化け物に化け物をぶつけんだよ!!
「先輩、飲み物です」
真後ろから如月が平坦な声で話しかけてきた。
振り返ると、三人分の飲み物を抱えた彼女が僅かに首を傾げ光のない目でこちらを見つめている。
「お、ぉう……」
「ところで、先輩たちはどうして任務中にチューしてるんですか?」
「い、いやっ違う! 耳打ち! こそこそ話をしただけ!」
俺の言葉に、今度は首を反対側に傾ける。
「普段から一般人に話がきかけれても良い様に比喩表現で会話してるのに?」
「それは、まぁ、色々と事情が……」
「そう言えばミキティーちゃんって誰ですか?」
「ぐ……」
やめてくれ、その話はマジで俺に効く。
今度は後ろから渡津が声をあげた。
頼む、この状況を何とかしてくれ。
「パイセンが合コンで気になってた子っすよね?」
「渡津!! お前は話をややこしくするな!!!」
もうお前、天才! 天才だよ!!
話をややこしくする天才!!!
あれから何とか話を収め、俺たちは乗ってきた車の中で今後の話し合いをすることになった。
如月が運転席、俺と渡津が後ろだ。
「もう捜査本部はあるっすよね?」
「秘密裏になるが、今日にも始動するらしいぞ」
ここまでの調査で、数日前に俺たちが導き出した推測は証明された。
何なら既にエージェントが一人行方不明だ。
本格的な調査本部が設置されるのは必然ですらある。
「らしい? あっそう言えば今のパイセンはただの外国人銀髪幼女でしたね」
こいつ、分かって煽りに来る。
その話はもう如月とやってるので、何とかスルーできた。
「俺と渡津は本部に顔を出せる身じゃないだろ? 最新の調査情報の共有を受けつつ、単独で動けるのが今は一番ありがたいんだが……」
「ああ、それなら私が根回ししておくっすよ?」
お前……でも、そうか。
そう言うことができるバック居ないとそもそもここにいる訳ないよな。
「単独で動くとして、私たちは次に何をするべきでしょうか?」
運転席の如月が声をかける。
「今、事件の全容へ一番近い位置に居るのは俺たちだ。他のエージェントと同様に調査を進めつつ、解決の道筋も平行して考えたいな」
「国内にどれだけラゴネロの戦力が入り込んでるか分からないっすけど……もうSATとかに出てきてもらうしかないんじゃないっすか?」
SAT(SpecialAssaultTeam)は日本の警備部に編制されている特殊部隊で、対テロ作戦なんかを担当している。
確か渡津も過去に5年程、所属していたはずだ。
SATは名実共に、今俺たちが扱える最高戦力だ。
だが、俺たちの仕事が”事件を解決すること”なのに対して、彼らの仕事は”戦争に勝つこと”だ。この違いは大きい。
「お前はどうしてそんなに過激なんだよ……」
「へへっ。私が新任の頃、よく指導をしてくれた人物が余程ひどい教育を施したんじゃないっすかね?」
「……いいや違うね! お前は根っからの過激派だったね!! 俺からノウハウだけ吸収して、すぐに巣立っていった!」
「あっれ、私はパイセンの事だなんて一言も言ってないっすけど、もしかしてお心当たりがあったっすかぁ?」
「ぐぅ……」
「先輩達、あまり後ろでイチャイチャしないでください」
前方から、如月が底冷えのする声を投げかける。
え、いや、イチャイチャはしてない……よ?
してないと思うが、なんか怖いし、話が脱線していたのは事実だな。
「……まぁ、SATに出てきてもらうにしても、その場面は極力少なくしないとな」
「これは釈迦に説法っすけど、市民に配慮して犯罪者を野放しにしたら、最終的にもっと沢山の市民が不幸な目に遭うっすよ? 癌の切除と同じっす。多少健全な細胞を一緒に殺したとしても、癌は取り除くべきっす」
運転席に座る如月が思わず身震いする。
言ってる事は間違ってない。
例えばゲームとか、或いは創作物の中でそう言う決断をする人は多いだろう。
だが現実で、市民を守る側の人間がそれを実行するのはほとんど禁忌だ。
口にすることすら躊躇われる。
強盗を二人捕まえる為なら、人質の市民は一人までなら射殺していいとか、そういう類の発想だ。
「仮にSATを動員するとして、ラゴネロと抗争中のPSI密売組織の見分けはどうするつもりだ?」
「んー。どっちも日本を蝕む害虫なんっすから、表層に出てきてる虫は根こそぎ駆除しちゃえば良いじゃないっすか?」
「そりゃ、国内PSI密売組織を全部駆除して、今後もラゴネロみたいな組織が入ってきても封殺できるならそれでも良いかもしれないが、現実問題……俺たちにそこまでの戦力は無い」
「国内のPSI密売組織の存在が海外勢に対する免疫として機能してるってことっすか?」
「そうだな。付け加えるなら、PSI密売組織と自警団の違いは紙一重だ。俺たちだけで都内中の超能力事件を解決できない以上、がん細胞とは区別する必要がある」
渡津の主張も間違いではない。
ただ彼女の視点は目前の事件を解決する事に向いている。
「エーファの存在がある以上、相手は戦争をする装備を持ってるっす。戦争屋には戦争屋をぶつけるのが一番じゃないっすか?」
化け物には化け物をぶつけるって考えか。
まあ、間違いではないんだが。
「確かにSATは強い。仮に日本に侵入したラゴネロとSATが正面から戦えば、勝つのはSATだ。何ならここに国内のPIS密売組織が入っても勝てる。だが、SATも相当の損害を受ける事になる」
まぁこれは、アルテウス姉妹……特に、マルガレーテが参戦しないのなら、だが。
彼女の超能力はほとんど初見殺しに近い。
反ミーム性もそうだし、未だにはっきりとは解明できていないもう1つの方も厄介だ。
「そりゃ戦争なんっすから。兵隊は死ぬ事も任務の内っすよ?」
「その通りだが、生き残る事も任務の内だ。日本でどんなテロが起きてもSATが勝つ。それはおそらく事実だし、国民が、そして世界中がそれを信じている。この抑止力を失えば、混沌とした世界で日本だけがテロの脅威へ晒されずに生活する水準は保てなくなる」
「……まぁ、そうっすね」
渡津が何とも言えない表情で頷く。
元SAT隊員であり、組織犯罪対策部の刑事でもあった渡津にとっては思う所もあるんだろう。
「日本にとってSATは”常に”最強のカードであり続ける必要がある」
現状、俺たちはただ勝つだけじゃだめなんだ。
戦力を保ったまま、勝つ必要がある。