表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/51

樋本桜、困惑する

よろしくお願いします!

 ベールの向こう側に消えてしまったアッシュさん。

 彼を見送った私は、何故かその場に座り込んでしまった。


「わたし、おかしい……」


 今日の私は変だ。

 彼が転移していく姿を見て、よくわからない気持ちになって。

 口から勝手に言葉が出ていた。気付いたら、名前を呼んでいた。

 なんであんなに、必死に名前を呼んだのか、私にはわからない。

 言いたいことなんて、決まってなかった。ただ帰ってほしくなくて——


「なんで……もう、なにこれ? 顔、あつ」


 今日は何度も赤面した自信がある。けれど、多分今が一番ひどい。

 両手を頬に押し当てれば、少しひんやりと感じる。


「う~ん。立てない……」


 足から完全に力が抜けている。


「お~い! 桜の嬢ちゃ~ん。いるか~? って、大丈夫か?」


「やたちゃん……ごめんなさい。立てなくて」


 そのままへたりこんでいると、やたちゃんが様子を見に来てくれた。


「え、どうした? まさか、あの狼に襲われたのか!? アッシュに!?」


「え? あ! ち、ちがうんです!! アッシュさんは何もしてないです。私が勝手に立てなくなっちゃって」


 なんだかやたちゃんを盛大に勘違いさせたようで、慌てて否定する。


「うん? どういう状況なんだ? 相談できることがあるなら言ってみな?」


 優しく声をかけてくれたやたちゃんに、私はこくんと頷く。


「とりあえず、紬呼んでくるわ。お嬢ちゃん立てないんだろ。待ってな」


 そう言うとやたちゃんは蔵を出て、紬ちゃんを呼びに行った。




 すぐに紬ちゃんとやたちゃんが来てくれて、家の中へ連れて行ってもらう。

 客間に落ち着いたところで、私は2人に相談することにした。


「その、私、最近変なんです」


「変?」


「どうした? ゆっくりでいいから言ってみな」


「はい。あの、さいきん、アッシュさんといると、その……胸が苦しくて」


「うん?」


 私は、今日起こったことを2人に話した。

 大学までアッシュさんが迎えに来てくれて一緒に帰ったこと。

 アッシュさんが校門で女の子に囲まれていて、何故かちょっと嫌だったこと。

 家について、いっぱい撫でさせてもらって、まったりしてるときに、大学の友達と付き合ってるんじゃないかと問われたこと。


「――そしたら、私、アッシュさんだって女の子に囲まれて楽しそうだったって思って。なんだか嫌だなって感じたことを思い出してしまって、いろいろ言ったんです」


「へぇ、珍しいね~」


 紬ちゃんが少し目を丸くしていった。


「う、そうかも。でも、相手も普通怒りませんか? 何故かアッシュさん、嬉しそうだったんです。それで……その、ちゅ、ちゅってされそうに」

「きゃー! やばいにやける~!」

「紬うるさいぞ。悪いな桜の嬢ちゃん! このうるさいのは無視していいからな。それでどうなったんだ?」


 私より興奮した様子の紬ちゃんをやたちゃんが翼で叩く。

 その後やたちゃんは私に笑顔を見せた。


「は、はい。結局両親が帰ってきて、いろいろ見られてて——親はアッシュさんが私の彼氏だと思ったようで」


「まさかの、ご両親出現……」


「アッシュさんが、お父さんとお母さんに、その、けっ、結婚前提に付き合いたいとか言って」


「外堀を埋められたのか。で、お嬢ちゃんは、嫌だったのか?」


 やたちゃんに真剣な表情で聞かれ、私は思わず口ごもる。


「苦しくていや、なはず、だったんですけど……それ聞いたら、わ、私、胸がほわっとして」


 思い出して顔が赤くなる。

 あの時、何故、アッシュさんの裾を握ってしまったのか……恥ずかしい。


「さっきアッシュさんが帰るとき、つい引き留めてしまって。自分の行動にびっくりして、1人になったら気が抜けて、何故か腰がぬけちゃったんです」


「ふむ」


「もともと男性が苦手だし、よくわからなくて」


 そう。そもそも私は、男の人が苦手だ。

 特にイケメンには、悪寒を感じる。

 小学生の時に、学校で人気の高いイケメンに、いじめられたのが原因だった。

 だから絶世のイケメンなアッシュさんには、最初からいい印象を持っていなかった。

 いつからだろう。

 いつの間にか、アッシュさんの傍にいても、悪寒を感じなくなった気がする。


「以前やたちゃんに相談した時も、考えれば考えるほど嫌じゃなくて。結局、あんな、返事にもならない答えを……」


「あれはあれでいいと思うぞ? 告白の時だろ? アッシュは自分の気持ちをちゃんと伝えたし、お嬢ちゃんは今の精一杯で返事してやったんだろ? 結果的にアッシュはお嬢ちゃんに好かれようと、喜んでアプローチしてるわけだ」


 アッシュさんが私に好かれようとアプローチしてる。

 そうやたちゃんから言われて、顔に火が付いたように熱くなる。


「そ、そうなんでしょうか? い、今でもちょっと信じられなくて。あんなに素敵な人が、私のことを好きでいてくれるなんて夢みたい」


「素敵な人……そうか? アッシュも大概あれだと思うが。まあとにかく、桜嬢ちゃんのことが好きなのはホントだろうから信じてやんな。後はあいつの努力と嬢ちゃんの気持ち次第だ」


「う~」


 やたちゃんの優しい言葉に、口から変な唸り声が漏れた。

 そんな私を紬ちゃんが笑い、明るい声で言う。


「分からないなら、これから見つければいいんだから! 桜なら大丈夫だよ。どんな決断をしても、サクラ自身の決断が、あなたにとって一番正しい」


「紬ちゃん……そうだね。まだ、好きかは分からないけど、これから知っていくように頑張るよ」


「ま、今すぐ返事しろってタイプじゃねぇし、ゆっくりでいいと思うぞ。自分に正直にな」


「はい! 2人ともありがとうございました!」




 2人と話してすっきりした私は、軽い足取りで渡瀬神社を後にした。

 帰り道の空は既に日が沈み、キラキラと星が輝いていた。

 心なしかいつもよりきれいに見える星を見上げる。

 アッシュさんにも見せたかったな、ぼんやりとそう思った。


読んでいただきありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ