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第20話 道の途中に落ちていたもの

 夕暮れの林に響いた木の割れる音。

 その後、誰かが追ってくる気配は結局なかった。


 風のいたずらと言ってしまえばそれまで。

 けれどエルドの胸の奥には、

 説明のつかないざわつきが残っていた。


(……なんだろ、この感じ)



 翌朝。

 霧がゆっくり晴れていく街道を、三人は歩き始めた。


「昼前に雨が来る。少し急ごう」

 ユランは空も見ずに言った。


「ほんとに? 風の匂いはそんな感じじゃないけど」

 リオナが眉を上げる。


「土の匂いだよ。湿り方が変わってきてる」

 ユランは軽く笑った。


 エルドは感心して息を漏らす。

「すごい……」


「君の“見抜く力”と比べれば普通だよ」

 そう言ってユランはエルドの肩を軽く叩いた。


 胸がじんわりと温かくなる。



 古い橋にさしかかったところで、リオナが足を止めた。


「あれ……布?」


 欄干の“内側”に、小さな青い布が落ちていた。

 刺繍の細かさから、子ども用のハンカチだとすぐ分かる。


「風なら……こんな落ち方しないよね」

 エルドがそっと拾う。


 ユランは橋の下を覗き込んだ。


「草の倒れ方が不自然だ。

 落ちたというより、誰かがここで何かをしようとして……

 布が落ちたか、引っ張られたか」


「引っ張られた……?」

 リオナの声が少し震える。


 エルドは欄干の下を見つめた。

 草が細く裂け、軽いものを引きずった跡が残っている。


(昨日、見た跡に……少し似てる)


 胸のざわつきが強まった。



 小さな丘を越えると、

 二人の前方から馬のいななきと、急いだ足音が聞こえた。


「止まって」

 ユランが手を上げる。


 一人の騎士が馬で駆け抜けていく――

 三人には目もくれず、ただ急ぐように遠ざかっていく。


 リオナが小さく呟く。

「……急ぎすぎじゃない?」


 ユランの表情は、ほんのわずかに険しくなっていた。


「呼び出しを受けたときの顔だ。

 “どこかで人が足りない状況”が起きてる」


 エルドとリオナは息を飲んだ。



 昼過ぎ。

 次の街の手前にある“小さな宿場跡”へ着いた。


 本来なら旅人が数人いるはずなのに――

 そこは、不自然なほど静まり返っていた。


「……誰もいない」

リオナが呟く。


 ユランは剣に触れず、しかし明らかに警戒を高めていた。


「慎重に行くよ。二人ともついてきて」


 三人は宿場跡の敷地に足を踏み入れた。



 そこには、時間が途中で止まったような光景が広がっていた。


・倒れた椅子

・開きかけた荷物

・土に散らばる食器

・浅く乱れた足跡

・小さな草履が片方だけ落ちている

・そして、地面に続く“軽いものを引きずった跡”


「……っ」

 リオナが息を詰める。


 エルドは足跡を見比べながら、ゆっくり言った。


「大人が……三人。

 走って、つまずいて……逃げてるみたいに」


「じゃあ……誰かに追われてた?」

 リオナの声が震えた。


 エルドは続ける。

「小さい足跡も……ひとつだけ。

 それから……この跡、軽いものを……引っ張ってる」


 ユランは散らかった地面に視線を落とし、

ゆっくり息を吐いた。


「……さっきの奴らが急いでたのは、これが原因か……」


 その声は静かだったが、

 状況の重さをはっきり伝えていた。



「ユランさん……追うの?」

 エルドが問うと、ユランは静かに首を振った。


「エルド、リオナ。

 ここから先を三人で追うのは危険すぎる」


 ふたりが息をのむ。


「奴らは――」

 ユランは周囲を見渡し、低く言った。

「一度襲った街に戻るような危険は冒さない。

 戻れば見つかる可能性が高いからね」


 リオナの眉がひそむ。

「じゃあ……」


「だから君たちは、この宿場跡にいた方が安全だ。

 むやみに動かず、隠れていた方が生き残れる」


 ユランは宿場跡の建物を指差す。


「あの家。扉は内側から鍵がかけられる。

 裏口も生きてる。

 何かあったとき逃げられる構造だ」


 リオナはすぐに駆け寄って確認する。


「……ほんとだ。ここなら隠れられる」


 ユランは続けた。


「ぼくは街へ行って、護衛団を動かす。

 必ず助けを連れて戻る。

 それまで――ここで待っててほしい」


 エルドは拳を握り、

 けれどその判断を理解してうなずいた。


「……わかった」



 ユランが去り、

 ふたりは指定の建物へ入り、内側から鍵をかけた。


 扉が閉まると、外の音がすっと遠ざかる。


「ここで……待とう」

「うん」


 ふたりは奥へ腰を下ろした。

 風が壁をなでる音だけが、かすかに聞こえる。


 そのとき――


 パキッ。


 家の裏手、すぐ近くで枝が折れる音がした。


 リオナが固まる。

「……今の、風じゃないよね?」


 エルドは呼吸を止めた。


(誰か……いる?

 ユランさんじゃ……ない)


 沈黙が、部屋いっぱいに広がった。


――第20話 了/次話につづく

20話では、エルドたちが旅の途中で“ただの痕跡ではない異変”に出会う回でした。

誰かが追われたような足跡や、無人になった宿場跡など、

影の気配がはっきりし始める入口の話になっています。


ここから先は、三人の旅がいよいよ緊張感のある展開に入っていきます。

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