アッシュ・テイラー、日常に戻る
よろしくお願いします。
図らずも、家族公認の関係になってしまった、あの日の帰り。
サクラの声が耳に残って離れない。
どこか焦燥にかられたような、名残りおしげな声に、どうしようもなく切なさと愛おしさがこみ上げる。
あの場で戻れたら、絶対抱きしめていた。断言できる。
だが、実際のところは、そのまま帰ってきてしまったわけだが。
あの胸を焦がすようなひと時は、何だったのか。
今、サクラは、何を考えているのだろうか。
「……はぁ」
気付けば、切ないため息が漏れていた。
「あの~、アッシュさん?」
「とりあえず、うっとおしい」
「食事がまずくなる。幸せな奴はハゲろ」
寮の食堂にいる同僚たちからの散々な物言いに、先ほどとは別の意味で、ため息が漏れそうになる。
「お前ら情緒の欠片もねぇのか。だからモテないんだよ」
俺がそう言うと、食堂中から大ブーイングが起きた。
「ぶー!」
「可愛いわんちゃんが!」
「ふざけんな!」
「ため息ついて、溶けた顔してるやつが鬱陶しくないわけないだろ!!」
「イケメン滅べ」
「はいはい。分かったから」
同僚たちと適当にじゃれ合って、あしらう。
目の前では、マークとアルトが我関せずといった様子で食事していた。
マークの前には、米、肉料理、スープとサラダがいつものように山のように盛られている。
アルトの皿はと言えば、普段から野菜ばかりだが、今日はいつもの半分程度しか食べていない。
不審に思った俺はアルトに声をかける。
「アルト、お前体調悪いのか? 全然食べてないな」
「ん? いや、何でもないよ」
そう言う彼の顔は、少し血色が悪いような気がする。
だが他でもないアルトが、何でもないというのならと、俺は一先ず納得することにした。
「……そうか? あんまり無理するなよ」
「うん。ありがとう」
「……お前ら2人ともだからな」
今まで黙っていたマークが口を開く。
「俺もか? 別に無理はしていないが」
俺は好きでサクラのところに行っているし、無理をしているとは思っていない。
表情から伝わったのだろう、マークが呆れた顔をしている。
「……そうかよ」
そんな俺たちのやり取りを見ていたアルトが、少し頬を緩める。
「……マーク、ありがとう」
「おう」
マークはそう言ってアルトをちらりと見た。
一瞬、アルトとマークの視線がぶつかり、俺にはわからない意思の疎通が起きたような気がする。
「?」
そんな2人を不思議に思いながらも、俺は食事を再開したのだった。
自室に戻り、レターケースから手紙を取り出す。
一通はサクラからの手紙。
先日の両親乱入事件から外堀を埋めてしまった俺は、次のコンタクトを取ることを大変躊躇した。気恥ずかしいというかなんというか。
しかし、次の約束は決まっていないのだから、俺がリードしていかなければサクラと会うことはできないだろう。
そう考えた俺は、帰ってきた日にすぐさま手紙を送った。
そしてサクラの直近の予定を聞き、2週間後にアーニメルタに来てもらうことになったのだ。
今回アーニメルタへは、サクラの夏休み期間中のことということで、旅行に来てもらうことになった。
その間の宿泊先もこちらで用意する。
俺は改めて、その件についての、サクラからの手紙に目を通す。
【アッシュさんへ
お誘いありがとうございます。
私もアーニメルタには行ってみたいと思っていたので、嬉しいです。
夏休みの旅行が異世界だなんて、贅沢な感じがします!
今夜は星がきれいでした。アッシュさんにも見せたいぐらい。
2週間後、楽しみにしています。】
この手紙を見たときの俺の喜び様は、サクラには想像できないだろう。
俺は思わず、手紙をギュッと胸に抱きしめて朝まで過ごした。何という乙女のような夜。
だが、好きな人が美しい風景を見て、自分を思い出してくれたのだから、興奮せずにはいられない。
デートの日取りも決めて、距離もどんどん縮まっているような気がする。
上手くいきすぎて怖いぐらいだ。
誰に見られるわけでもないが、気恥ずかしくなり、緩む頬に力を入れて平静を装う。
そしてもう一通の手紙を手に取った。
サクラの手紙とは違い、普通の封筒に入ったもので、蝋で封がされている。
封蝋の文様は鎧を着た狼。見慣れた実家のものだ。
差出人は母だ。
今日届いたばかりで、まだ開けていなかった。
俺は爪先で器用に封を切り、手紙を開く。
【アッシュへ
久しぶりに手紙を寄こしたと思えば、挨拶の一つもなく頼み事とは、全く誰に似たのかしら。
まぁ今回のことについては、分かりました。
お嬢さんが泊まりに来る部屋の準備とお前の部屋の掃除はしておきます。
あと数日手紙が遅ければ、お前に見合いをさせるところでした。
好きな方が出来たなら、早く言いなさい。
早く会わせてちょうだい。お父さんも待っていますよ。】
「あー。サクラに怒られそうだな」
相変わらずらしい母からの手紙に、随分話が進んでしまったことを感じ、思わず苦笑する。
そう。俺が確保した宿泊先とは実家であった。
宿を取ってもよかったのだが、初めて異世界に来るサクラを1人で泊まらせることに不安を覚えた。
まだ早いかとも思ったのだが、結局安全性で言えば、これ以上信頼できるところはないと思い、実家にサクラとともに帰ることにしたのだ。
俺は真剣に彼女とのことを考えているが、サクラにとっては重いだろうし、あまり使いたくない手だったが致し方ない。
文面から見るに、両親もサクラと会うのを楽しみにしているようなので、まぁいいか。
サクラには明日にでも説明の手紙を送らなければ。
読んでいただきありがとうございます!!




