォォン!――猛然と突進してきた。その攻撃は凄まじかった。足元の地面はひび割れ、周囲の木々は彼の拳が巻き起こす衝撃波でなぎ倒される。常人の目には、それは神々の戦いにも見える光景だろう。


だが、俺の視点では?

ポカッ。ポカッ。ポカッ。

「おい……やめろって。俺が何かお前に悪いことしたか?」俺は呆れて問いかけた。コンクリートをも砕くはずの彼の拳は、俺にはただの「くすぐり」にしか感じられない。必死に汗を流しながら「必殺の連撃」を叩き込んでくる老人を前に、俺はただ無傷で立ち尽くしていた。


「誰かそこにいるの!?」

川の方から凛とした声が響いた。やばい! 美女に気づかれた! 木々の向こうで、彼女が素早く服を纏うシルエットが見える。


「このエロジジイのせいで!」俺は毒づいた。体力的には弱々しく見えるこの老人を殴るのは気が引けるが、背に腹は代えられない。「お前のせいで彼女が来ちゃうだろ! さっさと終わらせてやる!」


覗き魔として俺がビンタされるくらいなら、このジジイを主犯にしてしまおう。すまんな、じいさん!


俺は落ちていた小さな枝を拾い上げ、軽く一振りした。――パチィィン!――枝が老人の額を叩く。その瞬間、木々をなぎ倒していたはずの老人は、白目を剥いてあっけなく沈んだ。


「じゃあなジジイ、彼女にボコられないことを祈ってるぜ!」俺は脱兎のごとくその場を後にした。


実は、俺は元の世界では童貞のまま死んだ引きこもり男だった。それがどういうわけか、中世ヨーロッパ風のこの世界で目を覚ました。場所はウェルウィナ。街の端まで魚の生臭い匂いが漂う港町だ。


ネットのない世界で18年。退屈すぎて発狂しそうだった! YouTubeもなければゲームもない。毎日やる事といえば、釣り、薪割り、そして唯一の生きがいであった「液体殺虫剤の調合」だけだ。なぜかって? 俺は虫が、特に「黒いアイツ」が死ぬほど嫌いだからだ。あいつらは俺にとって悪魔そのものだ。


この世界にはレベルシステムがある。魔物を倒せばレベルが上がる。だが、スキルはタダでは手に入らない。王立アカデミーで血の滲むような特訓をして、ようやく属性を覚醒させられるのだ。


5歳の時、俺も素質検査を受けた。結果はこうだ。

「残念ながら、君には才能がない。ただの一般人だ」


試験官の哀れみのこもった声。両親の落胆。俺は晴れて「家族の荷物」となった。

俺たちのような一般人は、魔物を倒しても経験値が10%しか入らない。才能ある連中と比べれば一目瞭然だ。

戦士:30%

エリート:50%

マスター:70%

グランドマスター:100%

レジェンド:150%(もはやチートだろ?)

数日前、俺は勇気を出してアカデミーでレベルを確認してみた。一般人が高レベルになるなんて有り得ない話だが、奇跡を信じたのだ。


「ケイリー……レベル9ね」事務員は笑いを堪えながら言った。「それと……おめでとう。ユニーク称号を持ってるわ。『ゴキブリ・スレイヤー』よ」


会場内は大爆笑に包まれた。「ゴキブリ退治? ぎゃはは! お前は害虫から世界を救う救世主にでもなるつもりか?」


俺は屈辱に顔を真っ赤に染め、そのまま森へと逃げ込んだのだ。


だが、捨てる神あれば拾う神あり。森を彷徨っていると、馬に乗った美しい女性が現れた。俺は反射的に木陰に隠れ、彼女を川まで尾行した。そして……先ほどの事件が起きたわけだ。心臓は高鳴り、鼻血は限界突破寸前。あの枯れ木ジジイに邪魔されるまでは。


家に戻った俺は、すぐに部屋の鍵を閉めてベッドに倒れ込んだ。目を閉じても、川にいた彼女の残像が脳裏に焼き付いて離れない。


「ああくそ! カメラさえあれば!」俺は枕を叩きながら叫んだ。「あんな国宝級の光景、子孫代々まで語り継ぐべき家宝にできたはずなのに!」


その時、俺の邪念に満ちた脳細胞が一本の線で繋がった。カッと目を見開く。

「待てよ……カメラ、自分で作ればよくね!?」

そうだ! まるで天啓が降りてきたかのように頭が冴え渡る。これこそが俺の真の目的だ! レベルも、ゴキブリ退治の称号も知ったことか!


「俺の目的は、カメラを作ることだ!」

狭い部屋に俺の高笑いが響く。「ハハハハ! ……でも待てよ。どうやって作るんだ? センサーの構造は? 仕組みはどうなってんだっけ……?」


俺は沈黙した。部屋に静寂が戻る。技術的な問題こそが、エロの天才にとって最大の敵であった。


この作品をお読みいただき、誠にありがとうございます。毎週土曜日と日曜日の午前9時、そして平日の午後7時に公開いたします。重ねて御礼申し上げます。

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