第32話 誇り高きハーフダークエルフの戦士
エマの応急処置を済ませ、俺はカリンと地下牢に戻った。
牢屋の中は悪臭が充満し、酷い有様だった。
牢屋には5人が囚われていたが、全ての捕虜を解放することができた。中には重傷者もいたが、ヒールが間に合い死者を出さずに済んだのは良かった。
皆、何度も頭を下げて、それぞれの家に帰って行った。
被害者達は、誰かに謝罪される訳でも、賠償金が支払われた訳でもない。
ただ帰って行っただけ。
命があればこそ、ではあるが。
本当に理不尽だ。
「この世界には権利って感覚ないよな」
すると、カリンは首を傾げた。
「権利って何ですか?」
「人間に生まれながら与えられたものだよ」
「教皇と皇帝が色々決めて、市民はそれに従うだけですよ?」
「だからな……」
俺は愕然とした。
『権利』という抽象的概念を伝えることがこんなに難しいなんて。
彼らにあるのは、皇帝の一方通行の気まぐれな保護だけ。審問官に不当な扱いを受けても、泣き寝入りしかない。
市民革命が起きて、権利を手に入れる。
それは、きっとまだ何百年も先の話だ。
********
エマの一件も解決し、リリスに休みをもらった。そんな俺は今、町の雑貨屋の前にいる。
なんとっ!!
アイシャにデートに誘われたのだ。
よくある勘違いじゃない。
なにせ、本人の口から「『デート』にいきませんか?」と言われたし。
思えば、日本にいた時から通算しても、本物のデートは生まれて初めてだ。
いや、何回か女の子とご飯くらいはあるのだよ? 渡貫 彩巴とかいう……職場の後輩(美形)と仕事の帰りにラーメン行ったり。
ま、その後輩は、なぜかいつもお金を持ってないから、いつも俺が奢っていたけれど。
そんなわけで、デート初心者の俺は、いま、すごく緊張している。
俺がキョロキョロしていると、声をかけられた。
「イオさま。お待たせしました」
アイシャはスッと腕を組んできた。
今日のアイシャは、白いブラウスを着ている。私服のアイシャは新鮮で、一段と綺麗に見えた。いつもは髪をおろしているが、今日は後ろで一つにまとめてアップにしている。
歩くごとに、オレンジの良い香りがする。石鹸の香りだ。自分のあげたものを使ってくれるのは、素直に嬉しい。
正直、今の俺は、一歩進むごとに、フォーリンラブ判定を受けている気がする。俺がガキじゃなければ、大人のステージまで一気に駆け上がれるのにっ。
はぁ。
まだ背が小さくて、アイシャの顔を見上げなければならない自分に、ため息が止まらなかった。
すると、アイシャが覗き込んできた。
銀色の髪の毛がパラリと滑り落ちる。
「イオさま。早く大人になって……ね?」
(普段は無口な女の子のデレ。くっ。たまらん)
「あ、この前。俺の魔法が遅くて、痛い目にあわせちゃってゴメン」
すると、アイシャは微笑んだ。
「イオさまは後衛。わたしは前衛。死ぬ時は一緒です」
なにそれ。
まるで映画でみたプロポーズみたいだ。
(これって告白したらワンチャンいける?)
俺の心拍数は爆上がりした。
人生初めての彼女が、ダークエルフの綺麗なお姉さんってのも、かなりアリな気がする。
あ、なんかデジャヴかも?
流れ星が落ちてきた日にも、イーファと同じような会話をしたような。そして、ワンチャンは無惨に断られたのだ。
アイシャは言葉を続けた。
「……運命共同体。パーティーですし?」
(そりゃあ、パーティーメンバーは一蓮托生ですよ)
「あ、ってことは、一般的なサバイバルの話ね?」
「……はい」
アイシャはペロッと舌を出した。
(やっぱ、ワンチャンないみたい……)
その後は、バルのようなところに行った。
ゲームに出てくるような、大きな梁が剥き出しのバルで、客の大半は男どもだ。時折、喧嘩のような叫び声が聞こえてきて、店内はワイワイガヤガヤとしている。
俺は、サラダとソーセージをつつきながら、アイシャと色々な話をした。お酒のせいかは分からないが、アイシャは饒舌だった。
たいまつの明かりが揺れて、褐色の肌が美しい。
アイシャはビールジョッキをドンッとテーブルに置くと、トロンとした目つきで言った。
「うちの母はサキュバスだけれど、父しか愛さなかったんです。サキュバスなのに変ですよね? でも、わたし、そんな両親のことが、すごく好きでした」
今までアイシャが身の上話をしたことはない。お酒は人生の潤滑油というけれど、どうやら本当らしい。
ま、お子様のおれは、パイナップルジュースだけどな。
「ご両親は今は?」
「2人とも亡くなってます。異端と言われて審問官に」
(……思い出した)
俺はUTSSOの資料集で似た話を読んだことがある。
あれは確か……。
ダークエルフの父とサキュバスの母を親にもつある戦士の話。その戦士は清廉で美しく、誇り高きハーフ•ダークエルフの娘。
彼女は母親の仇を討つために、母親を死に追いやったサイファの教皇に挑むのだ。
でも、たしか。
彼女はその戦いの中で、死……。
俺は首を横に振った。
きっと、人違いだ。
きっと、母親の仇は違う人だ。
そもそも、このストーリー自体、俺の記憶違いかも知れない。
でも、怖くて。
アイシャの母親の仇の名前を聞くことはできなかった。
帰りは、2人で並んで屋敷への道を歩いた。
星がキラキラしていて、クリスマスのイルミネーションみたいだ。
一蓮托生。
で、あれば。
俺の話もすべきだろう。
「あのさ。アイシャ」
「はい」
「もし、おれが、他の世界から来たって言ったら信じてくれる?」
「信じるに決まってるじゃないですか」
アイシャは、さも当然なことのように答えた。
「こんな突拍子のないことなのに?」
「生きるも死ぬも一緒っていうのは、そういうことですよ?」
「そっか。ありがとう」
「じゃあさ……」
クンクン
俺はアイシャのうなじのあたりの匂いを嗅いだ。
パチンッ。
頬がピリピリする。アイシャにビンタされた。
「……調子にのってると、ぶちころしますよ?」
アイシャはそう言うとベーっと舌を出した。
そしてそのままタタッと駆けた。
「ちょっと。待ってよ」
俺が呼びかけると、アイシャは振り向いた。
星の光に銀髪が映えて美しい。
「イオっ。もし、元の世界に帰ることがあったら、……わたしも連れてって」
その言葉の直後、アイシャの顔が目の前にあった。
チュッ。
俺の首筋にアイシャの唇が当たった。
そして、そのままチューッと吸われた。
熱い。鼓動が聞こえる。
マナが流れ込んでくる。
アイシャは囁くように言った。
それはそれは、聞いたことがないような甘い声で。
「わたしの心を助けてくれてありがとう。これね、ママがパパを虜にしたキスなんだって。ふふっ」
俺はキスマークを付けられたらしい。
少しだけ痛痒い首筋を押さえながら、思った。
……やっぱ、ワンチャンあるんじゃない?
※※※※アイシャからご挨拶※※※※
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