第23話 真っ白な旅人。
身支度をすると、俺とカリンは早速、北の森に向かった。片道1時間程なのに、足を踏み出すたびに気温が下がっていくのが分かる。
こういうのもマナの影響なのだろうか。
「うう。寒い……」
「もうっ、だから寒いって言ったじゃないですか」
カリンはそう言うと、俺の首にマフラーを巻いてくれた。頬にたぐりよせると、まだカリンの体温が残っていた。
温かい。
やっぱ、人肌っていいな。
視線を戻すと、カリンがジト目になっていた。
「イオさまって、変態さんなんですか?」
「ってか、返すよ。お前が寒くなるし」
俺の問いかけに、カリンは、口の片端をピクピクさせて答えてくれた。
「大丈夫ですぅ。風の精霊よ……風の外套」
すると、ヒュルルと音がして、白い霧がカリンの首に巻き付いた。
「風の精霊魔法?」
「そうです。初級ですけどねっ」
なるほど。
便利なものだ。
しばらくのぼると、辺りにチラホラ雪が見え始めた。
「鹿がいるのは、この少し上ですっ」
ザッザッ。
足音を響かせて2人で歩く。
息が白い煙になって空に溶けていく。
純白の足下だけを眺めていたら、自然にカリンの足跡を目で追っていた。
俺はカリンのことを何も知らない。
「さっき、生き別れの妹とか言ってたけれど、ほんとなの?」
カリンは俺に背を向けたまま答えた。
「もちろん、嘘ですっ」
カリンは振り向くと笑顔だった。
「本当にお前ってやつは!」
俺がカリンの頭をポンポンとすると、カリンが肩をすくめた。口端が震えている。
「でも……ね、姉ならいましたよ」
「いたってことは……」
「はい。何年も前に出かけたまま、帰って来てません。たぶん、死んじゃったんだと思います」
「たぶん? それってどういう」
「んーっ。姉さんもハーフエルフだったから。審問官様に目をつけられて。連れて行かれたまま」
俺は鼻先に触れた。
腐った血と汚物の匂い。
牢屋の記憶が蘇る。
俺は歯を食いしばった。
ヒールのある俺でさえ、1ヶ月もたなかったのだ。あの拷問に何年も耐えられるはずがない。
「そうか」
「あっ、ごめんなさい。変な話。わたしの元気キャラが崩れちゃう」
少しカリンへの見方が変わってしまいそうだ。なんていうか、健気だ。
カリンが舌をペロッと出した。
「イオくん、わたしのこと可哀想とか思ってるでしょ? イオくんは弟役なんだから、クンなの。おねーちゃんに心配される側なんですっ」
いつの間にか、弟役になったらしい。
クン呼びだし。
まぁ、実際に年下ではあるのだが。
「それにしても寒いな。まさか雪原とは」
「雪があるから見つけやすいんです」
「なるほど」
「しっ」
カリンは頭を低くした。
俺も藪に隠れて、様子を窺う。
ザザッ。
藪から鹿が出てきた。
少し小ぶりだが、毛艶がいい。
「あれ、どうやって倒すんだよ」
「ちょっと待ってて」
カリンは革カバンから小型の弓を出した。ボウガンだ。弦は引いてあるらしく、そのまま矢をセットした。
辺りには鹿が葉を食べる音だけ。
カリンは水平にボウガンを構え、トリガーを引く。
ガシャン!
次の瞬間、鹿は眉間を撃ち抜かれ、倒れた。
「やりましたね! これで緑油ゲットです」
よくよく考えれば、何の得にもならないのに俺の緑油のために来てくれたのだ。
感謝しないと。
「カリンありが……」
ムギュ。
カリンに口を塞がれた。
強引に手首を引かれて、近くの大きな岩の陰に隠れた。
狩りが順調にいって、帰り道に強めの獣に遭遇するっていうのはお約束だ。だが、ボウガンもあるし、カリンなら余裕だろう。
「カリン、どうした? 一角兎でも出たか?」
カリンを見ると顔が青白くて、ガチガチと歯が鳴っていた。
一応、ヒーラーもいるのだ。
いくらなんでも、兎相手にビビり過ぎだろう。
ゾゾッ。
背中にむず痒い感覚。
辺りの空気が一瞬で数段下がった。
カリンが俺の口を塞いだ。
指先は冷たくて、震えている。
「風の精霊が教えてくれた。ぜ、絶対に声を出しちゃダメ……」
そう言われても鹿も回収したい。
岩の向こうを覗くと、さっきの鹿が凍り始めていた。
その先には、雪面に落ちる大きな影。
俺は視線を上げた。
鱗に覆われた青い翼。
その生物が動くたびに、周囲の小鳥たちが飛び立っていく。
カリンは声を押し出すように言った。
「あれは、ブルー……。ブルードラゴン。絶対に見つかっちゃダメ」
その様子で分かった。
あの竜は、圧倒的強者だ。




