病室での一幕、セレーナの場合
場面は変わり、小さな島に建てられた病院へ。
冷たい白光に照らされた病院の一室。
無機質な壁と機械音が響く部屋、ベッドには二人の少女が横たわっていた。
一人は長い栗毛をベッドに広げ、豊かな胸を上下させるノエル・コットン。
もう一人は幼い身体に赤毛の少女、ユナ・ヴォルタ。
二人とも包帯に覆われ、生命維持装置のモニターが弱々しい鼓動を示している。
エピメテウス襲撃の傷は深く、辛うじて一命を取り留めたものの、意識が戻る可能性は低いと医師から告げられていた。
「……」
病室の窓辺に立つのは、海色の髪をなびかせるセレーナである。
エリシオンの代表を務める少女で、その豊満な胸と気高くまっすぐな雰囲気は、まるで神話の女神のようだ。
しかし、セレーナの青い瞳には深い悲しみが宿っていた。
セレーナはベッドの二人を眺め、唇を噛む。
「ノエル……ユナ……。子供たちが、こんな目に……」
セレーナは胸に手を当てて俯く。
その声は震えていた。
「これまで、どれだけ多くの人を失ってきたか……。
それでも、この子たちはまだ年端もいかないのに。
犠牲者の中でも、最年少の部類だわ。
私が……私がもっとしっかりしていれば、こんなことには……」
セレーナの言葉は、罪悪感と無力感に満ちていた。
エリシオンの代表として戦いを導いてきたが、その実態はギンの傀儡である。
その事実が、心を苛む。
気高くあろうとする心と、操られる現実の間で、少女の胸は締め付けられる。
と、その背後から、静かな足音が近づいてきた。
黒服に身を包んだ護衛、ネビュラである。
豊満な胸が黒いユニフォームを押し上げ、物静かな雰囲気を漂わせるネビュラ。
「セレーナ様、貴女は精一杯尽力なさっています」
セレーナの肩にそっと手を置き、穏やかに語った。
セレーナが振り返ると、ネビュラの黒い瞳と視線が交錯する。
「ネビュラ……」
「どれだけ努力なさっても、戦いには犠牲がつきものです。ノエル様もユナ様も、セレーナ様のせいでこうなったわけではございません。お二人はエリシオンのために戦ったのです。貴女がその責任を背負う必要はございません」
正論ではある。
だが───
セレーナは目を伏せ、声を絞り出した。
「わかってる……わかってるけど、ネビュラ。彼女たちの笑顔を思い出すたび、胸が痛むの」
「セレーナ様……」
「あの子たちがこんな目に遭うなんて、許せない。私が、何もできないから……!」
セレーナは目を伏せる。
セレーナにとって、二人の少女は見知らぬ相手ではない。
かつて、訓練所で見たことがある相手だった。
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それは数年前、エリシオンの訓練所への視察の日だった。
巨大国家に比べ、人的資源で劣るエリシオンは、高いネクスター適正を持つ子供たちを、兵士として育成している。
到底、人道的とは呼べないことだが、生き残るためにはきれいごとは言っていられないのだ。
さて、そんな 訓練所にて。
そこでは熱帯の風が吹き、陽光が子供たちの汗と笑顔を照らしていた。
セレーナが訓練場に足を踏み入れると、子供たちが一斉に彼女に群がってきた。
「セレーナ様!」
「見て見て、僕の射撃、うまくなったよ!」
「セレーナ様、これこれ!」
小さな手が次々にセレーナのユニフォームを引っ張り、弾けるような笑顔が取り囲む。
セレーナは微笑み、一人ひとりに優しく声をかけた。
セレーナは屈んで子供たちの目線に合わせ、頭を撫でたり、握手をしたりする。
その豊満な胸がユニフォームを押し上げる姿は、まるで母のような温かさを漂わせていた。
と、セレーナの視線が少し離れた場所へと向く。
そこは庭の片隅。少女が年下の子供たちを見守っていた。
ノエル・コットンである。
ゆるふわな栗毛が揺れる少女は、穏やかな笑顔で小さな子に水筒を渡す。
相手は年下の赤い少女───ユナ・ヴォルタ。
「ほら、ちゃんと水分取らないとだよ。頑張りすぎないでね」
「う……うん」
ノエルの声は優しく、ユナは少し照れたように頷いた。
ユナは内気な少女なので、声も小さいのだ。
セレーナはそんなノエルの姿を遠くから見つめ、心の中で思う。
(あんな子もいるのね……。それが、戦場に行くなんて……)
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現実に引き戻され、セレーナは俯いたままだった。
病室の冷たい光が、ノエルとユナの眠る姿を照らしている。
二人とも動かず、響くのはモニターの音だけ。
その光景を見て、セレーナの胸に、罪悪感と無力感が重くのしかかる。
「ノエル、ユナ……ごめんなさい。私が、もっと強くならなきゃ……」
ネビュラは首を振り、穏やかに言った。
「セレーナ様、貴女は十分に尽力なさっています。どうか、ご自身を責めないでください」
「うん……」
ネビュラは静かに頷き、セレーナの手を握る。
「セレーナ様のお気持ち、痛いほど理解いたします。しかし、貴女はエリシオンの希望。
ノエル様もユナ様も、貴女のために戦った。
その意志を無駄にしないためにも、前に進まなければなりません」
「ネビュラ……ありがとう」
セレーナはネビュラの手を握り返し、涙を堪えた。
「でも、私にはまだ足りないものがある。もっと強くならなきゃ。こんな犠牲を繰り返させないために」
「そのお気持ちがあれば、セレーナ様は必ず強くなれます。ノエル様もユナ様も、きっと貴女を応援しておりますよ」
ネビュラは小さく微笑み、丁寧に答える。
その言葉に、セレーナは小さく息をつき、踵を返した。
「そうね、今は立ち止まっていられない。この後の予定は?」
「この後、レヴァンドでの会合がございます。戦力再編とノヴァ・ドミニオンの動向について議論する予定です」
ネビュラは冷静に応じる。
セレーナは頷き、海色の髪を揺らしながら歩き出した。
「そうね。状況はどんどん変わるし、。やらなきゃいけないことは山ほどある。今は、私にできることをするしか、ないのよね」
セレーナの決意に、ネビュラは静かに続いた
セレーナは、ノエルとユナの眠るベッドを一瞥し、病室を後にした。