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アッシュ・テイラー、下校デートに挑む

よろしくお願いします!

 サクラとのランチデートから帰った俺は、その日から体を鍛え、ケアをし、文字通り自分磨きを始めた。

 いつも鍛錬していたが、愛するサクラに愛でられることが決定しているのだ!

 好きな女性に、最高の触り心地で満足してもらいたいという男心がわかるだろう!!


「え、いや、わからん」


 数日後、バルでサクラへの愛について語っていたところ、干した木の実をつまんでいたマークに一蹴される。


「好きな人に喜んでほしい気持ち! 僕は分かるよ! でも正直、その態度は誇り高い狼ではなさそうだよね」


 アルトも爽やかに笑いながら、猛毒を吐く。


「うっ、そんなことはない! 狼人族はとても愛情深いんだ! 父も母には弱いし」


 自分でもヘタレている自覚があるので、若干言葉に詰まるが、実家もそんな感じだったと思いなおす。


「まぁアッシュのサクラへの溺愛は、いつものことだしな」


「今更だよね。とにかく今度デートの前日に、またブラッシングしてあげればいいんだね」


「ああ、頼む」


 俺は呆れ笑いをこぼす2人に、デート前の最終ブラッシングを頼み込むのだった。




 そして二週間後。

 日々の努力とアルトとマークの力を借り、俺は自分史上最高の毛並みを手に入れていた。

 日を浴びた銀の毛並みは、月の光にようにキラキラと輝いている。

 ピンクのふっくらとした肉球は、クリームを塗り続けたことで魅惑的な触り心地の逸品となっていた。

 鏡に前足をついて肉球を確認すると、押し付けたことでそれは、ふにゅりと形を変えている。

 かんっぺきだ!!!

 最高の仕上がりに満足した俺は、人の姿に戻ると、サクラに会うため『ニホン』へ転移した。




 転移した俺は、ホームステイ時に何度か通った『ダイガク』へと向かう。

 校門横の壁に背を預けて待つことにした。

 数分たったころ、ちらほらと生徒たちが通り始める。

 じっと立ち止まっている俺を怪しんでいるのか、通る生徒たちの視線を感じる。

 特に気にせず待っていると、女の子の集団がやってきて囲まれた。


「ねぇ、お兄さん! 誰か待ってるのぉ?」


「私たちと遊ばない?」


「えっやば!! マジイケメンなんですけど!! 俳優!? モデル!?」


 わらわらと集まってきた女の子たちに言い寄られる。

 この国の女子も積極的だな。


「あ~悪いな。彼女を待ってるんだ」


 俺はアーニメルタの女の子たちの時と変わらない態度で、笑ってあしらう。


「え~彼女ぉ?」


「どんな子~?」


 腕に巻きつくようにくっついてくる女の子に若干イラつくが、これぐらいは可愛いものだ。

 サクラが来るまでと、適当に引きはがしつつ雑談に付き合う。




「あれ? なんかすごい人だね」


「なんだ?」


「誰か囲まれてるみたい」


 遠くから聞き覚えのある声がした。

 視線を向けると、いつぞやのサクラの友人たちがこちらを遠巻きに眺めている。

 その後ろからサクラと、眼鏡を掛けた大人しそうな男が並んで歩いてくる。

 サクラは友人たちの声で俺の存在に気付いたようだ。彼女の瞳が驚きで大きく見開かれる。


「サクラ」


 俺が声をかけると、サクラとの間に人の道ができる。

 彼女はしっかりと俺の目を見て、それから両腕に絡みついた女子たちを見た。

 一瞬彼女の瞳が揺らいだように見えたが、次の瞬間にはわからなくなっていた。表情から驚きは消え、感情は読み取れない。

 サクラの友人たちは、俺が彼女の知り合いであることに驚いているようで、ポカンとした顔で俺と彼女を見比べている。


「えっと桜? あのイケメンあんたの知り合い?」


「う、うん、まぁ」


「イケメンにくっついてる女の子たち、追い払わなくていいの?」


「なんだ、あのうらやましいほど恵まれたイケメンは! 同じ男として許せん!」


「ちょっとあんたはうるさい」


 にぎやかなメンバーを引き連れたサクラは、人垣に視線をさまよわせたあと、気後れしたような表情を浮かべながらだが、俺の方にゆっくりと歩いてきた。

 俺の両腕には相変わらず女の子がくっついている。


「あの子誰~?」


 女の子が俺に問いかける。


「あっさっき言ってた彼女!?」


「え~! 意外なタイプ!」


 きゃっきゃと盛り上がる女の子たちから手を離してもらい、俺もサクラの傍まで歩く。

 そっとサクラの肩に手を回して、女の子たちと一部の男どもに見せびらかすように抱きしめた。


「そう、俺の好きな人。世界で一番可愛い」


 そう言ってサクラに微笑みかける。


「ひぇっアッシュさんっ」


 サクラの顔は真っ赤だ。


「きゃー!! いい!!!」


「やばい! イケメンのガチ微笑み、尊!!」


 黄色い歓声が上がる。

 外野は無視して、固まったままのサクラを見つめる。そっと頬に手を添え、顔にかかった髪を払いのけてやりながら話しかける。


「試験ご苦労様。疲れただろう?」


「あ、ありがとうございます。へとへとです」


「そうだろう。さ、帰ろう」


 そう言って歩き出そうとしたところ、サクラのクラスメイトが話しかけてきた。


「えー用事があるとは言ってたけど! イケメン嫌いの桜が、超がつく程のイケメンとデートなんて!」


「めずらしー」


 快活そうな女子が、にやりと笑う。


「あの、樋本さんとどういう関係ですか?」


 大人し気な青年が声をかけてきた。中性的な顔の男で眼鏡を掛けている。

 以前に犬の姿でサクラを迎えに似たときに、こいつはサクラを好きなんじゃないかと感じた相手だ。

 俺と彼の視線が重なる。にらみ合いとまではいかないが、俺としてはライバルに応えてやれるほどの余裕はないのだ。


「……親しい間柄だけど、何か?」


「彼女のこと弄ぶつもりならやめてください」


 男は俺を見据えてきっぱりとそう口にした。


「ちょ、ちょっと春。何言ってるの!? アッシュさんはそんな人じゃないよ」


「僕は桜が心配なんだよ」


 サクラが俺を庇う様に間に入る。

 俺は男に言われたことよりも、サクラが男の名前を呼んだことの方が気になってしまう。

 仲の良さや俺には入れない関係性に焦りが生じる。


「さ、サクラ。そいつと付き合ってるのか?」


 思わず漏れた声は驚くほど貧弱で、震えていた。ショックが隠し切れていない。

 そんな俺にサクラは驚いたようで、慌てた様子で否定する。


「えっ! ち、ちがいますよ! も、もう! とにかく行きますよ!!」


「さ、サクラ」


「じゃ、みんなまた今度ね!」


 友人たちに手を振り、俺を引っ張り始めたサクラ。

 振り返ってみると、クラスメイト達は手を振ってくれたあと、反対方向に歩き始めた。あのハルとかいう、メガネのやつは、最後まで俺たちを見ていた。

 俺を睨んでいるのかと思った次の瞬間、ハルは頭の上で両手を耳のようにして、ぴょこぴょこと動かしニヤッとからかうように笑って、そのまま彼らと連れ立って歩いて行った。

 真っ赤な顔のサクラは俺を連れて帰ることに必死で、後ろで起きた出来事に気付いていない。


「なぁサクラ」


「何ですか?」


 こちらを向かずにぐいぐい引っ張り続けるサクラ。


「……俺はどうやら、からかわれたらしい。はぁ~」


「はい?」


 彼女の意味が分からないといった様子に、とりあえず両手できつめに抱きしめておく。


「うひゃ! ちょ、ちょちょちょ!!!」


 サクラは大混乱で魚のように口をハクハクさせている。

 慣れてきたサクラが俺の腕から抜け出すまで、しばらく俺はこの暖かさを甘受するのだった。


読んでいただきありがとうございます!!

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