表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/33

第21話 外にいる気配

 家の裏で枝が折れる音が響いた瞬間、

 室内の空気はぴたりと凍りついた。


(風じゃない……確実に“人”だ)


 エルドはそっとリオナの腕を引き、棚の影へ身を寄せる。

 息をする音すら出せないほど、静寂が張りつめていた。


 外をゆっくり歩く足音。

 ひとつだけ。

 重すぎず、軽すぎず――

 “探している”足取り。



コ……ッ コ……ッ


 裏口のすぐ横で足音が止まった。


 リオナが震えを押し殺した声で囁いた。


「……エルド、今の絶対に人よ」


「動かないで……」

 エルドも喉がひどく乾いていた。



 次の瞬間――


「……クソッ。あのガキ、どこ行きやがった」


 男の低く押し殺した声が外から聞こえた。


 二人は同時に息を飲む。


(“ガキ”?……子どもを探してる……)


 続けて、もう一つの声。


「親どもはもう連れてったんだ。

 残ってるのはあのチビだけだ。早く見つけねぇと“買い手”に怒鳴られる」


 リオナの肩が小さく震える。


(やっぱり……人攫い……!)


 足音はしばらく家の周りをうろついたが、

 やがて森の奥へと消えていった。



 沈黙が戻ると、リオナが低い声で言った。


「……エルド。

 今の声……本物だよね」


「うん。

 子どもが一人……逃げてる」


 落ちていた青いハンカチ。

 片方だけの草履。

 引きずられた跡。


 すべてが線でつながっていく。


(親は連れて行かれ……

 子どもだけ逃げ延びたんだ)



「行こう」

 リオナが言った。


「探して……助けなきゃ」


 エルドは小さく息を飲み、うなずいた。


「……うん。行こう」


 二人は裏口から静かに外へ出た。



 曇り空の下、森の匂いが濃く漂っていた。


「アイツらの足音、こっちに消えていったね。

 まずは後を――」


 エルドが言いかけると、

 リオナはすぐに首を横に振った。


「違う。

 子どもが走り続けるなんて無理だよ」


「……たしかに」


「たぶん逃げて、怖くなって……

 どこかに隠れてうずくまってる。

 そのほうが、あいつらには見つかりにくい」


 エルドはハッとした。


「じゃあ……逆。

 アイツらが“来た方向”を調べよう」


「うん。森の縁から探そう」


 二人は森の入口へ向かった。



 木々が影を作り、薄暗い。

 草が押されている場所がいくつかあるが、

 どれが新しいのかは判別しにくい。


 その中でリオナが立ち止まった。


「エルド……ここ」


 草が丸く押しつぶれ、

 小さな身体がしゃがみこんだ跡になっている。


「……子どもだ」

 エルドは確信した。


「近い……」

 リオナは森の奥を見つめた。


 二人は息を合わせ、慎重に深い方へ進む。



 そして――


「……ひっ……ぐ……」


 小さなすすり泣きが風に混じるように聞こえた。


「エルド……!」

 リオナが茂みを指差す。


 そこには、

 木の根元で体を丸め、震えている小さな影。


「だ……だれ……?」

 怯えた声。


 エルドはゆっくりと膝をつき、

 優しく声をかけた。


「ぼくたちは敵じゃないよ。

 助けに来たんだ」


 リオナもそっと声を添える。


「怖かったよね……今はもう大丈夫だから」


 子どもは涙をぬぐいもできず震えながら言う。


「……ママ……と、パパ……いなくなった……」


 エルドの胸がきゅっと締めつけられた。


「大丈夫。

 ぼくたちが一緒にいるよ」


 そのとき――


バキッ――!


 さっきよりも近い場所で枝が折れる音。


 リオナが鋭い声で囁く。


「……来てる。

 あいつら、戻ってきたんだ」


 エルドの背中に冷気が走った。


(このままじゃ……見つかる!)


「子どもは……木の根元に隠れて!」

 リオナが素早く判断する。


 子どもは震えながらも従い、

 木陰に体を滑り込ませた。



 リオナが小声で言う。


「エルド、あっちの細い道……

 茂みを揺らして、音をずらすよ」


「分かった」


 エルドが足を踏み出そうとした――その瞬間。


ポツ……


 頬に冷たいしずくが落ちた。


「……雨?」

 リオナが空を見上げる。


 すぐに細かな雨粒が増え、

 あっという間に森全体を包んでいく。


サァァァァァ……


 静寂を覆い尽くすほどの雨音。


 草の音も、枝のきしみも、足音さえもかき消される。


 エルドは息をのんだ。


「これ……雨音で、全部……紛れる……!」


「うん! 足跡も消える!

 あいつら、探しにくくなるよ!」


 雨脚はみるみる強くなり、

 森の“気配”を薄くしていく。


(ユランさん……

 “昼前に雨が来る”って言ってた……)


 あのときの予告が、いま三人を守っていた。



「今だよ! 声出さないで!」

 リオナは子どもに手を差し伸べる。


「さっきの建物まで戻ろう!」

 エルドも子どもの手を握る。


 三人は雨のカーテンの中を走り出した。



 雨が地面を打ち、

 全ての気配を曖昧にする。


 森の奥から男たちの声が聞こえるが、

 方角は掴みにくくなっていた。


「どこだ! 足跡が消えやがった!」


「雨のせいで分かんねぇ!」


(今のうちに……早く……!)


 リオナが建物の影を指差した。


「エルド! もう少し!」


「うん……!」


 三人は泥を跳ね上げながら走り、

 建物の扉へ飛び込んだ。


 エルドが急いで扉を閉め、鍵を下ろす。



 雨音が壁を打つ中、

 三人は暗い部屋の奥に身を寄せた。


 子どもは震えた声で囁く。


「……あの人たち……もう来ない……?」


 エルドは息を整えながら答えた。


「大丈夫。

 今は雨が……守ってくれてる」


 リオナも優しく背中をさする。


「ユランが戻ってきたら、ちゃんと守ってくれるから」


 だが、エルドの胸のざわつきは消えない。


(ユランさん……早く……

 この子を助けられるのは、もうぼくらしかいないんだ)


 雨の音が、世界を覆うように響き続けていた。


――第21話 了/次話につづく

今回の話は、これまでより緊張感が強めの内容になりました。

エルドとリオナが“誰かを守る側”に踏み出す瞬間でもあって、

書いていて自分でも少し手に汗をにぎるような回でした。


こういう場面は苦しいけれど、

ふたりの成長を描くうえで欠かせない部分でもあります。

読んでくださって、本当にありがとうございます。


次回は、雨によって守られた三人がどう動くのか。

ユランが戻る前に、状況はどう変わっていくのか。

引き続き見守っていただけたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ