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実験用少女、リエン・ニャンパ

 モニターに映るプロメテウス隊の戦闘データが、研究者たちの視線を釘付けにしている。

 映像の中には、彼らが求めてやまないネクスターの存在が映し出されている。

 しかし、この力をどうやって手に入れるのか?

 主任研究員エドガーはしばらく考え込んでいたが、腕を組んだまま低い声で切り出した。


「プロメテウスを直接叩くのはリスクが高い。エリシオンとの全面戦争は避けたいところだ」


 グラントが眼鏡を押し上げ、老練な口調で応じる。


「だが、彼らのデータを取らずに放っておくわけにもいかん。ネクスターの自然発生例として、これ以上の標本はない」


 リナがタブレットを手に提案する。


「なら、間接的にどうです? 東武連邦にテストパイロットと機体を貸し出せばいい。連邦はエリシオンの攻撃で消耗してるから、戦力を欲しがってます。断る理由がないはず」


 エドガーの唇がわずかに歪む。


「悪くないな。連邦に戦わせて、俺たちは労せずに戦闘データを集められる。プロメテウス隊と正面からぶつければ、ネクスターの能力がどこまで通用するかも分かる」


 グラントが頷き、補足する。


「機体はテスト用の新型を用意しよう。パイロットには……リエンを使え。あの子なら、プロメテウス隊に匹敵するデータを引き出せるはずだ」


 リナが一瞬眉をひそめるが、すぐに表情を戻す。


「リエンなら確かに……でも、あの子にそんな負担をかけて大丈夫ですか?」

「負担? ネクスターをここで使わずしてどうする? それに、アレはドミニオンのために生きているんだ。躊躇う必要はない」


 エドガーの声は冷酷だった。


 策が決まり、研究者たちの視線がコロニーの格納庫へと移る。

 コロニー『C-9』の格納庫は、金属と油の匂いに満ちていた。

 無数の機械音が響き合い、テスト用の機体が整備員の手で調整されている。

 その中央に、球形のコックピットシミュレーターが設置されていた。

 実際のコマンドスーツのコックピットボールを改造したものだ。


 黒色のドーム内で、少女が静かに座っている。

 リエン・ニャンパ。

 小柄な体に、不思議なデザインのパイロットスーツがぴったりと張り付いていた。

 コードが絡み合うヘルメットが頭を覆い、前髪が長く伸びて顔のほとんどを隠している。

 わずかに見える口元は小さく、気弱そうな印象を与える。

 だが、スーツ越しに際立つトランジスタグラマーな体型は、少女らしさと大人の魅力を奇妙に融合させていた。


「リエン、準備はいいか?」


 格納庫のスピーカーからエドガーの声が響く。

 リエンは小さく頷き、震える指で操縦桿を握る。


「は、はい……動かします」


 シミュレーターの画面が起動し、仮想戦場が広がる。

 敵機として映し出されたのは、東武連邦のシェンチアンだ。

 リエンの瞳がヘルメットのバイザー越しに光を反射し、シミュレーションが始まった。


 ガガガガッ!

 画面内のシェンチアンがアサルトライフルを連射し、リエンの機体へと迫る。

 だが、彼女の指が操縦桿を軽く動かした瞬間、機体が滑るように横に逸れた。


 ドゴォオンッ!

 リニアキャノンの弾体が空気を焦がすが、リエンはそれをまるで予見していたかのように回避。

 次の瞬間、彼女の機体が反転し、レールガンが敵機の胴体を貫いた。


 ズガァンッ!

 シェンチアンが爆発し、黒煙が画面を埋める。

 リエンの小さな息遣いがコックピット内に響く。


『撃ちました……次、ください』


 格納庫の観測室では、研究者たちがモニターに映るデータを食い入るように見つめていた。

 グラントが数値を読み上げる。


「反応速度0.25秒、状況予測スコア94……ブレイズのパイロットとほぼ同等だ。いや、安定性では上回ってるかもしれない」


 リナが目を丸くする。


「安定性? リエンの数値って、そんなにブレがないんですか?」

「そうだ。あの子は感情の起伏が少ない。恐怖や迷いが少ない分、予測能力が極めて高い精度で発揮される」


 エドガーが冷たく答えた。


「まぁ、ネクスターは精神波を扱う都合上、精神もクソもないシミュレーションで測るのは難しいがな……」


 と、苦々しい顔で付け足す。

 モニターに映るリエンの脳波パターンが、驚くほど平坦に流れている。

 幼少期にノヴァ・ドミニオンに拉致され、兵士として育てられた彼女は、忠実に命令に従うよう調教されていた。

 気弱な性格とは裏腹に、戦場では機械的な正確さで敵を殲滅する───それがリエン・ニャンパだった。


 シミュレーションが次のフェーズに移り、今度は複数の影……シグマ帝国のコマンドスーツ『タイタン』が同時に襲いかかる。

 リエンの指が操縦桿を滑らかに動かし、機体が舞うように敵の攻撃を躱す。


 ヒュオッ! ガキィンッ!

 電磁ブレードが一閃し、敵機を次々と切り裂く。

 爆発音が連続し、画面が火花と煙で埋め尽くされた。

 リエンの声が小さく震えた。


『全部……倒しました……』


 観測室で、エドガーが満足げに頷く。


「完璧だ。リエンのネクスター適性はプロメテウス隊に引けを取らない。こいつを連邦に送り込めば、奴らとの直接対決でさらに詳しいデータが取れる」


 グラントが眼鏡を外し、疲れた目でモニターを見やる。


「機体はテスト用の新型『サーペント・ガレル』を用意しよう。光学迷彩と高機動性を備えた機体だ。リエンならその性能を最大限に引き出せる」


 リナが少し躊躇いながら口を開く。


「でも、リエンを連邦に送るってことは、実戦に投入するんですよね? もしプロメテウス隊と戦って……貴重なネクスターが死んだりしたら?」

「その時はその時だ。あの子はドミニオンの資産だ。使い潰す覚悟は最初からある」


 エドガーの声に感情はなかった。

 格納庫のコックピットボール内で、リエンがヘルメットを外す。

 長い前髪が顔を覆い、わずかに見える瞳が虚ろに揺れていた。

 小さな手がスーツのコードを外し、静かに立ち上がる。


「任務……終わりました。次は何をすればいいですか?」


 スピーカーからの返答は単純だった。


『そこで待機していろ』

「……はい」


 リエンはただ、命令を待つだけの存在だった。


~~~


 コロニーの格納庫に、テスト機『サーペント・ガレル』のシルエットが浮かび上がる。

 薄暗い光の中で、その機体は圧倒的な存在感で佇んでいた。

 全体として、機動性と火力を両立させた異形の巨体は、怪物じみた威圧感を漂わせていた。


 その姿は、プロメテウス隊の『ブレイズ』の2倍近い巨体を誇り、中心のコマンドスーツを包み込むように無数の追加パーツが組み込まれていた。

 背中には巨大なリアクターを搭載したバックパックが聳え、突き出た荷電粒子砲からは青白いエネルギーの脈動がその表面を走る。

 肩には大型のスラスターが備わり、噴射口から微かな熱が漏れ出していた。

 そして下半身は、まるでブーケをひっくり返したような巨大なスカート状の装甲に覆われ、その内側には無数の小型推進ユニットが隠されている。


 格納庫の中央で、リエン・ニャンパが無表情にサーペントを見上げていた。

 小柄な体に不思議なデザインのパイロットスーツを纏い、長い前髪が顔を覆い隠している。

 コードのつながったヘルメットを手に持つ彼女の瞳は、感情の揺れを見せず、ただ静かに機体を眺めていた。


『リエン、準備はいいか?』


 観測室からエドガーの声がスピーカーを通して響く。

 リエンは小さく頷き、震えるような小さな声で答えた。


「はい……いつでも動かせます」


 格納庫の周囲では、研究員たちが動き回り、専門用語の塊の会話をしていた。

 整備員がタブレットを手にサーペントのスペックを確認し、互いにデータを読み上げ合う。

 グラントがモニターに映る数値を指差しながら口を開く。


「リアクター出力はシェンチアンの3倍。ブレイズのリアクターとも渡り合えるはずだ」

「武装も桁違いです。肩の荷電粒子砲は火力と射程でリニアキャノンを上回る。単純な破壊力なら、機動要塞の主砲を上回っています」


 リナが隣で頷き、補足する。

 エドガーが腕を組んで満足げに呟く。


「それだけじゃない。この機体の真髄は、次世代型制御システムだ。次世代型アニムスキャナーによる脳波コントロール───ネクスターの能力をフルに引き出す設計になっている」


 モニターに映し出されたサーペントの内部構造図が拡大される。

 コックピットには、無数の感応パネルが張られ、パイロットの脳波をより直接的に機体に伝達する仕組みが示されていた。

 グラントが眼鏡を押し上げて解説する。


「電線ではなく、E粒子を神経触媒として機体と接続する。これならタイムラグは大幅に減り、リエンの予測能力がそのまま機体の動きに反映される」


 リナが少し不安げに呟く。


「でも、このタイプのスキャナーって未完成で、負担が大きいですよね? リエンの身体が持つのかな……」

「負担は覚悟の上だ。あの子はドミニオンの最高傑作なんだから、多少の無理は利くさ」


 エドガーの声には冷たい確信があった。

 格納庫の中央で、リエンがコックピットへと近づく。

 サーペントのハッチが音もなく開き、小さな身体がゆっくりと乗り込んだ。

 ヘルメットをかぶり、スーツの接続端子が自動的に機体とリンクする。

 コックピットのモニターが起動し、リエンの精神波が波形となって映し出された。


「システム起動……アニムスキャナー、接続」


 リエンの小さな声がコックピット内に響き、機体が微かに震え始めた。

 背中のリアクターが低く唸りを上げ、スラスターから青い噴射炎が漏れ出す。格納庫の床が振動し、整備員たちが一歩下がる。

観測室で、グラントが目を細めてモニターを見つめる。


「脳波同期率、98%……驚異的な数値だ。リエンのネクスター適性がここまでとはな」


 エドガーが唇を歪めて笑う。


「これならプロメテウス隊にも対抗できる。いや、超えるかもしれない。連邦に貸し出して実戦データを取れば、ネクスター研究は一気に進む」


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