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17話:どちらを選んでも楽しむだけ

 カリオスが指示を出し、広間の空気が再び静けさを取り戻した。

 だが、イシュリーナの冷徹な決意が、彼女が求める復讐の道がどこへ向かうのか、そしてそれが本当に彼女を満たすのか、それは誰にも分からない。

 ただひとつ言えるのは、彼女が復讐を望む限り、その力は帝国では止めることができないということだった。


 広間を出た後、カリオスが少し話したいと言うので、エイシアスとイシュリーナを先に部屋に行かせた。

 そして少しの間黙って歩きながら、カリオスは俺に問いかけた。


「テオ、お前は本当にイシュリーナ殿が復讐を果たすことを望んでいるのか?」


 その問いに、俺はしばらく考え込んだ。

 イシュリーナの力とその覚悟を見てきたが、それと同時に彼女が失ってきたものも分かっていた。復讐は時に人を完全に変えてしまう。

 その先に待っているのは、果たして満足感や平穏な日々なのだろうか。それとも、さらなる孤独と痛みなのか。


「望んでいないわけではないだろうな。俺は親に奴隷として売られ、奴隷商から要らないと捨てられた。でも、復讐しようとは思わなかった」

「……何故だ? それほどの力があるのだ。復讐するのも簡単だろう?」


 カリオスの言う通り、復讐するのは簡単だ。だが俺はしなかった。親に思うところはないし、奴隷商に思うこともないから。生きるために俺は売られた。まあ、死にかけたけど……。

 だがそのお陰で力が手に入ったし、エイシアスとも出会えた。結局この世界は弱肉強食なのだと理解させられた。

 俺はカリオスの質問に答える。


「復讐? それが俺にとって何の意味がある? あいつらがどうなろうが、俺には関係ない。俺が満たされれば、それでいいんだ」

「……楽しむため、か?」

「ああ。俺はこの世界を、俺たちなりに楽しむだけだ」


 復讐も一つの楽しみではあるが、一時的でしかない。雑魚をいたぶったところで、楽しくもない。

 俺はカリオスの最初の問いに答える。


「復讐の先に何が待っているのか、彼女は本当に分かっているのか、俺はそれが心配だ」

「心配か……」


 カリオスは短く呟き、顔をしかめた。その表情に、彼がどう考えているのかが垣間見えた。


「だが、俺たちにできるのは、彼女の決断を見守ることだけだ。結局は、彼女がどうするかを選ばない限り、どんなに心配しても意味がない」


 私の言葉を反芻しながら、カリオスは一度深く息を吐いた。


「しかし、帝国としてもイシュリーナ殿の力は恐ろしい。もし復讐の道を選ぶのなら、その力をどうにかしないと、また大きな戦争が起こる可能性もある」

「そうだな」


 俺は肩をすくめ、再び前に進みながら考えを巡らせた。

 イシュリーナが復讐を選んだ場合、帝国はどう出るのか。彼女の力を恐れるあまり、どんな手段を取るのか。だが、復讐に取り憑かれた者にとって、どんな脅しも、どんな制約も意味を持たないだろう。それはきっと、彼女自身が決めた道なのだ。


 カリオスの言う通り、結局俺たちにできることは、彼女の行動を見守り、必要ならばその結果に責任を取る覚悟を決めることだろう。


 ――そして、その選択をするのは、もはや彼女自身だけなのだ。


 そんな重い空気の中で、俺は一度立ち止まると、再びカリオスに向かって言った。


「イシュリーナが復讐を選んでも、俺はどちらにも協力しないからな。その時は高みの見物で楽しませてもらうとしよう」


 イシュリーナが帝国とどう向き合い、どんな結末を迎えるのかは分からない。

 しかし、彼女の復讐心がどこまで続くのか、それによって俺たちの未来も大きく変わるだろう。

 それを楽しむのもまた一興だ。


「ふん。どこまでも自分勝手で傲慢なやつだ」

「それが俺だ。力さえあれば、どんなことをしても許されるんだから」


 それだけ告げると、俺は部屋へと帰るのだった。


 部屋に戻ると、イシュリーナとエイシアスは既に座っていた。二人とも静かに待っている様子だったが、その空気には何か張り詰めたものが感じられた。

 俺はため息をつきながら、椅子に腰を下ろした。


「お前たち、何か話してたか?」


 エイシアスが一瞬視線を交わし、何も言わずに首を振った。

 イシュリーナは、相変わらず冷徹な表情を保ちながら、俺を見た。


「復讐について考えていた。私は何をするべきか、まだ決めかねている」


 その言葉に、俺は少し笑みを浮かべた。


「決めかねている? なら、何を決めるんだ?」


 イシュリーナの冷徹な眼差しが、わずかに鋭くなった。


「復讐を果たしたところで、私に何が残るのか、ただその後の虚無を考えている」


 その瞬間、俺はイシュリーナの苦しみが、彼女の目に映る虚無が、ほんの少しだけ理解できた気がした。だが、それが今すぐに解決できる問題ではないこともわかっていた。


「復讐が終わった後、何が残るか……それはお前が決めることだろう」


 俺は肩をすくめ、視線を外した。


「でもな、もしお前がただ復讐のために生きるなら、早いところそれを終わらせることだ。なぜなら、何かを手に入れるために復讐を選んでも、その先に待っているのは結局何もない」


 イシュリーナは黙って俺の言葉を聞き、しばらく沈黙が続いた。


「復讐が私を満たすとは思わない。でも、私の中には止められない衝動がある。それが何かを、私も理解しきれていない」


 その言葉に、俺は再び黙り込んだ。エイシアスも、何か言いたげだったが口を噤んでいる。


「復讐は、ただ憎しみを増幅させるだけだ」と俺はゆっくり言った。


「さっきカリオスにも言ったが、俺にとって復讐は意味のないものだ」

「……意味のない?」

「ああ。復讐したところで満足感しかない。俺を楽しませてくれないのだから、意味がないし時間の無駄だ」


 イシュリーナは深く息を吐き、俺の目をじっと見つめてきた。


「お前の過去は過去だ。だが未来は、まだお前の手の中にある」


 その時、エイシアスが静かに口を開いた。


「テオの言う通りだ。私は神々に恐れられて封印されたが、復讐しようとは思わない。復讐がすべてを解決するわけではないからだ。だから私は主と一緒に、この世界を好き勝手に楽しむことにしたのだ。しかし、それを選ぶのもイシュリーナ殿の決断だ。私たちは、ただ楽しませてもらうだけだ」

「俺たちの本質は楽しむことにある。お前がどんな決断をしようと、それを楽しむだけさ」

「楽しむ、か……」


 小さく、その言葉が呟かれるのだった。





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