第19話 木の声を聞く少年
村を出て三日目の朝。
薄い霧の残る林道を、エルド・リオナ・ユランの三人は歩いていた。
ユランは一歩うしろを歩き、
見守るように二人を見つつも、
道選びや判断についてはあえて口を出さない。
(ぼくらの進み方を邪魔しないように……してくれてるんだ)
エルドは、その“距離の取り方”を不思議と心地よく感じていた。
◇
「この道、少し曲がってるよな。ほんとにこっち?」
ユランが地図を広げる“ふり”をする。
リオナは前を見たまま言った。
「うん。左は地面がやわらかいから遅くなるよ。
右の道を巻いて進んだほうが早い」
「へぇ……すごいね、そういうの一瞬で分かるんだ」
「普通じゃない?」
リオナはあっさり返す。
「ふつうは無理だよ。旅慣れてても難しいんだ」
ユランは軽く笑った。けれどやっぱり、先導はしない。
「エルドは?」
リオナが振り返る。
「えっと……右の道の方が、足音の響きがしっかりしてるから、歩きやすいと思う」
「じゃ、決定ね」
三人は自然と息の合った動きで、右の林道へ入っていった。
◇
昼過ぎ、二十軒ほどの家が並ぶ小さな集落に着いた。
静かなはずの場所だが、奥の方から慌ただしい声が聞こえてくる。
「なんか騒いでるね」
「見に行こう」
リオナが早足になり、ユランとエルドも続いた。
奥へ向かうと、木材が山のように積まれ、
大人たちが脚場の周りで右往左往していた。
「そこ押さえろって言ってんだろ!」
「無理だよ、持ち上がらないんだって!」
倉庫を建てている最中らしいが、
梁はぐらつき、柱は傾き、作業はちぐはぐ。
リオナが眉をひそめる。
「……見てるだけで倒れそう」
「うん……なんか、変だ」
エルドの胸にざらりとした違和感が広がる。
(あの人……足の置き方が揺れてる。
あの姿勢じゃ梁を支えきれない……)
槌を振るう若者は腕力はあるが、
木を見る距離感が不自然で、動きに落ち着きがない。
(この人、叩くより……切るときの姿勢の方が自然)
別の男は、木材を抱えた時の重心がぶれず、
呼吸も安定している。
(この人なら……梁を支えられる)
さらに、年配の男が周囲を見渡し、
仲間の動きを読むように視線を滑らせていた。
(あの人、指示役の方が向いてる……)
胸に広がる違和感が、エルドを前へ押した。
◇
「す、すみません!」
作業員たちが振り返る。
「危ないぞ、子どもは下がってな!」
若者が声を荒げる。
「そこを押さえるのは、向いてないと思います!」
エルドは止まらなかった。
「……は?」
「足の置き方が不安定なんです。
あの……重いものを扱う時の姿勢じゃないから……」
周囲がざわつく。
「代わりに、あの人が支えた方がいいです。
呼吸が落ち着いてて、重心がぶれません」
エルドが示した男が梁に手を添えた瞬間、
ぐらぐらしていた梁がぴたりと止まった。
「止まった……!」
「まじか……!」
エルドは続ける。
「この人は……切る方が得意です。
木を見る距離とか……力の入れ方とか」
ノコギリを渡されると、
若者は途端に滑らかに木を切り始めた。
「なんだこれ……俺、こんなに速かったっけ……?」
リオナが小声で呟いた。
「エルド……どうやって見抜いてんのよ」
「え、えっと……父さんが大工の棟梁でね。
その人に向いた仕事を決めるのが上手かったんだ。
ぼく、小さい頃からずっと見てたから……」
言いながら、胸がふっと温かくなる。
(父さん……)
ユランは少しだけ驚いた顔をした。
「……人の“動き”を見るだけで判断するなんて、
簡単なことじゃないよ。
エルド、君の目は……特別だ」
エルドは照れて目をそらした。
◇
作業が落ち着いたあと、
集落の人たちは深く頭を下げた。
「本当に助かった……ありがとう!」
「倒れてたら大怪我だった……!」
ユランは横で腕を組みながら、
エルドを注意深く見守っていた。
◇
帰る前、エルドは倉庫の裏へ回ってみた。
ふと、何かが目に留まった。
(……あれ?)
土が斜めにえぐれ、細長い溝が続いている。
何かを慌てて引きずったような跡。
「エルド?」
リオナが並ぶ。
「これ……人が荷物を急いで運んだ跡だよね?」
ユランも覗き込む。
表情が引き締まった。
「足跡が乱れてる。
何か……急ぎすぎた動きだな」
「何かあったのかな……」
「分からない。
ただ、気に留めておく価値はある」
エルドの胸の奥が、ざわりと揺れた。
(……嫌な感じ。何かが動いてるのか……?)
◇
集落を離れ、林道へ戻る。
太陽が傾きはじめた夕暮れ時。
遠くの林の奥で――
バキッ、と木の折れる音がした。
「……今の、聞こえた?」
リオナが足を止める。
「動物……かな」
エルドは言いながらも胸がざわつく。
ユランはしばらく耳を澄ませた後、
静かに言った。
「この辺は道が入り組んでるからね。
誰か歩いてても、動物でも……おかしくないよ」
それでも三人の足は、自然とゆっくりになった。
(なんだろう、この……胸の奥の感じ)
風が一瞬やみ、
林道が静かになる。
それが何なのかは分からない――
けれど、三人は慎重に歩き出した。
19話では、エルドの“人を見る力”が
具体的に役に立つ場面を書きました。
父親の仕事をそばで見てきた経験が、
ここで初めてしっかりと形になる回です。
そして最後に、集落の裏で見つかった跡や
林の奥の不自然な音など、
何かが動き始めている気配も出てきました。
この先で影の問題が本格的に関わってきます。




