研究者たちは見つめる
灰色の雲が厚く垂れ込めた空の下、大陸東の海洋国家『レヴァンド』の海辺に、硝煙と鋼の残響が漂っていた。
波が砕ける音さえもかき消すほどの轟音が響き、かつては穏やかな漁村だったこの島国に、東武連邦の侵攻が牙を剥いていた。
だが、その牙は今、折られようとしていた。
海を切り裂くように浮かぶ連邦の海上空母『ウーシュー』。
全長350mの巨体で、甲板には多くの戦闘機『ピャオフー』やコマンドスーツ『シェンチアン』が並び、けたたましい駆動音を響かせながら砲火を吐き出していた。
シェンチアンたちが次々に上陸し、レヴァンドの制圧を目論む。
しかし、空を赤く染める一筋の閃光が、その威圧的な姿をにらむ様に突き進む。
「識別確認、エリシオンです!」
「敵襲! 敵襲ー!」
レヴァンドの防衛線に立つ兵士たちの声が上がる。炎じみた赤い機体、『ブレイズ・ザ・ビースト』が空を裂き、リパルサーリフトの反重力を纏い、音もなく砂浜へと急降下。
烈火・シュナイダーの鋭い瞳がコックピット内で燃えていた。
「来やがれ、連邦の鉄クズども!」
ブォンッ!
ブレイズの両腕が動き、マルチプルユニットが展開。
右手に粒子ブレードが青白く輝き、左手の粒子バルカンが唸りを上げる。
砂浜の地面を踏み込むと、濡れた砂が巻き上がる。
一瞬にしてシェンチアンの群れに突っ込み、斬撃と弾幕が嵐のように炸裂した。
斬───ッ!
E粒子ブレードが超鋼の装甲を切り裂き、火花が飛び散る。
続けて粒子バルカンが低く響き、左から接近してきた2機目を粉砕。
よろけたシェンチアンが倒れる間もなく、烈火は右腰のE粒子ライフルを引き抜き、引き金を引いた。
ドゴォオンッ!
高圧縮された荷電粒子が放たれ、3機目の上半身が吹き飛び、黒煙を上げて海面に沈む。
「次だッ!」
烈火の叫びが戦場に響き、ブレイズが再び跳躍する。
ジェットパックとリパルサーリフトにより、機体は重力から解き放たれ、宙を舞う。
その機動性の高さは、連邦のシェンチアンをまるで玩具のように翻弄していた。
一方、空の彼方から桜色の影が滑り込む。『リリエル・ザ・ラビット』。
兎歌・ハーニッシュが操るこの機体は、ウサ耳アンテナを揺らし、四脚のケンタウロス型フレームで軽やかに着地。
背中の大型コンテナが開き、無数のドローンが飛び出した。
ヒュヒュヒュ───!
ドローンがシェンチアンの群れに群がり、サブマシンガンの弾幕が雨のように降り注ぐ。
兎歌の鈴のような声が通信越しに響いた。
『烈火、無茶しないでね! リリエルで援護するから!』
『この程度無茶でもねぇよ! お前は下がってろ、兎歌!
『もーっ! またそれ!?』
二人のやりとりが戦場に軽やかな風を吹かせる中、空から新たな轟音が降り注ぐ。紫色の巨体、『ウェイバー・ザ・スカイホエール』が飛行形態で急降下し、ギゼラ・シュトルムの乱暴な笑い声が響き渡った。
「ハーハハ! 動きが鈍いんだよ!」
ドドドドドッ!
ウェイバーの背面ミサイルコンテナが開放され、無数のミサイルが尾を引きながら飛び交うピャオフー群を捕捉。
爆発が連鎖し、ウーシューを守るはずだった護衛機のピャオフーが爆散していく。
同じ戦闘機でも、性能が桁違いだ。
「さぁて、これでも食らっときな!」
さらに粒子キャノンが唸りを上げ、光の柱が空母の砲塔を貫いた。
ゴォオオオッ!
鋼が溶け、煙が立ち上る。
ウーシューの動きが鈍り始めた。
そして、遠くの崖の上。
光学迷彩に身を隠した『ストラウス・ザ・ホークアイ』が静かに大型スナイパーライフルを構えていた。
「目標補足。……攻撃開始」
マティアス・クロイツァーの指が引き金を引き、粒子ビームが一閃。
ドゴォオン!
空母のリアクターが撃ち抜かれ、爆発が連鎖した。
甲板が傾き、シェンチアンの残骸が海に滑り落ちていく。
「目標、殲滅完了。プロメテウスへ帰還する」
マティアスの冷静な声が通信に流れ、戦場に静寂が戻った。
防衛軍が出動する間もない、鮮やかな殲滅劇だった。
~~~
レヴァンドの海辺に煙が漂う中、4機のコマンドスーツはプロメテウスへと帰投していく。
蒼い海を背に、4機のコマンドスーツが空を切り裂き、母艦の光へと吸い込まれていった。
グォオオーン……ガコン。
ブレイズの赤い機体が格納庫へと運ばれ、機体がロックされる。
烈火はコックピットから飛び降り、ヘルメットを脱いで額の汗を拭った。
赤い髪が風に揺れ、瞳に宿る炎がようやく収まる。
「今回も、守れたか……」
小さく呟き、眼下の海に沈むウーシューの残骸を見やる。
と、リリエルが搬送されてくる。
リリエルのコックピットハッチが開き、兎歌がそろそろと降りてきた。
「ぷっは~!」
兎歌はヘルメットを脱ぎ、パイロットスーツの前を緩めると、圧迫から解放された豊満な胸が弾むように揺れた。
汗に濡れた桜色の髪が首に張り付き、少女らしい顔に疲労と安堵が混じる。
兎歌は梯子を下りながら、烈火に声をかける。
「烈火、やっと終わったね」
「おう。連邦の鉄クズども、全滅だ」
二人が顔を見合わせたその時――
「あっ!」
兎歌が降りる段差を見誤り、足を滑らせて落下。
「危ねぇ!」
烈火が咄嗟に飛び出し、両腕で受け止める。
だが、その手が兎歌の胸を……わしづかみに。
ぽよんッ。
柔らかく、弾力のある感触が掌に伝わり、二人は一瞬固まった。
「ひゃっ!? あ、あ、あの……」
兎歌の顔が真っ赤になり、鈴のような声が裏返る。
豊満な胸がパイロットスーツ越しに強調され、烈火の手の中でわずかに揺れた。
「お、お前……重てぇな……」
烈火が慌てて言い訳じみた言葉を漏らすと、兎歌が目を潤ませて睨みつける。
「な、何と!? 失礼な! 烈火のバカあッ!」
「いや、そっちこそ落ち着けって!」
その騒ぎを、プロメテウスの格納庫の隅でメカニックの菊花が見ていた。
作業着の胸元が緩く開き、深い谷間が覗く。
ゴーグルを額にずらし、菊花は呆れた声を上げる。
「なんやねん、あの二人。胸つかんでキャーキャー騒ぐとか、子供ちゃうん?」
工具を手に呆れ顔で首を振るが、その口元にはかすかな笑みが浮かんでいた。
「戦場では、あんなにカッコイイんですけどねぇ」
「飽きもせず、よくやるよな」
メカニックたちが菊花に同調する。
格納庫に響くエンジンの残響と、三人の声が混じり合う。
海上空母ウーシューは遠くで黒煙を上げ、機能を停止していた。
レヴァンドの空に、再び平和の風が吹き始めた。
戦いの熱は冷め、新たな物語が静かに幕を開ける。
~~~
成層圏を漂う冷たい闇の中、地球の青い弧が微かに輝いていた。
その高みで、巨大な衛星が静かに回転を続ける。
無機質な金属の表面に刻まれた紋章───巨大海洋にして宇宙国家『ノヴァ・ドミニオン』の象徴が、薄い陽光を反射している。
この偵察衛星は、プロメテウスを監視する無言の目として、成層圏に浮かんでいた。
衛星の内部では、無数のセンサーがデータを収集し続けていた。
レヴァンド上空での戦闘───東武連邦の海上空母『ウーシュー』の壊滅と、プロメテウス隊の圧倒的な戦果。
その映像と数値が、光速でスペースコロニー『C-9』へと送信される。
コロニー『C-9』の内部は、冷たく白い光に満ちていた。
ドーナツ形の居住区が緩やかに回転し、人工重力を生み出す中、研究施設の一角で解析作業が進んでいた。
空中に浮かぶモニターには、プロメテウス隊の戦闘映像が映し出されている。
赤い機体がシェンチアンを切り裂き、桜色の機体がドローンで援護し、紫の爆撃機がミサイルと粒子キャノンで空母を粉砕する。
そして、姿の見えない機体……便宜上「色ナシ」と呼ぶ……が遠距離から正確無比にリアクターを撃ち抜く。
研究者たちは、白衣を纏いながらモニターを囲んでいた。
その中の一人、鋭い目つきの男───主任研究員のエドガーが、低い声で口を開く。
「攻撃を認識してから回避までの時間が異常だ。0.3秒以内……人間の反射神経じゃ不可能に近い」
隣に立つ若い女性研究員、リナがタブレットを手にデータを確認する。
リナの声には興奮が滲んでいた。
「それに、ここのシーンを見てください。明らかに敵の砲撃が発射される前に回避軌道に入ってますね。まるで予測してるみたいに」
映像がスローモーションで再生される。
ブレイズがリニアキャノンの弾体を紙一重で躱し、粒子ブレードで反撃する瞬間が拡大表示された。
エドガーが顎を撫でながら呟く。
「偶然じゃない。彼らは、明らかに攻撃より先に動いてる。第六感か、それとも……」
部屋の奥から、別の研究員が声を上げた。
白髪交じりの老齢の男、グラントだ。
彼は分厚い眼鏡越しにモニターを見つめ、解析結果の数値を指差す。
「見てみろ。状況予測能力のスコアが異常値だ。色ナシのパイロットは85、ブレイズが92、ウェイバーが88。そしてリリエルに至っては97───通常の人間なら50前後が限界だぞ」
リナが目を丸くしてグラントを見やる。
「97!? それって、ネクスターの適性基準を完全に超えてるじゃないですか!」
エドガーが腕を組んで頷く。
「そうだ。こいつらはただのパイロットじゃない。俺たちが追い求めてる『ネクスター』───すなわち、精神波を第六感とする新人類と言えよう」
「これが……ネクスターの力……」
コロニー『C-9』では、人類進化の可能性を探る非合法な研究が進められていた。
ネクスター計画───遺伝子操作や神経強化を通じて、人間の認知能力を超えた次世代の存在を生み出す試みだ。
だが、自然発生的にその適性を示す個体は極めて稀であり、研究者たちはプロメテウス隊の戦闘データに目を奪われていた。
グラントがモニターに映るブレイズの赤い機体を指す。肩に刻まれた『BLAZE』の文字がズームアップされる。
「機体名は分かる。ブレイズ、リリエル、ウェイバーだ。だが、パイロットの名前も顔も不明。そしてあの『色ナシ』───姿を見せない第四の機体が何なのかも分からん」
リナが首をかしげる。
「色ナシも間違いなくネクスターですけど、映像じゃ一瞬も捉えられてない。光学迷彩でも使ってるんですかね?」
「その可能性はある。だが、それ以上に気になるのは彼らの連携だ。一糸乱れず、まるで互いの動きを予見してるかのようだ」
エドガーが応えた。
モニターに新たなグラフが表示される。パイロットたちの行動パターンと戦闘中の反応速度を数値化したものだ。
グラントが眼鏡を押し上げて呟く。
「これだけのデータがあれば、ネクスターの適性があると断言できる。エリシオンのパイロットたち……彼らは我々の研究の鍵になるかもしれない」
エドガーは唇を歪めて笑った。
「ノヴァ・ドミニオンにとって脅威になる前に、こいつらを確保するべきだな。自然発生のネクスターがこんな形で現れるとは、運命の皮肉だ」
リナがタブレットを手に、少し躊躇いながら口を開いた。
「でも、彼らをどうやって? プロメテウスはエリシオンの共同連合に属してます。強引に動けば戦争になりかねません」
「だからこそ、慎重にやる必要がある。こいつらが何者なのか、どうやってネクスターを集めたのか……情報が欲しいところだな」
エドガーの声が冷たく響いた。
コロニーの窓から見える地球は、静かに青く輝いていた。