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ゲイル・タイガーを手に入れた!

 時間は少し遡る。

 砂漠の片隅、高山地帯の岩山が連なる荒涼とした場所。

 一頭のヤギが、岩の間を縫うように歩いていた。

 先日の白い閃光――核ミサイルの爆発以来、空気が騒がしい。


 ヤギは、落ち着かない様子で草をはむ。

 風が砂塵を巻き上げ、不穏な静寂が漂う。


「メェエ……エ?」


 突然、空から赤い人影が降り立ち───

 ヤギの首をナイフで一閃。


 ドシュッ───


 鮮血が岩を染め、ヤギが倒れる。

 人影はヤギが絶命したことを確認し、小さくうなずいた。

 烈火・シュナイダーだった。


「これでヨシ……っと」


 赤い髪を汗で濡らし、パイロットスーツに砂埃をまとった彼は、仕留めた獲物を軽々と担ぎ上げる。

 鋭い目が周囲を警戒しながら、烈火は岩山の洞窟へと歩き出した。


 ~~~


 洞窟の奥では、兎歌・ハーニッシュが焚き火に枝をくべていた。

 桜色の髪は火の光に揺れ、パイロットスーツもまた砂と汚れにまみれている。

 そこへ、ヤギを肩に担いだ烈火が戻ってきた。

 兎歌は驚いたように目を丸くし、烈火はニヤリと笑う。


「よ、今日の食料だ」

「烈火! またこんな大きい獲物……!」


 兎歌は少し頬を膨らませつつ、目の前に置かれた獲物を受け入れた。

 兎歌も雌の兎なので、雄が持ってきた食料には逆らえないのだ。


 二人はヤギを解体しながら、焚き火のそばで話し始めた。

 ザク、ザク、ピチャ、ピチャ。

 ナイフが肉を切り、血が岩に滴る。

 兎歌の声に、心配が滲む。


「シャオ……それにヘルメスも、どこに行ったんだろう。

 死体がないから、きっとどこかで生きてるよね?」


 烈火は手を止め、首を振る。


「さあな。何も見つけられなかった。そっちは?」

「ううん……わたしも、何も」


 兎歌の声が小さくなる。

 核の爆発後、シャオとヘルメスの行方はわからない。

 死体がないことは希望だが、確証はない。

 二人は黙々と解体を続け、探知機でヤギの状態をチェックした。

 電子音声ハミットが、無機質に告げる。


『汚染レベル:安全。食用に適しています』


 烈火は小さく頷き、兎歌は安堵の息をつく。

 少なくとも、食料は確保できた。

 二人は焚き火のそばに座り、寄り添う。

 兎歌の心細さが、彼女を烈火に近づけさせた。


「ねぇ……烈火……」


 兎歌は烈火の腕を取り、胸を押し付けるように身を寄せる。

 パイロットスーツ越しに、豊満な胸の柔らかな感触が伝わってきた。

 紅い目が一瞬揺れ、思わず歯を食いしばる烈火。


「兎歌、テメェ……ッ」


 烈火だって男だ。

 普段は抑えているが、性欲は確かにそこにある。

 荒野での孤独と、生き延びた安堵が、彼の理性を揺さぶっていた。

 気づかない兎歌は、無防備にパイロットスーツの前を開け、谷間を押し付けるように腕を抱いてきた。

 その瞬間、烈火の理性が正しく機能した。

 挑発してくる女をどのように扱うべきか───。


「きゃあ!?」


 ドシャッ!!

 烈火の屈強な腕が兎歌を押し倒し、桜色の髪が岩に広がった。


「あ……烈火……」


 兎歌は驚いたように息を呑むが、抵抗はしない。

 桜色の瞳に、信頼と僅かな怯えが宿る。


「お前のせいだからな。挑発ばっかりするから」

「うん……」


 ………

 ……

 …


 しばらくして、ことを済ませた二人は、焚き火のそばでやや照れたように服を着直していた。

 ややぎこちないながら、会話を再開する二人。


「あ、そこの枝とって」

「……おう」


 兎歌はヤギの肉を焼き、烈火は枝を折って火にくべる。


 言葉は少ないが、二人の間には、生きていることの確かな絆があった。


「烈火、肉、焼けたよ」

「あぁ、腹、減ったな」


 烈火は肉を受け取り、二人で分け合った。

 コンバットナイフで無理やり切り分けた肉は、見かけの割に美味い。


「意外といけんな、これ。いつかのドブネズミより美味ぇよ」

「もう……そんなもの食べなくていいんだよ、烈火」

「……そうだな、ん?」


 その時、洞窟の入り口に待機させていたブレイズのセンサーが、微かな生体反応を捉えた。

 アラート音が小さく響き、その音に烈火は振り向く。

 ピロンッ

 パイロットスーツの投影パネルを呼び出し、データを確認する。


「何だ、これ……?」


 パネルの表示は、遠く微かな生体反応を示していた。

 だが、友軍の反応コードではない。

 おそらく、敵───あるいは未知の存在だ。


 烈火と兎歌は顔を見合わせた。

 緊張が走る。


「これは……」


 兎歌の声が震え、烈火の目が鋭く光った。


「どうする?」

「ど、どうって……見に行くしかないよぉ……」

「……そうだな」


 烈火は小さくうなずき、首をコキリと鳴らした。


〜〜〜


「……ッ」


 ゲイル・タイガーは、焚き火の爆ぜる音で意識を取り戻した。

 パチパチ……パチ……。


「う、あ……」


 頭痛と空腹でぼやける視界が徐々に鮮明になり……

 目の前に、赤毛の青年と桜髪の少女の姿が浮かぶ。


 二人ともエリシオンのパイロットスーツを着ている。

 ゲイルは反射的に身構え、岩の地面に手をついて後ずさった。


「ここ、は……? いや、貴様たちは!」


 ゲイルの声には敵意が滲む。

 だが、烈火は呆れたような目で視線を向けた。


「後にしてくれよ。面倒くせぇ」


 ゲイルが腰のナイフに手を伸ばすと、烈火は苛立たしげに叫ぶ。


「肉を焼いてんだよ! 見えねえのか!」


 烈火は焚き火の上、串刺しで焼けるヤギの肉を指さす。

 その気迫に押され、ゲイルは一瞬動きを止め、ゆっくりと腰を下ろした。


「肉……だと」


 烈火の言葉には、確かに戦う意思が感じられない。

 ゲイルは周囲を見回した。

 完全な自然の洞窟だ。

 入り口の外には、砂と星空が広がり、どこまでも続く砂漠が静かに横たわる。

 その光景に、ゲイルは思わず息を呑んだ。


「こんなところで戦っても……何にもならんな」


 ゲイルの呟きには、深い疲弊が滲んでいた。

 広大な自然を前に、人間同士の争いが途方もなく小さく、恥ずかしいものに思えたのだ。

 ふと、ルシアの最期を思い出し、声を絞り出した。


「ルシアは……どうなった?」


 烈火は焚き火を見つめたまま、淡々と答える。


「……青い髪のヤツか。わかってんだろ」


 その言葉に、ゲイルは黙るしかなかった。

 ルシアの弱々しい声、彼女のヘルメットの傷、放射能に蝕まれた最期が脳裏をよぎる。

 ドレッドの黒焦げの亡魂、ヴァーミリオンのクルーたちの死……失った仲間の顔が次々と浮かび、ゲイルの目から涙がこぼれ落ちる。

 ゲイルはヘルメットのバイザーを外し、掌で顔を覆った。


「そう……か……」


 烈火と兎歌は、ゲイルのことを何も知らない。

 だが、彼がすべてを失ったことを察していた。


 どうして一人だけだったのか、分かるだけに、かける言葉が見つからない。

 兎歌の桜色の瞳が悲しそうに伏せられ、焚き火のそばで膝を抱える。

 その一方、烈火は淡々と肉を焼き、串をゲイルに差し出した。


「食え。死にたくなければな」

「……ああ」


 ゲイルは串を受け取り、黙って肉にかじる。

 ガブリ。

 ヤギの肉の香りが、荒野の冷たい空気に混じり、口内を満ていく。

 ゲイルは咀嚼しながら、小さく首を振った。


「俺の祖国……シグマ帝国は、俺たちを裏切った。

 核ミサイルで、すべてを消そうとしたんだ。

 ヴァーミリオンも、俺たちも……ただの生贄……俺たちは、何だったんだろうな」


「……」


 烈火は憮然とした目でゲイルを見つめる。

 その視線は、焚き火の光に赤く照らされていた。


「はんっ。どいつもこいつも、似たようなもんだな」


 その声には、シグマへの軽蔑と、どこか諦めが混じっていた。

 兎歌はゲイルの言葉を聞き、豊かな胸を締め付けられるように手を握る。


「そんな……ひどい……」


 兎歌の呟きは小さく、焚き火の爆ぜる音にかき消されしまった。

 ゲイルは再び肉を齧り、空を見上げる。

 見上げた星空は冷たく、砂漠の風だけが星を瞬かせていた。


「人間は、己の保身のためなら何でもする。

 ……俺も、所詮その一人だったのかもしれん」


 洞窟に沈黙が落ちる。

 烈火は新たな枝を火にくべ、兎歌はゲイルをそっと見つめる。

 ゲイルは涙を拭い、串を握りしめた。


 三人は、敵同士だったはずなのに、今はただ、生き延びた者として焚き火を囲んでいる。


「……なぁ」


 烈火は肉を飲み込むと、ゲイルに問いかけた。


「お前……、これからどうすんだ?」


 ゲイルは焚き火を見つめ、考え込んだ。

 シグマ帝国に裏切られ、ヴァーミリオンも仲間も失った。

 バーキッシュは残骸となり、帰る場所も行くべき場所もない。


 軍人の誇り? この砂と星空だけの世界で、それは何の役に立つ?

 ゲイルは肉を飲み込み、低く答える。


「わからん……だが」


 ゲイルは烈火と兎歌を見据え、深々と頭を下げた。


「感謝する。敵である俺を助けてくれたこと。貴重な食料を分けてくれたことを」


 兎歌が驚いたように目を丸くした。

 ゲイルは静かに続ける。


「貴様たちから見れば、シグマ帝国は悪の巣窟かもしれん。

 我らヴァーミリオン隊は、悪の先兵だっただろう。

 街を焼き、人を殺し、のこりを奴隷に変えた。

 だが、それでも……我々にも、感謝の心が、あるのだ」


 かつてのヴァーミリオン隊隊長の男は、頭を下げたまま、感謝を告げた。


「ありがとう。名も知らぬ勇者よ」


 彼の声は、軍人としての冷徹さを超え、人間としての誠実さを帯びていた。

 ゲイルは殺人を厭わぬ男だ。

 良心の呵責など、戦場でとっくに捨て去った。

 だが、感謝の心まで捨てることは、人間としての最後の一線を失うように思えたのだ。

 兎歌はゲイルの言葉に胸を締め付けられ、呟く。


「人間、なんだね。機械じゃなくて……」


 兎歌の桜色の瞳には、これまで戦ってきた相手もまた人間であるという実感が宿っている。

 シグマの蛮行、エリシオンの抵抗───そのすべてが、同じ人間の業だった。


 烈火は無言でゲイルを見つめ、突然、手を差し出した。


「行くとこないなら、来ねえか?」

「烈火!?」


 兎歌は驚きの声を上げ、ゲイルも一瞬目を瞬かせる。

 だが、烈火の目は真剣だ。

 彼は無闇に手を差し出したわけではない。


「お前たちが滅ぼした国でな、生まれた仲間がいるんだ。

 お前を連れて行けば、ソイツは復讐できるかもしれねぇ」


 烈火の言葉には、橙色のお団子ヘアのメカニック、菊花の影がちらつく。

 彼女はヴァーミリオン隊に故国を滅ぼされた者だ。


「はは……ッ」


 ゲイルはその言葉に、思わず笑い声を上げた。

 低く、だが心から響く笑い。


「ハハハハッ!」


((この男は、自分を殺すために連れて行こうとしているのか! なんて男だ!))


 ゲイルの大笑いは、洞窟にこだまする。

 今さら命を惜しむ理由もない。

 ゲイルは烈火の手を取り、力強く握った。


「いいだろう。ソイツの気が晴れるなら、この命、くれてやってもいい。

 どうせ死ぬはずだった身だしな」


 ゲイルの金髪が焚き火の光に揺れ、切れ長の目に、微かな解放感が宿る。

 烈火はニヤリと笑い、兎歌は複雑な表情で二人を見つめる。

 焚き火の爆ぜる音が、砂漠の夜に響く。


 敵だった三人が、同じ火を囲み、奇妙な絆で結ばれていた。

 星空の下、ゲイルの新たな旅が始まろうとしていた。

次回予告

 シグマ帝国三本槍。その筆頭を連れ帰ってきた烈火に、エリシオンは騒然となる。

 許せないもの、興味のないもの、面白がるもの

 だが、烈火のこの行動が、エリシオンの未来を大きく変えていた。


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