アッシュ・テイラー、嫉妬する
よろしくお願いします。
沢山撫でられて、今はサクラの膝の上で休憩中だ。
以前ホームステイ中に調べたのだが、この国には『猫吸い』という文化があるらしく、他の動物でもしばしば起きるらしい。
俺も先ほど、人生で初の『犬吸い』もとい、『狼吸い』を受けた。
今までかつて見たことのない恍惚の表情を浮かべたサクラ。
この表情が見られるのなら、俺はサクラに吸われるのもやぶさかではないなと感じたのだった。
今のサクラは、俺の背中を撫でながら、まったりとテレビを見ている。
テレビは『おもしろ動物特集』なるもので、次から次へと動物の映像が映っている。
ドジな動物たちがたくさん出てきて、可愛い上におもしろい。サクラも楽しそうに笑っている。
しかし、猫が湯船の縁に飛ぼうとして、湯船に落っこちたところで、俺にも限界が来た。
俺は彼女の視線がもう一度欲しくて、少し、意地悪な質問をしてみた。
「なぁサクラ、さっきの男とどういう関係なんだ?」
「ん? さっきの男?」
きょとんとしたサクラが俺を見る。
その可愛さに、何となくムカついて、ついぶっきらぼうな口調になる。
「あの眼鏡のやつ! さっきは誤魔化されたけど! サクラ、アイツと付き合ってるのか!?」
ぴょんっとサクラの膝の上で立ち上がり、彼女を問い詰める。
「眼鏡の……あぁ春のことですか?」
「ハル?」
名前を敬称もなく呼んでいる様子に、胸にどろりとした黒いものが沸き上がる。
「アッシュさん何か怒ってます?」
「怒ってはない」
「明らかに怒ってるじゃないですか。耳で分かりますよ」
サクラの困った顔を見て、正直に自分の想いを伝えるべきか悩む。
暫く沈黙が流れると、サクラは俺の頭を撫でて笑った。
「もう……春は女の子ですよ」
「……おんなのこ?」
ポカンと口が空いたままサクラを見つめる。
「バスケの選手なのでボーイッシュですが、れっきとした女の子です」
確かに中性的な顔だと思ったが、ケイのようなタイプもいることだし、本当に女性だとは思わなかった。
「そうか」
平静を装ったつもりが、わずかに喜色の混じる声が出てしまう。
しかしサクラはそれに気付かなかったらしい。
何か気に障ったのか、ムッとした様子で俺から視線を逸らすと、とんでもないことを言った。
「アッシュさんこそ、今日はたくさんの女の子に囲まれて楽しそうにしてましたよね」
「え?」
「とぼけるんですか? 私たちが来るまで両手に花で! 女の子たちに笑ってたじゃないですか」
「サクラ、それは」
その様子に、俺は驚いた。
最初は驚きすぎて、サクラが何を言っているのかを理解できなかった。
「妬いてるのか?」
そう問いかけると、サクラの顔は2人で食べたパフェのイチゴのように、真っ赤になってしまった。
「や、やきもち!? そ、そんんなわけないですっ。こんなの絶対違うっ!!」
サクラは真っ赤な顔のまま、頭をぶんぶん振って、否定しようとする。
しかし、それはあまりにも説得力に欠けた否定で、可愛いだけ。
つまり、サクラは自分でも気づいていない間に、俺と一緒にいた女の子たちに嫉妬していた。
その結論に至った瞬間から、一気に全身が熱くなるのを感じた。
特に顔は、灼熱の太陽のように熱く、朱い。
胸の中を駆け巡るような喜びを感じ、勝手に口元が緩みそうになる。俺は慌てて口元を隠した。
あのサクラが!
俺と女の子たちが一緒にいるところを見て、嫉妬してる!!
今すぐ飛び上がって喜びたい!!!
彼女が意識してくれていたことが、嬉しすぎて、尻尾をちぎれんばかりに振ってしまう。
そして、今すぐ彼女を抱きしめてしまいたくて、衝動のままに元の姿へ戻った。
「きゃっ、」
ドサッ――
ソファに座ったサクラの膝の上にいた俺は、元の姿に戻ると彼女にのしかかる。
そして、両腕を背もたれにつき、その間に彼女を閉じ込めた。
サクラは混乱しているのか、言葉にならない声を発している。
「なななな! あ、あ、あしゅ、」
そんな彼女が愛しくて、嬉しくて、どうしようもなく笑えてしまった。
「馬鹿だな。サクラは」
サクラの目が大きく見開かれる。
「アッ……シュさ……」
「俺が好きなのは、サクラだけだ」
サクラの瞳に映る俺は、今までのどんな相手にも見せたことのない顔をしていた。
心から溢れたであろう、どうしようもなく蕩けた甘い顔を。
俺の顔を直視したサクラは、赤く染まる。
「あ……」
サクラの綺麗な黒髪がソファに広がる。
俺にはとても艶やかで、ひどく誘われているように見えた。
潤んだ大きな瞳に俺が映るのが嬉しくて、『サクラ』色の花びらのような唇が欲しくて。
そのまま、引き寄せられるように顔を近付ける。
「んっ。アッシュ、さ」
すり、頬と頬を合わせて彼女を見つめる。
サクラが羞恥で、ぎゅっと目を閉じた。俺はサクラの唇にそっと触れ——。
カタン――
出入り口の方から小さな物音がして、チラリと目をやる。
そして後悔した。
ドアの隙間から、見知らぬ2対の目がこちらを見ていたのだ。
低い位置にある方の目とばっちりと視線が合った。
「あ、どうぞ続けて頂戴。私たちのことは気にしなくて大丈夫よ」
目の主は明るく語りかけてきた。
その声を聴いた瞬間、サクラが目を開けて俺を押しのけた。
その拍子に俺はテーブルに足をぶつけた。地味に痛い。
「お、お母さん!!」
「え、」
この状況は何だろう。めまいがするような気が……。
どうやら俺は、人生で初めての、いわゆる母親乱入を体験してしまったらしい。
ありがとうございました!!




