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外れ女神レイピアと最強未満の最弱ヒーラー。〜〜アラサー転生者、冒険、青春、ほんのりチート。妹、イケメン化、時々ハーレム  作者: 白井 緒望


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第20話 呪われた名家。

 

 リリスは、額にかかる髪をかきあげた。


 「では、シャインスター卿、……イオと呼ばせてもらいますね。イオは、ナインエッジの建国について、どの程度知っていますか?」


 「たしか……、9人の英雄がドラゴンを倒して建国したと聞いています。9人には人族の他にエルフ等の他種族もいたとか」


 リリスは頷いた。


 「その認識で間違っていません。では、ドラゴンのトドメを刺したのは、どの英雄だと思いますか?」


 (当然すぎて、考えた事がなかった)


 「……それはもちろん、国王になった初代皇帝ワーズベルト一世なのではないですか?」


 リリスは首を横に振った。


 「実は違うのです」


 「ですが、皇帝一族はナインエッジの国民に英雄視されていますし、審問官も人族以外をモノと考えてるみたいでした」


 ドラゴンを倒したからこその英雄。その功績があってこその選民思想なのだ。


 だからもし、トドメを刺したのが他の種族だったとしたら、……国の根幹を揺るがしかねない。


 大変なことになるぞ。


 ごくり。

 俺は唾を飲み込んだ。


 リリスは少し俯くと、袖をめくった。


 「これは、当時の当主がドラゴンの返り血を浴びた時に受けた呪いです。……当家はドラゴンに呪われた家系なのです」


 呪われたのはドラゴンに恨まれたからだ。これでは誰が討伐したのか言っているようなものではないか。


 「リリスさまのご先祖様に9英雄の1人がいるんですか?」


 「はい。エスリル•シャルロット。わたしの祖母に当たる人です」


 なるほど。

 俺の中で何かが繋がった。


 人族至上主義のナインエッジ帝国にあって、エルフの一族が領地と伯爵位を与えられるという優遇。


 さっき感じた違和感の正体は、これか。

 

 あれっ。


 エスリル……シャルロット。どこかで聞いたことがある。イシュタルのお師匠さんの名前だ。


 ということは、シャインスター家と縁がある。それで、アイシャは俺のことを知っていたのか。


 「そのエスリルお婆さんって、元素の魔女 エスリル•シャルロットですか?」


 リリスは微笑んだ。


 「よくご存知で。その通りです。祖母は皇帝との契約で、今はナインエッジ帝国内に入る事はできません。でも、お婆さんなんて言ったら、祖母が怒りそう」


 見た目は若いという意味なのかな。

 ハイエルフは長寿なのだろう。


 「国に入れないのは、何でですか?」


 リリスは小さくため息をついた。


 「祖母が国内にいることは、皇帝家にとって非常に都合が悪いのです」


 「それはエスリルさんが龍殺しだからですか? でも、元素の魔女って相当に強いですよね」


 リリスは頷いた。


 「有り体な言い方ですが、皇帝一族は祖母と敵対することを恐れています」


 つまり、厄介払いの代わりに、一族に領地と爵位を安堵したということだ。


 リリスは、また話しはじめた。


 「当家の呪いの内容についてですが、3つあります。まず、19歳までしか生きられません。2つめに、子が1人しかなせません。3つめは、精霊の加護が受けられないということです」


 シャルロット家の者は精霊の加護が受けられないということか。たしか、UTSSOでもドラゴンと精霊は仲が悪かった。


 それで、エスリル•シャルロットはエルフなのに精霊に頼れずに、元素の魔女になった、と。


 「ちなみにリリスさまはおいくつなのですか?」


 「わたしは15歳です。ですので……」


 ホッ。

 100歳とかじゃなくて良かった。


 ということは19歳までは、あと4年だ。

 俺が成人するのも4年後。


 つまり、リリスの命の期限までは、俺はここに留まり呪いの解除に尽くせということだ。そしてその後は、成功しても失敗しても解放してくれる、と。


 奴隷に権利なんてない。


 本来なら、俺は一生ここに繋がれていてもおかしくない。それでも“終わったら解放する”と言うのだから、この家は良心的なのだろう。


 領民が笑っているだけのことはある。


 「ドラゴンの呪いって、子に受け継がれるんですか?」


 俺が質問すると、リリスは龍紋を撫でた。


 「はい。だけれど、わたしたちハイエルフは元々数が少ないし、呪いで子供を1人しかなせないのです。だから、たとえ継いだところで、一族が絶えるのは時間の問題……。そもそも、あと4年の間に、わたしがハイエルフの伴侶を見つけるのも無理だと思うし……ね?」


 リリスは、額に垂れてきたサラサラなプラチナブロンドの髪をかき上げると、寂しそうに微笑んだ。


 なるほど。


 人族の俺が、種馬に立候補することは不可らしい。ま、そんなことになったらイーファが泣き叫びそうだが。


 解呪できなかったら、シャルロット伯爵家は、リリスの代で途絶えるということになる。


 「でも、なんで俺なんですか? ヒールは効かなかったし」


 「祖母から聞いたのです。医神レイピアの上級魔法には、強力な解呪があるらしいの。そして、その呪文は、祖母が古代遺跡から見つけ出してくれました」


 「では、なぜ4年の猶予を?」  


 呪文が手元にあるなら、すぐに試せばいいではないか。


 「その魔法を習得するには、術者と主神との間に……少なくとも上級程度の強力なバイパスがあって、成人している必要があるらしいのです」


 つまり、俺は14歳までに上級魔術師……イシュタルと同等の実力をつけないといけないわけか。


 視線を落とす。

 すると、俺の指先は震えていた。

 俺は空いた手で、指先をギュッと握りしめた。


 ……やるしかない。


 リリスは続けた。


 「イオ。だからあなたは、4年間、ここでみっちり実力をつけて欲しいのです。それは、今後の貴方の力にもなるはず。アイシャ、こちらへ」


 アイシャが近づくと、リリスはアイシャに指先で触れた。


 「アイシャは……アサシンで、並行詠唱の達人なの。きっと、彼女から得るものは多いはずよ」


 アサシン……?

 なんでアサシンがメイドを?


 目が合うと、少しだけアイシャが不安そうな顔をした。

 

 俺は首を横に振った。

 アサシンかなんて些細なことだ。

 

 並行詠唱には苦い思い出がある。

 学べる時に学ばない事は罪だ。


 ……少なくとも、アークの件で、俺はそう思った。

 

 だから、並行詠唱は、機会があれば今度こそ身につけたいと思っていた。それに解呪の呪文。……聖句は、元素の魔女が自らの足で探し出してくれる程の貴重品だ。是非とも手に入れたい。


 そして何より、リリスとアイシャには拷問で死にかけていたのを助けてもらった恩義がある。


 イーファのことはすごく心配だ。


 でも、無鉄砲に飛び出したところで、今の無力な俺に何ができるのだろう。だから……今はここで力をつけることが正解。理屈では理解できる。


 だが。

 俺はまだ、一番大切なことを聞いていない。


 それは彼女の本音だ。


 「一つだけ聞かせてください。リリスさまは、どうしてそこまで解呪に拘るのですか? 正直、俺には、リリスさまが自分の命にそこまで執着するようには思えなくて……。先ほど、家の悲願と言っていましたが、それと関係あるのですか?」


 リリスは俺から視線を外した。

 そして、見えない空を仰ぐように、少しだけ上を向いた。


 その顔は優しかった。


 「イオ。コーラル村でナインエッジ帝国の実情を見ましたか?」


 俺は頷いた。


 「村人の表情は暗くて、兵士に怯えているように見えました。それにあの異端審問……。俺と一緒に牢屋に入れられたやつらは、あのチョビ髭に、ほとんどが殺されたのだと思います」


 そうか。


 だから俺は、シャルロット領民を初めて見たときに、すごく幸せそうだと思ったのだ。


 リリスは答えた。

 その目は、まっすぐに俺を見つめている。


 「ナインエッジの人々は皇帝の悪政に怯える日々を過ごしている。そして、サイファ神の名を使ってやりたい放題の審問官達。イオ、知っていますか? ナインエッジの首都では、毎年のように千人以上の人が異端者と決めつけられて、無実の罪で処刑されているのです。……そして、まだ皇帝は若い。サイファ教皇の言いなりです」


 リリスは言葉を止め、何回か瞬きした。

 言葉が続く。 


 俺は、吐きかけていた息を止めた。


 「……わたしは9英雄の末裔です。で、あれば、この国を正す責任がある。これは我がシャルロット家の悲願。皇帝や教皇が間違っているのならそれを倒し、女神サイファが間違えているのなら……」


 リリスのみどりの瞳の奥に潜む淀みなき決意に、俺は唾を飲み込んだ。


 言葉は続く。


 「わたしは、……その神をもたおしましょう」


 その言葉に、俺は鳥肌がたった。


 リリスはまた龍紋を撫でた。

 今度は愛おしそうに龍紋を見つめている。


 「このあざは、呪いであって、……祝福なのです」


 これはまるで、あの日にアップデートされるはずだった『サイファからの解放』だ。そして、俺は今、きっと、その超重要場面に立ち会っている。


 これは単なる偶然なのか?


 否。

 

 おそらく、俺が解決すべき問題ということなのだろう。


 だから。

 俺はこう答える。


 「……分かりました。必ず力になります」


 「よかった。……それとね、わたしも普通の女の子なんですよ? 死ぬのは怖いのです」

 

 リリスはそう言って、微笑んだ。

 その笑顔は少し幼なげで、年相応の少女のように無垢だった。

 

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