11 杖
扉をノックしたのは青髪のキールさんだった。
「あゆみさん、だったかな? どうだ、大丈夫か?」
「あ、はい、特に問題ないですけど。そちらは大丈夫ですか」
「ああ。現状維持ってとこだな。今のところ狼人族の姿は見えない」
部屋に入ってきたキールさんが窓際の椅子を引いてきてベッドの横に腰かける。
「えっと、あの狼の人たちは強いんですか」
「ああ。普通に一対一で敵対したらそれ程でもないんだが、奴ら群れで襲ってくる」
「はぁ」
「あれだけ数が増えていると下手したら外壁を上って来られちまう」
「え? それ不味いじゃないですか」
「ああ。不味い」
そう言ってキールさんがカリカリと頭を掻く。
「君たちにはこの街にしばらく滞在してもらうしかなさそうだ。本来なら王都まで連れて行って行政に引き渡すんだが」
「王都の行政って……待ってください、私たちって今どんな扱いなんでしょうか?」
そう言えばすごく肝心なことなのに今まで一度も確認していなかった。
「ああ、心配しなくていい。君たちは『漂流者』という形で国で保護されるはずだ」
「へ? ってもしかして私たちみたいな人間が結構いるんですか?」
「まあ、『漂流者』の漂着はそんなには起きないな。稀に起きても生き残りがいることはほとんどない。嵐のように何かが落ちてきて、大抵は死体が混じってる。稀に生きていても大概大けがをしてて長くは持たず、発見されるまで生きていられない。あゆみさんはまあ、よっぽど運が良かったんだな」
「そ、そうですか」
ため息が漏れる。
私の横で黒猫君も嘆息してた。
「それでだがな。怪我をしている君にこんな事を頼むのも申し訳ないんだが、しばらくテリースの付き添いを頼めないか?」
「私がですか? でも私動き回れないから大したことできませんが」
「ああ、その足な」
そう言ってキールさんが懐から何か四角い物を取り出す。
「義足は当分間に合わないから取り合えずこれを使えないか?」
四角い木の枠のようなそれは、どうやら折りたたまれた一本の棒状の物らしい。キールさんが折り曲げられていたそれをポキポキと広げていくと、どんどん伸びて一本の杖になる。
面白い作りだなぁ。
「時間がなかったから簡単な作りだが、試してみてくれ」
「え? それってキールさんが作ったんですか」
「ああ。貧乏所帯の隊長は色々な事が出来ないと務まらないんだよ」
凄い。
先ずは差し出された杖を床に突いて、それに半分体重を掛けながらキールさんに手伝ってもらって立ち上がる。杖は上の部分に横木が付いていて脇の下に挟んでも痛くないように布が巻かれてた。
「す、すごい。私の身長にぴったりです」
「そいつは良かった」
松葉杖もあまり使ったことのない私は、折角杖をもらってもすぐには歩き回れない。それでもそれから一時間ほど練習を繰り返せば、なんとか自分ひとりでもベッドから立ち上がれるようになった。
「あー、まだ自分ひとりで椅子に座るのは難しそうだな」
「そうですね、これじゃあベッドに転がり落ちるのは何とかなりそうですが椅子は難しいかな」
「そうだな。なら、やっぱりテリースの所には通った方がいい。ほら、自分一人ではまだ不浄にも入れないだろう」
うわ、そうだった。
「で、因みにそっちは話したのか?」
「ああ」
キールさんが話しかけると、黒猫君が金の瞳をキロリと向けてキールさんを見上げながら短く返事を返した。
あ、そっか。もちろんキールさんも黒猫君が喋れるの知ってたんだよね。
「そいつは良かった。こっちはこれからしばらくあまり時間が取れないだろうから、二人でなんとかやっていてくれ。細かいことはテリースが説明するだろう。あいつはここに長いからな」
そう言って立ち上がるとキールさんは出口に向かう。
「テリースの部屋まで案内するからついて来い」
言われるまま杖を使ってゆっくり歩きだす。
凄い、一週間ぶりの歩行だ。
亀も驚きの遅さだけど、それでも自分ひとりで歩けるのは素晴らしい。トロイ私の歩みを、キールさんは文句ひとつ付けずに待っていてくれている。
「こっちだ」
ついていったのは私の入れられた部屋から3つほど先に行った部屋だった。キールさんはノックもせずに扉を開く。
「連れてきたぞ」
キールさんに付いて中に入れば、そこは私が入れてもらった部屋とほぼ同じつくりの部屋だった。その部屋のベッドの上にテリースさんが上半身を起こして座ってた。
「ああ、あゆみさん、ご無事で何よりでした」
私の姿を見てちょっとだけ目を潤ませてくれる。
ああ、テリースさん、本当にいい人だなぁ。
あの時だって私を見捨てて走ればなんの問題もなく逃げ切れただろうに、最後の最後まで私を抱えて行ってくれたもんね。
「テリースさん、本当にご迷惑おかけしました。傷はいかがですか?」
「ご心配なく、魔術のお陰で順調に回復してきています。多分明日には動き始められるでしょう」
「誰だそんなデマお前に言ったのは。お前は今週いっぱい絶対安静。そのベッドから出るな」
キールさんがテリースさんを睨みつける。
「本当に大丈夫ですよ、私自身救護師なんですから自分の状態くらい分かっています」
「それは関係ない。あゆみさん、こいつがベッドから逃げ出さないように見張っているのも君の仕事のうちだ。頼めるか?」
私は二人の顔を交互に見ながらちょっと笑ってしまった。
「了解しました。今までお世話になったお礼にテリースさんのお手伝い頑張ります」
「俺もな」
下からぼそっと黒猫君が付け足す。
「ああ、とうとうあゆみさんとお話ししたんですか」
キールさんとテリースさんがにやにや顔で黒猫君を見てる。黒猫君はフンッと不機嫌そうに顔をそむけて外に出て行ってしまった。