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新婚違った共同生活

「さすが烈火さんらしいですね。さて……ここで、重要な話をしなければなりません」

「……?」


 烈火は眉をひそめ、カルコスを睨む。

 隣に座る兎歌も、不安げに烈火の袖を掴んだ。


「何だよ、カルコス。 まさか、俺を捕まえる気か?」

「いいえ」


 カルコスは首を振って否定し、静かに言葉を続けた。


「そのようなことはありません。ですが、烈火さん。あなたはイノセントに搭乗し、その性能と機密に触れた」

「そうだな」

「エリシオンの試作機であり、軍の最高機密です。知った者を野放しにすることは、残念ながら許されません」


 烈火の目が細まり、声にわずかな苛立ちが混じる。


「───で? どうするつもりだ? 記憶でも消す気か?」


 カルコスは静かに息を吐き、真剣な眼差しで烈火を見据えた。


「烈火さん。私には提案があります。エリシオンの軍に加わりませんか?」


 烈火は一瞬言葉を失い、カルコスを凝視する。

 兎歌の小さな手が、烈火の手にそっと触れる。


「───なに?」

「え、烈火が……軍に?」


 カルコスは兎歌に優しく微笑むと、話を続けた。


「烈火さん、あなたは強い。イノセントを動かし、敵を殲滅したその力……エリシオンのために、ぜひ貸して欲しいのです」

「……」


 烈火は腕を組み、椅子の背にもたれたまま黙り込む。

 カルコスの言葉は正直で、隠し事のない響きだ。

 だが……烈火の胸には、どこか絡めとられるような感覚が広がっていた。

 ───まるで、巧妙に仕掛けられた網に引っかかったような。


「……人を殺せってことだろ? カルコス」


 その声は低く、鋭い。

 カルコスは一瞬目を伏せ、静かに頷いた。


「その通りです、烈火さん。戦争とは、暴力でしか守れない世界。仲間を、未来を守るためには、敵を殺すしかありません。あなたにはその力がある。エリシオンのために───人を殺して欲しいのです」


 烈火は無意識に歯を食いしばり、窓の外の海を見つめた。

 窓の外の海は穏やかで、陽光が水面にキラキラと揺れている。

 兎歌はそっと烈火の手を握り、小さな声で囁いた。


「烈火……わたし、烈火がそばにいてくれたら、安心できるよ……」

「……ッ」


 その言葉に、烈火の心が揺れた。


 烈火は戦争が嫌いだ。

 家族を、故郷を、日常を奪った戦争が嫌いだ。

 自分を慕っていた少女を、目の前で殺した戦争が大嫌いだ。


 それでも、

 戦わなければ、

 殺さなければ、

 誰も守れない、

 生き残れない、

 兎歌が死んでしまう。


「……」


 カルコスの提案は重い鎖のようだったが、兎歌を守るための道でもあった。

 烈火は深く息を吸い、カルコスをまっすぐに見据えた。


「……分かった、カルコス。乗ってやるよ。軍に入る。ただし───

 俺は俺の信じるもののために戦う。それでいいな?」


 カルコスは安堵の笑みを浮かべ、深く頭を下げた。


「もちろんです。ようこそ、エリシオンへ」


 机の上で握手が交わされ、執務室に静かな緊張が溶けた。

 烈火は兎歌の手を握り返し、不安げな瞳を見て小さく微笑んだ。


「心配すんな、兎歌。俺がそばにいる」

「うん……」


 兎歌の頬に、ほのかな赤みが差した。

 そんな二人をカルコスは見守り、静かに書類を手に取った。

 新たな戦士が誕生した瞬間であった。

 なお、性的な意味で誕生するのは、だいぶ先の話である。


~~~


 一か月が経った。

 エリシオン本国の島に移住してから、烈火の生活は一変していた。

 勤めていた建築会社をろくな挨拶もなしに退職、兎歌と共に、本国へと引っ越したのだ。


 南国の陽光が降り注ぐ丘の上に、烈火と兎歌が暮らす小さな家があった。

 白い壁に赤い瓦屋根、窓辺には色とりどりの花が咲く、簡素な住まい。

 エリシオンから支給されたこの家で、一年ぶりに再会した二人の共同生活が始まる。

 二人の暮らしは、ぎこちなくも温かな空気に包まれていた。


 朝、キッチンではトーストの焦げる匂いが漂う。

 兎歌はエプロンを着け、桜色の髪を揺らし、フライパンで卵を焼きながら叫んだ。


「烈火ー、朝ごはんできたよ! ほら、早く起きて!」


 リビングのソファで寝転がっていた烈火は、赤い髪をボサボサにしながら目をこする。


「うっせーなー。もうちょっと寝かせろよ……」

「だーめ! 訓練遅刻したら、マティアスさんに怒られるよ!」


 兎歌がぷくっと頬を膨らませると、烈火は苦笑しながら起き上がった。

 小さなテーブルを挟んで二人が座ると、ぎこちない沈黙が流れる。


 一年ぶりの再会は、幼なじみの絆を蘇らせたが、互いの新しい一面に戸惑うこともあった。

 兎歌はスクランブルエッグを飲み込み、ちらりと烈火を見る。


「烈火、ほんと強くなったよね……わたしも、置いてかれないように頑張らなきゃ」


 烈火はコーヒーを啜り、気まずそうに鼻を鳴らす。


「お前は十分やってるよ。焦んなって。……てか、この卵、ちょっと焦げてね?」

「うっ! い、言わないでよ! 頑張ったんだから!」


 兎歌が顔を真っ赤にして抗議すると、烈火はクスクス笑い、桜色の頭を軽く叩いた。

 ぎこちないながらも、二人の間に懐かしい温もりが戻りつつあった。


~~~


 同日、ハルマ基地の滑走路。

 そこでは、戦闘訓練が繰り広げられていた。

 滑走路には2機のイノセント。

 南国の風がヤシの木を揺らし、陽光がイノセントの蒼い装甲を輝かせる。


「おぉお……!!」


 烈火の操るイノセントが、驚異的な速度で滑走路を駆ける。

 ズダダダ!

 マティアス機はその動きを読み、正確にペイント弾を放つ。

 だが、烈火は機体を鋭く旋回させると、紙一重で弾丸を回避。

 弾丸は外れ、地面に赤い染みが飛び散った。


『良い動きだ、だが───』


 マティアスは小さく頷き、引き金を引く。

 次の瞬間、ペイント弾が烈火機の左腕を貫いていた。

 だが烈火は止まらない。


「まだだッ!!」


 残った右手でコンバットナイフを握り、マティアス機に突進。

 極限まで重心を落とし、一気に間合いを詰める。

 射撃直後の隙を突かれ、マティアスの反応が一瞬遅れた。


『見事だ、烈火君!』


 マティアスの声が通信に響いた瞬間、烈火機のナイフがマティアス機の胸部に突きつけられていた。

 だが───

 ───同時に、マティアス機のハンドガンが烈火機のコックピットにピタリと狙いを定めていた。

 烈火は銃口を見降ろし、唇を歪めた。


「相討ち……か。まだまだだな、俺も」

『ふむ、だが驚くべき成長だ。数か月前なら、君は私の射撃を避けきれなかったよ』


 マティアスの声に、烈火は小さく笑った。


「へっ、俺もやられてばっかじゃねーんだよ」

『そうだな。よく鍛錬している。だが……、途中の動きが良くない』

「動き?」


 烈火は首をかしげる。


『うむ。コマンドスーツは人間より的が大きい。これを忘れているから、追撃をかわし切れずに食らうのだ』

「あー……了解。中々うまくいかねぇもんだな……」


 烈火はうなだれる。

 その様子を見て、マティアスは満足げに目を細めた。


~~~


 さて、滑走路の端では、兎歌のイノセントも訓練をしていた。

 イノセントはライフルを構え、訓練用の標的ドローンに向かって乱射する。

 バシュ、バシュ!

 だが、ペイント弾はドローンにかすったものの、命中とはいかない。

 焦った兎歌は乱射するが……弾切れ!


「え、ウソ!」


 リロードの隙を突かれ、ドローンからの反撃が飛ぶ。

 バン!

 赤いペイント弾がメインカメラを直撃し、視界が真っ赤に染まる。


「うわー!?」


 バランスを崩したイノセントは倒れそうになるが、咄嗟に烈火機が割り込んで受け止める。

 辛うじて地面への激突を回避し、ぐったりする兎歌機。

 その様子を見て、マティアスは通信をつなげた。


『ふむ、追い詰められると動きが単調になりがちだね』

「う……ッ」

『……窮地でも冷静さを保つ訓練が必要だ』


 マティアスの冷静な指摘が突き刺さる。

 その言葉に、兎歌はメインカメラの赤いインクを眺め、項垂れた。


『はい……ごめんなさい、マティアスさん……』


 烈火が通信越しに笑い声を漏らす。


『おい、兎歌! 焦りすぎだ。落ち着いて撃てよ!』

『う、うるさいよ! わたしだって頑張ってるんだから!』


 兎歌の声が拗ねたように響き、滑走路に小さな笑いが広がる。


 と、通信パネルに、別の声が割り込んだ。

 穏やかな声……カルコスである。


『訓練は順調なようですね。素晴らしい』

『んあ?』

『カルコス、さん?』


 目を瞬かせる烈火と兎歌。

 そんな二人に、カルコスは微笑んだ。


『連絡ですよ。訓練が終わったら、第2ミーティングルームに来てください』

『お、おう……』

『は、はい……』


 烈火と兎歌は通信パネル越しに顔を見合わせた。

 烈火は眉をひそめ、呟く。


『何だよ、また面倒な話か?」

『うーん……何か大事な話かもよ?』


 烈火は肩をすくめ、コックピットハッチを開いた。


「まぁ、行ってみりゃ分かるさ。兎歌、さっさと片付けてこいよ」

「う、うん……!」


 兎歌は小さく頷き、赤いペイントに塗れたイノセントを動かし、基地の格納庫へと向かった。

 南国の陽光が、そんな二人の機体を照らしていた。


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