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鏡の向こうの運命のヒーロー  作者: 武田カヌイ
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桜並木通りの隅に立つハーモニーティーハウス

 東京のはずれに広がる桜並木通り。その通りを抜ける風は穏やかで、春の訪れを感じさせる。そんな風景の中に、ひときわ静かな雰囲気を纏ったケーキ&カフェ「ハーモニーティーハウス」が佇んでいる。

 店内の一角には、小林奈々がアルバイトとして働いていた。休憩中の彼女は、落ち着いた隅のテーブルに座り、手には美味しそうなシュークリームを握っている。口に運ぶと、その甘い味わいに満足そうに微笑みを浮かべた。

 店のカウンターには、神谷の叔母であり、この店の経営者である斎藤理恵(さいとうりえ)が立っていた。彼女は優しい笑顔を絶やさず、奈々との会話を楽しんでいた。

「奈々ちゃん、美味しいかしら?」理恵が優しく尋ねると、奈々はうなずきながら笑顔を見せた。「う~ん♪、理恵さんが作るカスタードクリームは絶品よね!毎日食べても飽きないわ」

 すると、「カラーン、カラーン」と店のドアが開き、小野寺彩香が入ってきました。

「こんにちは」と彩香が挨拶すると、理恵が応えた。「いらっしゃいませ。あら?神谷君は今日、警視庁でお仕事中ですよ」

 彩香はテーブル席に向かいながら言いました。「ん~ん、今日は私、非番なのよ。アップルティー1つ頂けるかしら。あれ~奈々ちゃん、またさぼっているの?」

 奈々はシュークリームを頬張りながら慌てて答えました。「違うの!今は休憩中なの!」

 理恵と彩香は顔を見合わせて微笑み合った。店内には和やかな雰囲気が広がっていた。

 小野寺は、奈々を見つめて手に頬を触れながら

「あれから、もう4年も経つのね…」とつぶやいた。

 4年前の早春、新宿TOHOビル横の広場にしゃがみ込んでいる小林奈々がいた。ここは、当時悩みを抱える10代の若者たちが集まる場所として有名で、SNSでは「トー横」と呼ばれていた。奈々は片手でスマートフォンをいじりながら、思いつめた表情で辺りを見渡す。周囲には学生服姿の若者たちが行き交っていた。彼らは卒業式の帰りなのか、手に筒のようなものを持っている光景が目に映った。

 奈々自身も本来ならば、今日は神奈川県立高校の卒業式に出席する予定だった。しかし、彼女の人生は思いもよらぬ方向へと転がり始めたのだ。

 中学生の時、両親の離婚により、一人娘である奈々は母親と二人での生活を余儀なくされた。しかし、高校に入学して間もなく、母親は新しい男性を連れてきて一緒に暮らすことを決めた。それ以降、奈々の日々は地獄のようなものに変わっていった。彼女は母親とその男性から虐待を受けるようになり、心身ともに傷ついていくこととなった。

 そして、昨夜、男性から性的な暴行を受けかけ、必死に逃げ出した奈々は、家を飛び出してしまった。トー横を目指して、始発電車に乗り込み向かったのである。

 トー横広場、奈々はスマホをいじりながら、心の中で「これから、どうやって暮らせばいいのだろう」と考えていた。その時、突然スマートフォンからJアラートの警報が鳴り出した。周囲の人々のスマホからも同じ警報が響き渡り、奈々は動揺していた。しばらくして、新宿の防災行政無線から放送が流れてきました。「この放送は試験放送ではありません。ただちに自宅へ帰り、安全が確認されるまで外出しないでください」とのアナウンスが聞こえました。

 奈々は立ち上がり、とりあえず駅に向かった。ふと足を止めて空を見上げると、日中にもかかわらず夕焼けのようにオレンジ色に染まっていた。この異様な景色が彼女に不安と混乱をもたらしていた。そして、その影響なのか奈々の身体に異変を感じていることに気づきました。体全体が熱くなり、めまいがする。早く駅に入らなければと思いながらも、ふらつきながら駅の前に着いたが、人がたくさん集まっていて入ることができなかった。諦めてまた広場に戻ることにしたのだった。周囲には人は少なく、警察官もいない。多分駅の混乱で彼らはそちらにいるのだろう。奈々の体はだんだんとつらさが増し、広場で横になっていた。

 気を失っていたのか、奈々は目を覚ますと夜になっていた。急に寒くなり、ここで一晩過ごすのは無理だと判断し、寝る場所を探すことにしました。体調はかなり回復して歩くことができましたが、停電しているのか、周りは真っ暗で街灯も店の明かりも消えていて、どこへ向かえばいいのか分からないけれど、不思議と足が勝手に動き、ある雑居ビルの2階の部屋のドアの前まで辿り着きました。

 恐る恐るドアノブを回すと、鍵が開いていて中に入ることができた。人の気配がなく、スマホのライトで周りを照らすと、どこかのお店の事務所らしい雰囲気が広がっていました。机と椅子、そしてソファが置かれており、奈々はそのソファに横になり、長い夜を明かすことにしました。

 翌朝、奈々は目を覚まし、起き上がって部屋の窓に向かい外を見下ろすと、そこには警察官と迷彩服を着た人々が周囲を見回しながら歩いているのが見えました。奈々は一瞬ためらい、しゃがみ込んで身を隠すことにしました。「どうしよう、もし捕まったら、あの地獄のような家に連れ戻されてしまうかもしれない」と彼女は心を乱されながら考え込みました。とりあえず、この部屋に身を隠すことに決めましたが、スマホで情報を確認しようとしてもネットに繋がらず、通話もできない状態でした。2日が経ち、部屋の中の飲み物や食べ物もなくなり、夜になって他の場所を探すことに決断しました。

 まだ停電は回復せず、街は静寂と暗闇に包まれていました。周囲に人気がないことを確認した奈々は歩き始めました。すると、再び足が勝手に動き、人のいない家へと彼女を導いてくれました。昼夜関係なく、警察官が拡声器で呼びかける声が響き渡る。「只今、災害により世界中がロックダウンしております。自宅に帰ることができない方がいましたら、保護しますので声をかけてください」と。しかし、奈々はまだ投降する勇気が持てず、その場に留まっていた。

 災害から1ヶ月が経ち、奈々は雑居ビルの3階の一室に住んでいました。未だに停電も電波も復旧されていませんでした。そんなある日の午後、部屋の外の廊下から人の声が聞こえてきました。そして、奈々のいる部屋の鍵が開けられる音がしました。緊張が走り、奈々は思わずロッカーの中に身を隠しました。ロッカーの換気口からのぞき込むと、20代から30代ぐらいの男性3人が入ってきました。20代ぐらいの男性が言いました。「あーあ、参ったなぁ。警官や国軍があんなにうろうろしていると、昼間だと目立つから下手に動けないんだよなぁ。」すると30代の男性(辰巳(たつみ))が答えました。「夜間は暗くて見えにくいけど、仕方ないな。夜になったら金属店に潜り込むしかないな」と呟いた。どうやら、このビルの1階にある金属店を盗みに来たようです。奈々は困惑していました。今まで奈々がいる場所には不思議と誰も入ってきていなかったのに、なぜだろうと考えていると、20代ぐらいの男性が言いました。「(たっ)さんは本当にすごいなぁ。あの『赤の災害』の影響でスマホもネットに繋がらなくなって地図が見られないのに、必ず金属店を見つけるんだもんな!」すると辰巳が笑いながら受け答えた。「まぁな、最近は勘が冴えてきているんだよ。ここだと思うと、運よく当たるんだよな。この部屋の鍵も見つけたしな。」

 他の男が部屋を物色し始めた。そして、ロッカーの前に近づいてくる。恐怖におびえ、奈々は息をひそめました。しかし、ロッカーは開かれ、男は目を丸くして叫びました。「女がいるぞ!」2人が駆け寄り、奈々は体が硬直して動けませんでした。3人は奈々をなめるように見て、ロッカーから引きずり出して押し倒しました。奈々は大声で叫びました。「キャー、やめてー!」辰巳が「おい!口を押さえろ!」もがきあばれる奈々。すると突然、バーンとドアを蹴破る音がしました。「警察だ!」と男性警官2人、女性警官1人が入ってきました。辰巳が「なぜ警察が?やばい!」とすぐさま3人が立ち上がり逃げ始めた。そして女性警察官が隙を見て奈々の所に駆け寄りました。「大丈夫?怪我はない?」と、その瞬間後ろでナイフを手にした辰巳が女性警官の背中に襲い掛かってきました。奈々が女性警官に「危ない!後ろ!」と注意し、女性警官が振り向くと、「うぁ~」と辰巳が悲鳴を上げました。鼠が辰巳の顔に飛びかかっていました。この女性警官は小野寺彩香でした。彩香は辰巳の腹部を蹴り飛ばし、後ろ手にしてナイフを奪い、手錠をかけました。そして、彩香は振り向き、奈々の目を見て優しく「安心して、もう大丈夫よ」と微笑みながら言いました。奈々は彩香の胸に飛び込み、泣きました。

 そして、辰巳と2人の強盗は国軍(国連邦軍)に引き渡され、奈々は保護されました。国軍のジープの後ろの座席には、奈々と彩香が座っていました。奈々のこれまでの事情を全て聞き、彩香の責任の下、彩香も住んでいる東京のとある警視庁の女子寮に住まわすこととなりました。

「カラーン、カラーン」とハーモニーティーハウスの店のドアが開き、神谷とその後ろに続く西村が入ってきました。「いらっしゃいませ」と理恵の優しい声が店内に響き渡りました。神谷と西村は同時に口を開きました。「あれ?小野寺さん⁉ どうしたのですか!」彩香はちょっと怒った表情で言いました。「もう、非番の時くらい、ゆっくりお茶をさせてよね!」2人はポカーンとした表情で立ち尽くしていました。理恵と彩香は顔を見合わせ、微笑み合いました。隅のテーブルで奈々はニコニコしながらシュークリームを頬張っていました。

 夜の訪れとともに、風はそよそよと吹き抜け、深い夜の静寂が広がった。雲の隙間から遠くで雷鳴のような轟音が時折耳に響く。助手席には小野寺彩香が静かに座っていた。神谷はハンドルをしっかりと握りしめながら、「まさか仕事以外で小野寺さんがハーモニーにいらっしゃるとは驚きですね」と口にした。彩香は微笑みながら返答した。「最近は忙しくてなかなか休みが取れなかったの。だから、休暇を取ったら、お茶でもしようと思っていたのよ」。神谷は続けた。「でも、せっかくの非番なのに、今夜は警視庁から呼び出しがあるなんて、因果な仕事ですね…」。彩香は窓の外を見つめると、やがて雲の重みが増し、一滴、また一滴と雨粒が降り始めた。「そうね、嵐の兆しね」と彩香が口にした。神谷は驚きながら答えた。「え?あー、天気のことですか。ぽつぽつと降ってきましたね」と言いながらワイパーを動かす。彩香は下を向き、スマホのメールを確認していた。『西村案件、至急警視庁に来てくれ。蒼井』というメッセージが表示されていた。

 一方、西村は部屋の窓越しに向かい、遠くで時折光る雲を眺めながら思い出した。奈々さんがシュークリームを美味しそうに食べていたな、次回お店に行ったら僕も食べようと、思っていた。

 特運課の存在は、一般の人々には知られていません。しかし、運命に翻弄される人々を救うために、特運課は常に活動しています。その中に入ることは容易ではありませんが、特運課の一員となることは、特別な力を持つことを意味しています。西村もまた、自身がそんな力を身につける可能性を秘めているかもしれません。彼は未来への希望を抱きながら、静寂な街を眺めました。


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