樋本桜、困惑する
よろしくお願いします!
ベールの向こう側に消えてしまったアッシュさん。
彼を見送った私は、何故かその場に座り込んでしまった。
「わたし、おかしい……」
今日の私は変だ。
彼が転移していく姿を見て、よくわからない気持ちになって。
口から勝手に言葉が出ていた。気付いたら、名前を呼んでいた。
なんであんなに、必死に名前を呼んだのか、私にはわからない。
言いたいことなんて、決まってなかった。ただ帰ってほしくなくて——
「なんで……もう、なにこれ? 顔、あつ」
今日は何度も赤面した自信がある。けれど、多分今が一番ひどい。
両手を頬に押し当てれば、少しひんやりと感じる。
「う~ん。立てない……」
足から完全に力が抜けている。
「お~い! 桜の嬢ちゃ~ん。いるか~? って、大丈夫か?」
「やたちゃん……ごめんなさい。立てなくて」
そのままへたりこんでいると、やたちゃんが様子を見に来てくれた。
「え、どうした? まさか、あの狼に襲われたのか!? アッシュに!?」
「え? あ! ち、ちがうんです!! アッシュさんは何もしてないです。私が勝手に立てなくなっちゃって」
なんだかやたちゃんを盛大に勘違いさせたようで、慌てて否定する。
「うん? どういう状況なんだ? 相談できることがあるなら言ってみな?」
優しく声をかけてくれたやたちゃんに、私はこくんと頷く。
「とりあえず、紬呼んでくるわ。お嬢ちゃん立てないんだろ。待ってな」
そう言うとやたちゃんは蔵を出て、紬ちゃんを呼びに行った。
すぐに紬ちゃんとやたちゃんが来てくれて、家の中へ連れて行ってもらう。
客間に落ち着いたところで、私は2人に相談することにした。
「その、私、最近変なんです」
「変?」
「どうした? ゆっくりでいいから言ってみな」
「はい。あの、さいきん、アッシュさんといると、その……胸が苦しくて」
「うん?」
私は、今日起こったことを2人に話した。
大学までアッシュさんが迎えに来てくれて一緒に帰ったこと。
アッシュさんが校門で女の子に囲まれていて、何故かちょっと嫌だったこと。
家について、いっぱい撫でさせてもらって、まったりしてるときに、大学の友達と付き合ってるんじゃないかと問われたこと。
「――そしたら、私、アッシュさんだって女の子に囲まれて楽しそうだったって思って。なんだか嫌だなって感じたことを思い出してしまって、いろいろ言ったんです」
「へぇ、珍しいね~」
紬ちゃんが少し目を丸くしていった。
「う、そうかも。でも、相手も普通怒りませんか? 何故かアッシュさん、嬉しそうだったんです。それで……その、ちゅ、ちゅってされそうに」
「きゃー! やばいにやける~!」
「紬うるさいぞ。悪いな桜の嬢ちゃん! このうるさいのは無視していいからな。それでどうなったんだ?」
私より興奮した様子の紬ちゃんをやたちゃんが翼で叩く。
その後やたちゃんは私に笑顔を見せた。
「は、はい。結局両親が帰ってきて、いろいろ見られてて——親はアッシュさんが私の彼氏だと思ったようで」
「まさかの、ご両親出現……」
「アッシュさんが、お父さんとお母さんに、その、けっ、結婚前提に付き合いたいとか言って」
「外堀を埋められたのか。で、お嬢ちゃんは、嫌だったのか?」
やたちゃんに真剣な表情で聞かれ、私は思わず口ごもる。
「苦しくていや、なはず、だったんですけど……それ聞いたら、わ、私、胸がほわっとして」
思い出して顔が赤くなる。
あの時、何故、アッシュさんの裾を握ってしまったのか……恥ずかしい。
「さっきアッシュさんが帰るとき、つい引き留めてしまって。自分の行動にびっくりして、1人になったら気が抜けて、何故か腰がぬけちゃったんです」
「ふむ」
「もともと男性が苦手だし、よくわからなくて」
そう。そもそも私は、男の人が苦手だ。
特にイケメンには、悪寒を感じる。
小学生の時に、学校で人気の高いイケメンに、いじめられたのが原因だった。
だから絶世のイケメンなアッシュさんには、最初からいい印象を持っていなかった。
いつからだろう。
いつの間にか、アッシュさんの傍にいても、悪寒を感じなくなった気がする。
「以前やたちゃんに相談した時も、考えれば考えるほど嫌じゃなくて。結局、あんな、返事にもならない答えを……」
「あれはあれでいいと思うぞ? 告白の時だろ? アッシュは自分の気持ちをちゃんと伝えたし、お嬢ちゃんは今の精一杯で返事してやったんだろ? 結果的にアッシュはお嬢ちゃんに好かれようと、喜んでアプローチしてるわけだ」
アッシュさんが私に好かれようとアプローチしてる。
そうやたちゃんから言われて、顔に火が付いたように熱くなる。
「そ、そうなんでしょうか? い、今でもちょっと信じられなくて。あんなに素敵な人が、私のことを好きでいてくれるなんて夢みたい」
「素敵な人……そうか? アッシュも大概あれだと思うが。まあとにかく、桜嬢ちゃんのことが好きなのはホントだろうから信じてやんな。後はあいつの努力と嬢ちゃんの気持ち次第だ」
「う~」
やたちゃんの優しい言葉に、口から変な唸り声が漏れた。
そんな私を紬ちゃんが笑い、明るい声で言う。
「分からないなら、これから見つければいいんだから! 桜なら大丈夫だよ。どんな決断をしても、サクラ自身の決断が、あなたにとって一番正しい」
「紬ちゃん……そうだね。まだ、好きかは分からないけど、これから知っていくように頑張るよ」
「ま、今すぐ返事しろってタイプじゃねぇし、ゆっくりでいいと思うぞ。自分に正直にな」
「はい! 2人ともありがとうございました!」
2人と話してすっきりした私は、軽い足取りで渡瀬神社を後にした。
帰り道の空は既に日が沈み、キラキラと星が輝いていた。
心なしかいつもよりきれいに見える星を見上げる。
アッシュさんにも見せたかったな、ぼんやりとそう思った。
読んでいただきありがとうございました!




