10 話し合い
「おい、どうした。『げっ』てなんだよ。なんで返事しないんだ?」
黒猫君が突っ伏した私の頭の周りをちょろちょろ歩き回っている気配がする。
うーん。どうしたものか。
人生初めての興味を持った顔の人が実は黒猫君の中に入ってる。でも興味を持ったのはその顔だけ。
そう、その顔は死んじゃった肉体についていたのであって、この黒猫君とは全く関係ない。
なんか複雑な心境だなぁ。
この年で初めてラブストーリーとか始まるんじゃないかってちょっと期待したりしたのが、ホラー・スリラーに入れ替わって転移ものファンタジーになっちゃったよ。
ふー。
止めた。
この思考の先には何も建設的な答えはなさそうだ。
私はくるっと顔だけ横を向いて黒猫君を見る。
黒猫君が驚いたようにビクリと飛びのいた。
あ、ひどい。
「それで黒猫君。君が転生モドキをしたのってこっちに来てからだよね? 何か覚えてる?」
「いや、その頃には全く意識がなかった。次に気づいたときにはもうこの猫の身体の中で、声も出せなくて、マジ猫で残りの一生とかどうしようってなってた」
「うわ、それはそれで大変だったね」
「ああ。俺はお前より1日早く気がついてたから、お前が救われた話は先に聞いてた。正直ちょっと腹立ったな」
「そ、そっか」
「ああ。こっちは身体もなくなって、猫だぞ。それでも足がなくなって意識が戻らないって聞いて少し不安にはなった。なんせこの世界、どう考えても異世界だろ。こんな所に一人とかやっぱ嫌だし」
その気持ちはすごく良く分かる。私はごろんと勢いをつけて起き上がった。
上から目線でベッドの上にちょこんと座った黒猫君に尋ねる。
「それで因みに私が目覚めたのは誰から聞いたの?」
「テリースは最初俺の面倒もみてくれてたんだ。それがお前が気がついたから、しばらくそっちに手が掛かるって言ってきた」
黒猫君がヒョロリと立ち上がって私の膝に寄ってくる。
「最初部屋に来た時は声がまだ出なかったって言ってたよね」
「ああ、お前が気づいた日の夜半頃初めて声が出始めた。テリース曰く、俺の魂が肉体に定着した証拠らしい。でもってそれは、俺がもう他の肉体に移れないってことでもある、らしい」
「……そっか。それ、どういう仕組みか分かってるの?」
「あぁ、まあなんとなくはな。テリース達が俺を発見した時点で俺の魂はかろうじてまだ肉体に残ってたらしい。生憎その場で魂を移せるような器はこの黒猫の身体しかなかったんだそうだ。しかもあいつら、狼人族をけん制するためにあの砦に移ったばかりで、あそこには大したものがなかった」
何となく黒猫君の顎の下を撫で始めると黒猫君、そこに伏せて寝転がった。
「あ、そうだったんだ。じゃあ、この街には少しは色々あるのかな?」
「多分な。さっきお前は見えなかったみたいだけど、町の賑やかなほうが門の所から見えてた。ま、いわゆる中世っぽい街並みだったぞ。人も結構見えた」
「あ、そう言えばあの私を抱えてた人、髪が真っ青だったよね!?」
「ああ、どうやらここでは髪の色はなんでもありみたいだな。あいつがあの砦に来てた連中の中では一番上の隊長だったみたいだ。たしかキールって言ったかな?」
「名前も洋風だよね」
「ああ。街並みや鎧の格好からしてイギリスかフランスの北方っぽい感じだな」
黒猫君がごろりんとお腹を出す。
「へ? 西洋風にそんな違いがあるの?」
「まあな。ただその辺は俺の知識も偏っててあまりあてにはならないな」
「あ、ちょっと待って、黒猫君もしかして転移転生とか詳しい系?」
「いや、あんまり。まあ、ネット小説の売れたやつくらいは読んでたけど別にハマるほどでもなかったな」
「私も。ゲームもあんまりしてなかったし」
「ま、朝帰りで酒の匂いさせてるようじゃそっち系に興味はないよな」
「え? なにそれ。酷いな。別に飲み歩いて遊びまわってばっかいたわけじゃないよ、私」
文句を言いながら黒猫君の尻尾を引っ張ると、ポスッと肉球の後ろ脚でけられた。
う、ちくしょう、可愛いぜ。
「ま、今更だな。多分こっちに来てこれだけ時間が経ってもこのままなんだから、俺たちもう元の世界には戻れないんだろうし」
「やっぱりそうかな」
「ま、少なくともお互い一人っきりじゃなかっただけでもめっけもんだな」
「そうだね。ところで黒猫君。君って、やっぱりしっかり猫だね」
お腹を撫で上げるとゴロゴロと喉を鳴らす黒猫君にうんうんと頷いてしまう。
「……お前猫をあやすの上手だよな」
「ホッホッホ。猫と暮らしてウン十年。私の指は猫を転がすゴールデンフィンガー」
「なんだそれ」
ぶっきらぼうな返事とは裏腹に喉がゴロゴロ鳴り続けてる。このゴロゴロと声がどうやって一度に出るのか知りたい。
「それにしたって黒猫君は甘えん坊だよ。普通の猫ってここまで構い続けると逃げ出すから」
「……余計なお世話だ」
そう言いつつも喉がなってるし。
「そう言えば黒猫君、猫の声も出るんだよね」
「ああ。なんつーか。裏声と地声みたいな感じ?」
「どんなんよ、それ」
「ま、普段、普通の猫のふりが出来るから丁度いいぞ」
「あ、そっか。この世界でもしゃべる猫は普通じゃないのかな?」
「テリース曰く呪いで猫になった王子とかはいるみたいだが普通はいないらしい」
「そっか。じゃあ、黒猫君も外では猫の声でないとまずいね」
「ああ。それにしてもお前のその足、しばらくどうにもならなそうだな」
そう言って薄目を開いて私の右足をちらりと見る黒猫君。でも体はバンザイして私に撫でられるがまま。時々嬉しそうにクネクネしてる。
私は片手で黒猫君をあやしつつ、もう一方の手で恐る恐る自分の右足を抑えた。
「うん。ご存知の通り。義足もない状態じゃ、あんな戦闘中でさえなんにも出来なかったもんね」
「ああ。マジあれは焦った」
「あ、改めて、命を助けてくれてありがとうございます」
ぺこりと正座でお礼を言えば、猫のくせにスッと座って胸を張って返事をくれる。
「どういたしまして」
そこで部屋に扉をノックする音が響いた。