第13話 祖父の灯(ともしび)
第12話までお読みいただきありがとうございました。
ここから第二章が始まります。
少年期を終え、エルドが初めて「自分の足で外の世界へ踏み出す」物語です。
祖父との別れ、父母の行方、そしてエルドが選ぶ“最初の一歩”。
物語の空気も少しだけ大人びていきます。
それでは、「第13話 祖父の灯」
お楽しみいただけたら嬉しいです。
丘の風が少し冷たくなっていた。
あの陣取り合戦から、いくつもの季節が過ぎた。
村の畑では麦が揺れ、風車はいつもより低い音をたてて回っている。
子どもだった三人は、それぞれの道を歩き始めていた。
ライクは狩りの見習いをしていた。
弓を背負って森を駆け回り、獲物を村へ持ち帰る。
体は大きくなったが、性格は昔のまま――真っすぐで、ちょっと無鉄砲。
ミーナは村の食事処で働いていた。
笑顔が明るく、薬草茶を上手に出すので、いつのまにか人気者になっていた。
彼女が扱う薬草は、かつてエルドの母に教わったものだった。
一方のエルドは、祖父の大工仕事を手伝いながら、
毎日のように村の人々を眺めていた。
力のある者、器用な者、慎重な者。
人にはそれぞれの“かたち”がある――
そのことを、彼は祖父の傍らで学んでいた。
◇
ある日の夕暮れ、エルドは祖父の部屋を訪れた。
木の香りと油灯の光。
祖父は布団の上で小さな木片を削っていた。
その手の動きは、ゆっくりで、それでも確かだった。
「まだ削ってるの?」
エルドが声をかけると、祖父は微笑んだ。
「手を止めると、体まで止まってしまうからな」
祖父は小さく笑って、木片を差し出した。
そこには家の柱の彫り模様が刻まれていた。
「お前の父さんが作りかけでな。
“扉を作るときは、人の出入りを考えろ”と言っていた。
出る人と、帰る人の顔を思い浮かべて作るんだと」
その言葉に、エルドはそっと木片を受け取った。
「父さんも、母さんも……もう、どんな顔してたか、少しずつ忘れそうだよ」
「それなら、見に行けばいい」
祖父は言った。
「戦に出て帰らなんだが、どこまで行ったのか、まだ誰も知らん。
だが、あの二人はな、きっと人の役に立とうとしておった。
お前の母さんは薬師で、人の命を支えた。
お前の父さんは大工で、人の暮らしを作った。
――その足跡を確かめたいと思うなら、行くがええ」
エルドは息をのんだ。
その言葉が、静かに胸に落ちていく。
「……ぼくが行けば、分かるかな」
「見てくるんじゃ。見て、考えて、また帰ってこい。
“生きる”とは、何かを受け取って、次へ渡すことじゃ」
祖父の手は節くれていて、でも温かかった。
エルドはその手を握り返し、声を絞り出した。
「ありがとう、じいちゃん」
「行けるときに行け。風が止まる前にな」
◇
それから数日後。
村の空は不思議なほど静かで、風の音がやわらかかった。
祖父の呼吸は浅くなり、やがて穏やかに止まった。
その夜、油灯の火が細く揺れながら消えた。
エルドはその灯を見つめ、そっと呟いた。
「……ぼく、行くよ。父さんと母さんの足跡を、見つけに行く」
◇
葬儀を終えたあと、ライクとミーナが家を訪ねてきた。
「なぁ……これから、どうするんだ?」
ライクの声は、どこか落ち着かない。
「しばらくは整理してから……それから、旅に出るよ」
「旅?」
ミーナが目を丸くする。
「父さんと母さんが行った場所を探してみようと思う」
エルドの言葉に、二人はしばらく黙っていた。
そして、ライクがふっと笑った。
「そっか。……お前らしいな」
ミーナは静かに薬草茶の包みを差し出した。
「これ、旅先でも煎じられるように作ったの。
味は保証しないけど、飲むと落ち着くよ」
エルドは受け取り、微笑んだ。
「ありがとう。……きっと役に立つ」
その日の夕暮れ、丘の上に立った。
風が吹き抜け、空は茜色に染まっていく。
村を見下ろしながら、エルドは胸の中でそっとつぶやいた。
「父さん、母さん、じいちゃん……
ぼくも、見てくるよ。
この世界の、人の生きる場所を。」
風が答えるように丘を渡り、
遠くの風車がゆっくりと回り始めた。
一つの灯が消えるとき、もう一つの灯が胸にともる。
それが、エルドの旅の始まりだった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
第二章は、エルドの「旅」の始まり。
ミルティア村から離れ、世界が少しずつ広がっていきます。
エルドの臆病さと優しさ、
それが“力になる”瞬間を、これから丁寧に描いていければと思います。
次話もどうぞよろしくお願いします!




