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第19話 木の声を聞く少年

 村を出て三日目の朝。

 薄い霧の残る林道を、エルド・リオナ・ユランの三人は歩いていた。


 ユランは一歩うしろを歩き、

 見守るように二人を見つつも、

 道選びや判断についてはあえて口を出さない。


(ぼくらの進み方を邪魔しないように……してくれてるんだ)


 エルドは、その“距離の取り方”を不思議と心地よく感じていた。



「この道、少し曲がってるよな。ほんとにこっち?」

 ユランが地図を広げる“ふり”をする。


 リオナは前を見たまま言った。

「うん。左は地面がやわらかいから遅くなるよ。

 右の道を巻いて進んだほうが早い」


「へぇ……すごいね、そういうの一瞬で分かるんだ」


「普通じゃない?」

 リオナはあっさり返す。


「ふつうは無理だよ。旅慣れてても難しいんだ」

 ユランは軽く笑った。けれどやっぱり、先導はしない。


「エルドは?」

 リオナが振り返る。


「えっと……右の道の方が、足音の響きがしっかりしてるから、歩きやすいと思う」


「じゃ、決定ね」

 三人は自然と息の合った動きで、右の林道へ入っていった。



 昼過ぎ、二十軒ほどの家が並ぶ小さな集落に着いた。

 静かなはずの場所だが、奥の方から慌ただしい声が聞こえてくる。


「なんか騒いでるね」

「見に行こう」

 リオナが早足になり、ユランとエルドも続いた。


 奥へ向かうと、木材が山のように積まれ、

 大人たちが脚場の周りで右往左往していた。


「そこ押さえろって言ってんだろ!」

「無理だよ、持ち上がらないんだって!」


 倉庫を建てている最中らしいが、

 梁はぐらつき、柱は傾き、作業はちぐはぐ。


 リオナが眉をひそめる。

「……見てるだけで倒れそう」


「うん……なんか、変だ」

 エルドの胸にざらりとした違和感が広がる。


(あの人……足の置き方が揺れてる。

 あの姿勢じゃ梁を支えきれない……)


 槌を振るう若者は腕力はあるが、

 木を見る距離感が不自然で、動きに落ち着きがない。


(この人、叩くより……切るときの姿勢の方が自然)


 別の男は、木材を抱えた時の重心がぶれず、

 呼吸も安定している。


(この人なら……梁を支えられる)


 さらに、年配の男が周囲を見渡し、

 仲間の動きを読むように視線を滑らせていた。


(あの人、指示役の方が向いてる……)


 胸に広がる違和感が、エルドを前へ押した。



「す、すみません!」


 作業員たちが振り返る。


「危ないぞ、子どもは下がってな!」

 若者が声を荒げる。


「そこを押さえるのは、向いてないと思います!」

 エルドは止まらなかった。


「……は?」

「足の置き方が不安定なんです。

 あの……重いものを扱う時の姿勢じゃないから……」


 周囲がざわつく。


「代わりに、あの人が支えた方がいいです。

 呼吸が落ち着いてて、重心がぶれません」


 エルドが示した男が梁に手を添えた瞬間、

 ぐらぐらしていた梁がぴたりと止まった。


「止まった……!」

「まじか……!」


 エルドは続ける。


「この人は……切る方が得意です。

 木を見る距離とか……力の入れ方とか」


 ノコギリを渡されると、

 若者は途端に滑らかに木を切り始めた。


「なんだこれ……俺、こんなに速かったっけ……?」


 リオナが小声で呟いた。

「エルド……どうやって見抜いてんのよ」


「え、えっと……父さんが大工の棟梁でね。

 その人に向いた仕事を決めるのが上手かったんだ。

 ぼく、小さい頃からずっと見てたから……」


 言いながら、胸がふっと温かくなる。


(父さん……)


 ユランは少しだけ驚いた顔をした。


「……人の“動き”を見るだけで判断するなんて、

 簡単なことじゃないよ。

 エルド、君の目は……特別だ」


 エルドは照れて目をそらした。



 作業が落ち着いたあと、

 集落の人たちは深く頭を下げた。


「本当に助かった……ありがとう!」

「倒れてたら大怪我だった……!」


 ユランは横で腕を組みながら、

 エルドを注意深く見守っていた。



 帰る前、エルドは倉庫の裏へ回ってみた。

 ふと、何かが目に留まった。


(……あれ?)


 土が斜めにえぐれ、細長い溝が続いている。

 何かを慌てて引きずったような跡。


「エルド?」

 リオナが並ぶ。


「これ……人が荷物を急いで運んだ跡だよね?」


 ユランも覗き込む。

 表情が引き締まった。


「足跡が乱れてる。

 何か……急ぎすぎた動きだな」


「何かあったのかな……」


「分からない。

 ただ、気に留めておく価値はある」


 エルドの胸の奥が、ざわりと揺れた。


(……嫌な感じ。何かが動いてるのか……?)



 集落を離れ、林道へ戻る。

 太陽が傾きはじめた夕暮れ時。


 遠くの林の奥で――

 バキッ、と木の折れる音がした。


「……今の、聞こえた?」

 リオナが足を止める。


「動物……かな」

 エルドは言いながらも胸がざわつく。


 ユランはしばらく耳を澄ませた後、

 静かに言った。


「この辺は道が入り組んでるからね。

 誰か歩いてても、動物でも……おかしくないよ」


 それでも三人の足は、自然とゆっくりになった。


(なんだろう、この……胸の奥の感じ)


 風が一瞬やみ、

 林道が静かになる。


 それが何なのかは分からない――

 けれど、三人は慎重に歩き出した。

19話では、エルドの“人を見る力”が

具体的に役に立つ場面を書きました。

父親の仕事をそばで見てきた経験が、

ここで初めてしっかりと形になる回です。


そして最後に、集落の裏で見つかった跡や

林の奥の不自然な音など、

何かが動き始めている気配も出てきました。


この先で影の問題が本格的に関わってきます。

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