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第7話 銀食器と毒


 コレットを我が公爵家に呼び寄せてから、季節は一巡した。


 結局のところ彼女を殺すかどうかは悩み、とりあえず依頼した香の調合が終わるまでは保留にしていたが、その間にコレットは頭角を現した。


「ヴァレリアーナ様。こちらの商会との取引は取りやめた方がよろしいかと。

 手紙に催淫作用のある香料が微量ですが検知されました」


 決め手になったのは、彼女のおかげで服毒リスクが大幅に減少するという明確な利益があったからだ。


「……ちなみに、何の成分か分かりますコレットさん?」


「大方、西国経由で取り寄せたコカの葉ですねユーリ嬢。

 乾燥させたものを燻ったりしたのか、煮出した液体を手紙に噴射したのか、あるいは手紙を書いた人間が常用していて付着しただけなのか、具体的には分かりませんが……」


「コカの葉……というと、コカインの原料だっけ。でもそう簡単に単離は出来ないはず。確かこの国では自生していないから危険性も理解されていないけれど、西国では流通している……。ああ、でも刺激物の類が少ないから毒性が低くても耐性が無い人間なら危ないか……」


 道化師・ユーリと、古の叛逆者たるカトゥー家の末裔・コレット。この両者は手紙で情報交換していた時期の頃から薄々そのような気がしていたが、結構相性が良い。

 薬学と宗教知識に長けるコレットにとって、失言のごとく重要機密らしきものをこぼすユーリはさぞかし扱いやすく、かつ新たな知見に触れることのできる絶好の機会ととらえているであろう。

 一方で、ユーリはユーリで自分の弱点と理解している立ち回りの部分をコレットで補強でき、しかもコレットがどこかの貴族家の紐付きではないと確信しているからこそ信任している。……まあ、反王家勢力と繋がっている可能性は未だに危惧され公爵家を挙げてその裏取りに走らせているが、ユーリの感覚としては信頼に足る人物だと考えているのだろう。まあ、そうでなければファブリシア公爵家で取り込むなんて進言は出てこないか。


「……で、ユーリ。そのコカインというのは何かしら?」


 私が、道化師の狂言回しに付き合えば、露骨に硬直する。

 そんな様子の道化師を放置して、直接問われたわけではないコレットが答える。


「コカの葉の単離……とユーリ嬢は申し上げていましたので、コカの催淫作用を純化したものかと。効能が強化されると考えると興奮剤としての利用が考えられるでしょうか。まあ効果が大きい分幻覚などの副作用がありそうですが」


 そのコレットの言葉に対して、ちらりとユーリを見れば身体をびくつかせて反応をしているところを見るに、おそらくコレットの予想は正しいのだろう。


「まあ、それは良いわ。

 で、そんな葉の形跡がある手紙を送ってきた……ということは公爵家を害する意図があるということかしら?」


「直接危害を加える……という意味では薄いでしょう。むしろそこまでの効能を知らずに純粋に厚意で付けた可能性もありますが、それは仕入れる商品に対する知見が不足していると見ざるを得ません。

 無意図で付着した場合もそうですね、手紙の管理がなっていない上に差出人本人が常用者であることから関わりを持たない方が賢明でしょう。

 最後に効果があると理解して送付した場合ですが、この場合はヴァレリアーナ様の正常な思考感覚を奪い優位に進められればという考えが透けて見えますね」


 そこまで考えた上での取引を辞めた方が良いという進言であったか。


 敢えて警戒していないというアピールの為に、私はコレットに対してユーリに見せつける意味も込めて次の言葉を繰り出した。


「ふふっ、頼りになるわ。そういうことであれば、コレットになら私を殺す手段は無数にありそうね」


 さてどのような反応を返すかと思えばコレットはほぼ表情を変えずに無反応に近い。それよりも「お嬢様!?」とユーリの動揺の方が激しい。この子はこういう駆け引きにはまるで向いていない。


 半ば暗黙の了解として私とコレットは狼狽する道化師を無視する形で相対する。そしてコレットは、まるで道端に生える草花の話をするかのごとく極めて自然に口を開いた。


「手っ取り早いのは、毒ですね。

 貝毒やキノコの類が自然に混ぜられるでしょうか」


 薬学に長けた彼女であれば毒殺を思い付くのは分かっていた。ただし、あまりにも普遍的な方法であるため当然対応策は存在する。


「毒見役が居るのに、私のところまで持ち込めるのかしら?」


「食べた瞬間に死亡するような毒ばかりではないのですよ。発症までに数十分から数時間程度必要とする致死性の毒物は当然存在します。

 安全が確認できるまで何時間も放置して毒見役が倒れないか確認してから提供するなどという手法はそう毎日は使えないでしょう?」


 ……確かに。事前準備の必要な社交パーティなどの場であれば警戒は出来ようが、日々の食事で料理を作ってから何時間も毒見の為に置いておく真似は早々できない。むしろその放置する時間に別の毒を仕込まれる可能性すらあり得るのだから。

 で、あるので別の手段を想定する。


「銀食器は毒を検知するわよね? あれが黒ずめば毒が仕込まれると判断はできないのかしら」


 これに対してはユーリが即答した。


「銀に反応するのは辰砂の材料である硫黄です。

 毒殺に度々利用される素……いわゆる『相続薬』ですね、その中に硫黄が含有していることから反応しているだけです。

 ですので硫黄が含まれない毒物には銀は効果は無いかと……」


 相続薬。……無味無臭の毒薬でありふれた病である暴瀉病コレラによく似た症状を発現させる毒だ。その『相続薬』という異名は遺産相続を確実なものとするために子孫が親殺しをするのに多用したことからついた悪名高き毒である。

 その相続薬による殺害については銀で未然に発見することが出来るが、逆に言えばそれ以外の毒は銀ではほとんど発見できないということか。


「まあ使われている食材を確たるもので固めて、毒見後の混入を徹底して防ぐくらいしかないのではないですか」


 半ば投げやりに常道で毒殺への防衛策を固めることを薦めるコレット。


「そうだ、砒素以外には鉛毒にも気を付けてくださいね。

 酢酸鉛。主に青銅器の容器から溶け出すことが多いのですが……、これそのものには殺菌作用があり保存性を高め、しかも甘味となることからワインの甘味付けや果物の保存などに使われていると思いますので」


 鉛毒自体は私も知っていたが、甘味として利用されているという話は知らなかった。これはセバス案件でかつ、珍しきものが集まる王都に住むお父様へも伝えるべき案件だな。速やかに鉛を用いた可能性のある甘味を我が家から廃棄せねばならない。


「となると、結論としては貴族の愛用する銀食器。あれでは毒殺は防げぬのか」


 私の確認に対してはコレットがまとめる。


「硫黄を含む毒物には効果はあれど、過信すべきではない……まあ気休め程度ですね。無論、『相続薬』を本来の用途(・・・・・)で使用することを防ぐ意味はありますが」


 ……つまり身内が毒を盛る場合、下手をすれば毒見役を通さなかったり、あるいは料理人や毒見役すらも買収される可能性がある。それを防ぐのには役立つということか。ただそこまで事態が進行した状態で、少しでも凝った(・・・)毒を使われれば結局詰みなのである。


「……ねえ、ユーリ。どうせ銀食器が暗殺防止に役立たないのであれば何か真新しい食器でも開発しなさいな。金属精錬はお手の物……でしょう?」


 かくなる上は真新しい食器で楽しませる方向にシフトした方がいいかもしれない。そういう意図で告げると、道化師はかなり嫌そうな顔をした。


「えぇー……。経口摂取する金属だからあまり変なものを使えないから嫌なんだけどな……。技術水準的に合金にしたら鉛化合物が混ざる可能性があるし……それは最早本末転倒だし……。

 あと食器だから白色系統、もしくは銀色辺りが良いよね。でもステンレスはクロムを使うけど何処から仕入れれば……って、なるとあれの方が良いか。確か食器利用はあるはずだし……でも……」


「考えはまとまったかしら、ユーリ?」


「ええ、まあ一応……アルミニウムを試してみようかな、と思います。

 ですが……電気精錬は出来ないか……電気ないし。となるとカリウムとの真空単離か。でも単体カリウムは電気分解しないと得られないけれど……こっちはガルバニ電池でやってやれないことはないかなあ……流石にアルミニウムの電気精錬をガルバニ電池でやるのは融点の関係で無理だし……。そもそも氷晶石を探すところで詰むもんね。

 うーん……おそらく相当値の張る食器となりますが、よろしいですかね?」


 まあ金がかかるというだけならやらせてみようと思い、この道化師・ユーリに新たな開発資金を割り当てる。


 それからしばらく経ってからユーリの研究施設を訪れたら、円板状に加工された薄い金属板をおもちゃのように積み上げられた謎の物体があり。そこからリボンのように薄く引き伸ばされた2本の金属板がそれぞれ別の緑礬りょくばん油に浸けられていた良く分からない装置が置いてあった。

 あるいは粘土の塊みたいなものを西国から多額の金を払って買い集めていたり、あるいは領内の岩塩の鉱床を歩き回って石を拾い集めるなどといった奇行が目立ったが、それでも完成した食器を見せてもらえば銀とも異なる独特の光沢を有したカトラリーが作られていたのである。


 ……ただ。研究費は仕方ないとしても、安定して製造が出来るようになった後の食器の概算見積もりをあげさせたら、ユーリの発言の通り……というかそれ以上の純金で食器を作った方が遥かに安上がりな代物になることが確定していた。


 まあ、いいけれど。この新金属の食器がもし流行になりでもしたら、どれだけ身を崩す貴族が出るのだろうと思うと、私は王都に居るお父様に自慢を兼ねた謀略の手紙を嬉々として書き始めるのであった。


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