アッシュ・テイラー、出迎える
よろしくお願いいたします。
翌日、サクラに実家での宿泊を説明したところ、了承が得られたので俺はほっと胸をなでおろしていた。
それからはサクラが来るまで2週間。
短いようでとても長い期間だ。
最後の3日ほどは、焦れに焦れてそわそわする姿を、同僚たちから弄られまくることとなった。
そんな日々を過ごしながら、前回同様に指折り数えて、今か今かと待ち望んでいた俺。
そして、今日は遂にサクラのやってくる日である。
俺は、朝から浮足立っていた。
仕事は理由を話して休みを取ってあるので、私服で寮の食堂へ向かう。
早めに朝食を取っていると、いつもの悪友2人とマーチ、ドードルといった同僚たちが徐々にやってきた。
次から次へとやってくる同僚たちが、俺の後ろを通り過ぎる際に肩を叩いてくる。
「よー! ついに今日か!」
「アッシュ、後で案内して来いよ! お前の好きな子会ってみたい!」
サクラに会わせろだと? 俺は顔を顰めた。
「なんでだよ。誰が会わせるか」
弄る奴らを軽くあしらっていると、食事を受け取ったマーチと一瞬目が合った。
すぐに逸らされたが。まぁいつものことだ。
これでも昔は同じ班で勤務していたのだが、相変わらずの対応である。
悪友2人が、俺のいるテーブルに着く。
ここ2週間、アルトの顔色は相変わらず悪いままで、食欲も戻っていないようだ。
食後に何か黒い錠剤を飲んでいるようだ。薬ならば、それでよくなるといいが。
2人とは適当に挨拶を交わす。食事を終えた俺は、食堂を後にした。
いったん自室に戻り、何度も鏡で身だしなみをチェックする。
服、髪、毛並み、肉球までばっちりだ。
サクラが来る時間を見計らって、俺はアーニメルタの王都アーニスへ向かう。
世界政府アーニス支店の転移フロアまで行く。
待合室で待っていると、ツムギが異世界のベールから出てきた。サクラの先導だろう。
そう思って待っていると、すぐ後にサクラがベールから姿を現した。
サクラは淡いピンクのワンピースに、薄手のカーディガンのようなものを羽織っている。
「ああ、きょうもかわいい……」
「え!?」
思わずポツリと呟くと、隣で待っていた人に聞こえたようで、すごく引きつった顔を向けられた。まるで不審者でも見たかのようだ。
失礼な、と思いつつも、彼女を待たせないことの方が大切だと思った俺は、特に何も言うことなくサクラのところへ向かう。
「サクラ」
俺の声に気付いたサクラとツムギ。
サクラは俺に小さく手を振り、ツムギと何か話してからこちらにやってきた。
「アッシュさん!」
「サクラ!」
鈴のような軽やかな響きで名前を呼ばれた。その響きに嬉しくなって、尻尾がバタバタとものすごい勢いで揺れる。
正体がバレてから彼女の前では、尻尾も耳も出しっぱなしにしているのだ。気持ちはバレバレだろう。
俺は気持ちを伝えているので、今更だから全く問題ないと思っている。
「アーニメルタへようこそ」
「えへへ。お世話になります」
そう言ったサクラは、ふにゃりとはにかむ。
ああああ! かわいいぃぃぃ!!
サクラの可愛さに心の中で頭を抱える。
どうにかこうにか乱心を抑えて、平常心を取り戻す。尻尾までは無理なので、機嫌よさげに揺れているが……。
「ああっ! 任せてくれ!! さぁそろそろ行こう」
「はい。よろしくお願いします」
「さて、ここがアーニメルタの王都、アーニスだ」
俺たちは世界政府の建物を出る。
「うっわ~!! すごい!!!」
サクラが興奮した声を上げた。
楽しそうに辺りを見渡している。
「建物の形がいろいろ! でも、全部レンガで統一されてるんですね!!」
「一応、王都の商店街だからな。ここは建物の見た目がある程度決められてるんだよ。居住区は各種族の特性や自分の好みで立ててるやつが多い」
「そうなんですね! なんだか京都みたい」
サクラは興味深そうに呟く。
世界政府アーニス支店は、城下町の商店通りに面しており、周囲には多くの商店が立ち並ぶ。
この国でも有数の賑わいを見せている商店街なのだ。
丁度、隣店に白熊の獣人と兎の獣人が腕を組んで入って行った。
次は鳥類のカップル。美しい羽根と髪色は鳥人族の特徴だったりする。
後は大きさや特徴で種族を特定するのだが、人間の5歳児ほどのサイズであることから彼らはインコの獣人だろう。
この国は自由恋愛推奨派のため異種族カップルもとても多いのだ。
その光景に目を丸くしていたサクラ。
「ドアがおっきい……え、あっ、ちっちゃ!? えっえっ??」
インコの獣人カップルが、白熊の獣人と同じドアを開けて店へ入っていくのを見て混乱したようだ。
頭で処理しきれなくなったのか、困った顔で俺を見つめる彼女につい口角が上がる。
「あれは、この国特有のドアだな。どんな種族でも自分に適した位置でドアが開けられるようになっているんだ」
「ひえー! すごい!!」
そう言って俺は、世界政府のドアを示して説明する。
世界政府のドアは5段階にドアノブが付いていて、大体の生き物が開けられるようになっている。
ひねったノブと対応する大きさでドアが開くのだ。
「この国では、種族に関わらず、同席した中で一番大きい奴がドアを開けるのがマナーだ。何故なら、俺が開けても、白熊が通れる大きさのドアは開かないからな」
「なるほど! 面白い仕組みですね」
感心しきりのサクラ。
可愛い顔が見られて俺はとても嬉しい。
「とりあえず、荷物を置きに実家へ行くか、先に観光するか。どっちがいい?」
そう問いかけるとサクラは、考える様に「うーん」と呻り、暫くすると笑って人差し指をピンと立てる。
「やっぱり身軽な状態で観光したいので、荷物先に置きに行ってもいいですか?」
その答えに俺は少し驚いた。
そして一応最終確認する。
「俺の実家だけど、いいのか? 親いるぞ?」
大歓迎される予感しかしないぞ、とは言えない。
「大丈夫ですよ。アッシュさんのご両親、どんな方か気になります。お世話になるなら挨拶も早い方がいいでしょうし」
俺の心配を知ってか知らずか、サクラはとても嬉しそうだ。
「……そうか、では実家へ行こうか」
こうして、俺たちは一旦、王都を後にすることになる。
何事もなければいいが。
心配が杞憂になることを俺は心から祈った。
ありがとうございます。




