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鏡の向こうの運命のヒーロー  作者: 武田カヌイ
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消えた顔、消えた過去

 早朝のさくらの丘駅は、都心へ向かう通勤客で溢れ返っていた。駅の周囲には商業ビルが立ち並び、忙しそうな足取りで改札口へと向かう人々の姿があちこちで見られた。しかし、その中で一人の女性、奈々は異なる方向へと進んでいった。彼女は都心にある警察の女子寮から、さくらの丘駅へと降り立ち、改札口をくぐり抜けた。

 大通りを渡れば広がるのは桜並木通りだった。奈々は大通りに足を踏み出すと、美しい桜並木が広がっているのが目に入った。朝陽がそっと桜の花びらに触れ、風に舞い散る様子はまるで花が終わりを告げるかのようであり、幻想的な光景が広がっていた。

 ほんの少し歩くと、奈々の視界に一軒のケーキ&カフェ、「ハーモニーティーハウス」が浮かび上がってきた。その建物は、可憐さを放ちながらも周囲の自然と調和しているように見えた。

 奈々はゆっくりと店の前に立ち止まり、扉を開けると、カラーン、カラーンとドアベルの音が響いた。店内に足を踏み入れると、優しい笑顔を浮かべた斎藤理恵がケーキ作りの準備をしていた。奈々が声をかけると、理恵は明るく「奈々ちゃん、おはよう」と返事をした。奈々は笑顔で挨拶を交わし、着替えるため奥の方へと進んでいった。

 エプロン姿の奈々が現れると、理恵が彼女に声をかけた。「昨晩の雷雨、すごかったわね」と言った。奈々は答えた。「あちこちで雷が鳴り響いて、怖かったです」。二人はケーキ作りをしながら立ち話をしていた。

 奈々は続けて理恵に尋ねた。「神谷さんは、今日も警視庁に行ったのですか?」すると理恵は心配そうな表情で答えた。「それがね、昨日の夜、彩香さんから連絡があって、2人で警視庁に行ったままなの。今朝、連絡が来て、西村君のアパートに顔を出すと言っていたわよ」。

 奈々は考え込んだ後、思いついたように言った。「そうだ!お昼にケーキを持って、西村君のところに行ってみようかな」。理恵は興味深い表情で微笑みながら尋ねた。「西村君が気になっているのね」。奈々は少し赤らめながら慌てて答えた。「もう、理恵さん、違うわよ。私たちは仕事でのパートナーなの。ただ、気になっているだけなの」。

 お昼時になり、奈々は手にケーキが入った箱を握りながら西村のアパートに向かって歩き始めた。歩いて約15分ほど経つと、遠くでサイレンの音が響き、周囲が騒がしくなってきた。

 アパートに近づくにつれて、消防車とパトカーが数台停まっており、非常線が張られているのが目に入った。奈々は驚き、急いで駆け寄った。非常線の近くにいる警察官に声をかけた。「この先で何か起きたのですか?」警察官は答えた。「この先のアパートでガス爆発が発生し、現在消火活動中です」と語った。

 奈々は慌ててバッグから手帳を取り出し、警察官に見せた。警察官は驚いた表情で敬礼し、奈々を通すように手を挙げた。道路には複数の消火ホースがうねりながら広がっていた。奈々は足元に気をつけながら進んでいった。

 消防士たちが慌ただしく消火活動を行っている最中で、奈々はそのそばで立ち尽くして驚愕した。2階の部分が爆発で吹き飛んでしまい、1階はまだ燃え盛っていたのだ。炎が舞い上がり、黒煙が立ち込める中、奈々は目を見開き、言葉を失ってしまった。

 ガス爆発が発生する2時間前、西村はアパートの2階の部屋で彩香と神谷の到着を待っていた。彼は今朝見た嫌な夢の影響か、不安な気持ちに包まれていた。その時、神谷から連絡があり、話したいことがあるから待っていてくれと伝えられていた。

 しばらくすると、チャイムが鳴り響き、西村は迎えに行きドアを開けると、彩香と神谷がそこに立っていた。西村はにっこりと笑って挨拶し、2人を部屋の中へと招き入れた。

 部屋の中は静かな雰囲気に包まれていた。西村は緊張しながら、神谷から話したいことを待っていた。彼の心は複雑な思いで満たされていたが、彩香と神谷の存在は彼にとって心の支えとなっていた。

 彩香は口を開いた。「西村君、何があっても落ち着いて聞いていてね、昨日の晩に私たちは、警視庁で蒼井特一課長と会って話しました。」と述べた。

 蒼井さんの話によれば、我々は重大な情報を手に入れたハッカーの潜伏先を特定し、都内のマンションに特一精鋭部隊を引き連れて踏み込んだのです。そして、複数のUSBメモリーを押収し、解析を行いました。その結果、一つのUSBメモリーには複数の断片的な画像がありましたが、それらを修復することに成功し、ある一枚の顔画像を復元することができました。

 彩香はその写真を西村に見せた。西村は驚いた表情で「この顔は誰ですか?」と尋ねました。彩香と神谷は互いを見つめ合い、彩香が答えました。「西村君、この顔はあなた自身のものですよ」と言った。

 西村は混乱した。確かに、あの事件以来、鏡に映ることなく顔を見る機会を失っていたが、それでも自分自身の顔の記憶はあるはずだった。しかし、その写真に写っている顔には全く記憶がなかった。彩香は重々しい表情で言った。「西村君、私たちは仲間として、何があっても絶対にあなたを守るつもりだから。一緒に鏡を見に行きましょう」と提案し、神谷も真剣な表情で西村を見つめ、頷いた。

 3人は洗面台へと歩みを進めた。西村は恐る恐る鏡の前に立ち、後ろには彩香と神谷が真剣な表情で鏡を見つめていた。西村は落胆した様子でつぶやいた。「やっぱり、自分は映っていないんだよな」と言ったが、その瞬間、2人が口を揃えて言った。「西村君、3人とも映っているよ」と。その言葉を交わした瞬間、鏡が突如として輝き始めた。周囲は光に包まれ、何も見えなくなった。微かに耳元で2人の声が響く。「西村君、大丈夫?どうしたの?」と彩香の声が聞こえ、「西村、しっかりしろ!」と神谷の声も響いた。

 すると突然、蒼井さんの叫び声が響いた。「3人とも、早くこのアパートから出るんだ!」西村の意識が次第に薄れていった。

 神谷は、背中に西村を抱えてアパートのドアを開き、廊下に飛び出した。その瞬間、奥の一室が爆発し、猛烈な破壊力が響き渡った。蒼井が必死に誘導しながら叫んだ。「急いで階段を駆け下りろ!1分後には隣の一室も爆発するぞ!」まもなく隣の一室が爆発し、破片が飛び散り、彩香がその一部を受け止めてしまった。彩香は困惑しながらも痛みを堪えて叫んだ。「痛い!私の能力が発動しないわ!」神谷も動揺しながら口にした。「僕にも何の感覚もないよ!」蒼井は決然と言った。「このままでは階段にたどり着けない。ここから隣の民家の生垣に飛ぶしかない!」神谷は心配そうに言葉を発した。「でも、ここは2階ですよ!西村君を抱えて飛ぶのは無理です!」しかし、蒼井は片手で西村を支えながら、4人は廊下の手すりに身を預けた。そして蒼井が信念を込めて言った。「俺を信じろ!足をしっかりと踏ん張って、ゼロカウントで飛び立とう。3、2、1、0!」その瞬間、巨大な爆風が襲いかかり、その力に乗じて4人は隣の生垣まで強制的に放り出された。

 隣の家の庭には、干してあった布団が爆風の影響で乱れ飛んでいた。4人は生垣が予想以上の柔らかさで、クッションとなり庭の布団の上に体を投げ出し、倒れ込んだ。

 西村俊介は、周囲で誰かが話し合っている声が聞えた。「西村さん、やばいっすよ。誰かが裏切って、あなたのことを警察に密告したみたいです」と声が響いた。西村は深く考えて答えた。「そうか、急がないとな。本当に例のものは香川にあるのか?」謎めいた声が応えた。「情報は確かです。では、どうしますか?このガキも連れて行きますか?」西村は決意を込めて言った。「駄目だ。警察は私をマークしているだろうから、一人で行く。お前は現地の仲間に連絡して案内役を手配してくれ。そして、例のものを手に入れたら…」

「俊介君、俊介君!」奈々の声が耳元で響いた。西村が目を開けると、奈々が涙ぐんで彼を見つめていた。「奈々さん…ここはどこですか?」奈々は涙ながらに喜びながら答えた。「良かった。俊介君が目を覚ました。ここは病室だよ。3日間も目を覚まさないから心配したよ」と奈々は言った。彼女はこれまでの経緯を西村に話し始めた。西村は驚いて言った。「アパートがガス爆発だったのか⁉」奈々は頷き続けた。

「蒼井特一課長も小野寺特二課長も神谷さんも無事だったよ。ただし、小野寺さんは手にケガをしてしまったけど…でも、良かったね。はい、ケーキ」と奈々は手に持っていたケーキを差し出した。彼女はお見舞いに毎日ケーキを持ってきていたのだった。

 一方、警視庁特殊運命捜査部捜査一課の課長室には彩香と神谷が座っていた。蒼井が微笑みながら入ってきて、「そうか、目を覚ましたか。君たちの具合はどうだ?」と尋ねた。彩香が答えた。「私は昨日包帯が取れて、もう大丈夫です」。すると神谷は重々しい表情で言った。「私はいまだに調書に埋もれています」と嘆いた。

 蒼井は深刻な表情で話し始めた。「今回の一件は、私が先走りし過ぎた結果だ。アパートの住人が無事であったことは幸いだったが、今後は西村君に対しては慎重に接する必要があるな」と述べた。彩香と神谷は頷いた。

 蒼井は続けた。「さすがにあのアパートの爆発事故は公安の上層部も黙ってはいられないようだ。しかし、私には上層部との繋がりがあるため、処分は免れたが、捜査は一時中断することになった。ただし、西村君は特運課の監視下に置かれたのは幸運だった」と言った。彼は笑顔で2人を見つめてから続けた。「そこで、私が希望していたことが実現した。運力向上プログラム案が採用され、予算が割り当てられることになった。このプログラムの実施は予算の関係と実案テストを兼ねて行われる。また、教育係3名と受講者二課3名、三課4名の計10名が選出されることになったのだ」

 彩香と神谷は驚きながら、蒼井の話に耳を傾けた。蒼井は続けた。「教育係は国科研の添島(そえじま)主任、一課の後藤、二課の神谷」と言った。神谷は目を見開いて驚き、「え!私が教育係を務めるのですか?」と口にした。蒼井は安心させるように微笑みながら言った。「大丈夫だ、この日のためにプログラムのテキストは添島主任に作ってもらっていた。詳しい内容と受講者に関しては、この資料に記載してあるので目を通してください。以上です」と締めくくった。

 彩香と神谷は警視庁を後にした。神谷が運転し、彩香は助手席から外の景色を眺めていた。ハンドルを握りしめながら、神谷はぼそりと呟いた。「まだ、この間の調書も終わっていないのに、教育係か...」

 彩香は受け答えしながら言った。「まぁ、受講者には西村君と奈々さんの名前が載っていたし、今後の仕事を考えると良い機会だと思うわよ」神谷は頷きながら「確かに」と返答した。窓の外を眺めながら、彩香は桜の木の花がまばらになり、葉が青々と茂っていくのを見て「春も終わりね」と呟いた。

 一方、西村俊介は病室のベッドで奈々からのお見舞いのケーキを口にしながら、ため息をついた。「はぁ、明日は退院か...アパートが住めなくなって、明日からどうやって暮らせばいいのか」と病室の窓の外を眺めながら、静かな呟きが室内に響いた。

 彼の心は不安と焦燥に包まれていた。身に覚えのない自分の顔写真、アパートでの爆発事故、そして夢で見た出来事―。それらの断片が彼の心の中で混沌と渦巻き、不可解な疑問を生み出していた。彼は自分が巻き込まれた陰謀の真相を知りたくてたまらなかった。

 窓の外には静かな景色が広がっていた。遠くに見える建物や優雅に揺れる木々は、彼の内なる不安とは対照的に静寂を湛えているように思えた。未来への道筋が見えず、先行きの不確かさが彼の胸を締め付けていた。

 深いため息をつきながら、彼は病室の窓の外をじっと見つめ続けた。そこには新たなる道が広がっているのか、それとも更なる困難が待ち受けているのか、彼にはまだ分からなかった。ただ、退院後の彼の人生は、今までとはまったく異なる舞台で繰り広げられることだけは確かだった。


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