VS東武連邦、先行部隊
灰色の空の下、荒れ果てた大地を三つの影が切り裂く。
東武連邦の量産型コマンドスーツ『シェンチアン』───深緑の無骨な鋼の巨人が、けたたましい駆動音を響かせながら前進していた。
一機はリニアキャノンを肩に担ぎ、もう一機はアサルトライフルを構えている。
隊長機は、その両方を装備していた。
その姿は、空白地帯の静寂を暴力的に引き裂く。
東武連邦とシグマ帝国の間に広がるこの無主の荒野は、彼らにとってただの通り道でしかなかった。
水にも資源にも乏しいこの地帯はどこの国も欲しがらず、空白となっている。しかし、人間がいないわけではないのだ。
『目標まであと3キロ。シグマの前哨基地を叩く』
隊長の声が通信越しに響く。冷たく、機械的だ。シェンチアンのコックピット内で兵士たちが応答する。
『『了解』』
と、兵士の一人がレーダーの反応に気づいた。
『前方に反応あります。どうやら小規模な村……集落のようです』
『村は無視しろ、障害物だ。補給線を切ればシグマは干上がる。村ごときで足を止める必要はない』
『了解。進路確認済み。周辺に敵影なし。予定通り進む』
彼らの前方1キロ地点で、小さな村が震えていた。
粗末な家々が並び、やせた家畜が置かれている中、逃げ惑う住民の叫び声がかき消される。
シェンチアンは意に介さない。ただ前進する。
コマンドスーツの巨体が通れば、小さな村など踏みつぶされ、蹂躙されるだろう。
その時、空を裂くような轟音が響いた。
『上空に金属反応!』
『何!?』
赤い閃光が地平線の彼方から飛び出し、一瞬にしてシェンチアンの進路上に着地する。
炎じみて赤い機体――『ブレイズ・ザ・ビースト』。
埃を巻き上げながら立ち上がるその姿は、まるで怒れる獣のようだ。
『止まれ、東武連邦。この先は無人地帯ではない。進軍を止めろ』
烈火・シュナイダーの電子変換された声が通信で響く。
鋭く、低く、それでもどこか冷静さを保っていた。
だが、先行部隊の隊長は冷酷だ。
『フン、邪魔なら潰すだけだ。進軍しろ』
三機のシェンチアンが一斉に動き出した。
リニアキャノンの砲口がブレイズを捉える。
烈火は舌打ちし、通信を切り替えた。
『あー、兎歌、聞こえるか? こいつら止まりそうにねえ。村がやられる前に片付ける』
桜色の髪の少女が視界の端に映り、鈴の音を転がすような声が返ってくる。
少し焦ったような、でも優しさが滲む声だ。
なお、重要なことだが、画面端に映るその胸は豊満だった。
『え? ちょ、偵察のはずじゃ!?』
『このままだと村が潰されるぞ!』
『……わ、わかった! 烈火、無茶しないでね! リリエルで援護するから、時間稼いで!』
『了解』
ブレイズの両腕が動き、マルチプルユニットが展開する。
プラズマリアクターのもたらすエネルギーが腕に流れ込んでいく。
右手に粒子ブレードが光り、左手に粒子バルカンが唸りを上げる。
烈火の瞳が燃えた。
『俺は無茶が大好きでな。来やがれ!』
赤い機体が跳躍し、シェンチアンへと突進する。
戦いの火蓋が、今切られた。
ヒュオ───ッ。
ブレイズの赤い機体が横に滑るように動く。
烈火は村から少し離れ、流れ弾が民家を抉らないよう計算しながら位置を取る。
ガガガガッ!
シェンチアンのアサルトライフルが火を噴き、無数の弾丸が荒野を切り裂く。
続けてリニアキャノンが唸りを上げ、高速の弾体が空気を焦がした。
だが、ブレイズはまるで風のように翻り、そのすべてを躱す。
機動性の高さが、敵の照準を嘲笑うかのようだ。
『何!? 当たらねえだと!?』
シェンチアンの一機から驚愕の声が漏れる。
兵士たちの視界で、赤い影が揺らめき、次の瞬間───粒子ブレードが閃いた!
「そこだァ!」
─── 斬ッ ───
青白い光の刃がシェンチアンを真っ二つに切り裂き、鋼の巨体が火花を散らして崩れ落ちる。
一撃だ。
燃料に引火と同時に爆発音が荒野に響き、黒煙が立ち上る。
『オォオオオッ!!』
烈火は止まらない。
ダララララッ!
左手の粒子バルカンが低く唸り、弾幕がもう一機の脚部を撃ち抜く。
ジャコンッ。よろめいたシェンチアンが膝をつく刹那、烈火は腰のホルスターから大型のライフルを引き抜く。
高圧縮荷電粒子砲───E粒子ライフルと呼ばれるそれが、光を吸い込んでいく。
そのコンマ数秒後、銃口が火を噴き、轟音と共に二機目の上半身が吹き飛んだ。
シェンチアンの二機目は爆発四散!
残骸が地面に叩きつけられ、砂塵が舞う。
『馬鹿な、一撃だと!? バケモノか!』
隊長の声が震える。
生き残った最後のシェンチアンが後退し、距離を取る。
隊長はコックピット内で歯を食いしばり、汗が額を伝う。
目の前の赤い機体は、ただのコマンドスーツではない。
まるで意志を持った獣のように、圧倒的な力で彼らを蹂躙していた。
隊長の指が震えながら通信機に触れる。
『本部へ緊急連絡! 敵性コマンドスーツ確認! 予想以上の戦力だ、増援を───』
だが、その声が届く前に、烈火の瞳が隊長機を捉えていた。
烈火はブレイズの操縦桿を握り直し、鋭い視線を隊長機に固定する。
油断はない。
残るシェンチアンの動きが、他の二機とは一線を画していた。
「……強ぇな」
腕が立つ――直感がそう告げる。
粒子ブレードを構えたまま、烈火は次の動きを待つ。
風が煤けた髪を揺らし、視界に映る敵影が微かに動く。
ブレイズのプラズマリアクターが唸りを上げ、解放のときを待っている。
~~~
一方、遠くで待機するリリエルの中では、兎歌・ハーニッシュが落ち着かない様子で通信機を手にしていた。
桜色の髪がヘルメットの下で揺れ、パイロットスーツが豊満な胸を締め付けている。
兎歌はリリエルのウサギのような頭部を動かし、戦場を見据えると、艦長のレゴンに通信を繋ぐ。
『艦長ー、烈火のヤツ、もう始めちゃいましたー!』
モニター越しに映る艦長、レゴンは、中年らしい疲れた顔つきで眉を寄せた。
痩せた体に似合わず、声は低く響く。
『……は? 増援があるから、合流を待って仕掛ける手はずでは?』
『その……村に近づいて来てたんで、独断で……』
『兎歌、あの馬鹿をどうにか止められんのか? このままじゃ村以前に、作戦全体が危ういぞ』
兎歌は首を振って小さくため息をつく。
『無理そうですー。烈火、もう二体撃破してます……止まらないんですもん……』
『うううぅうむ……』
レゴンの苦悩が深まる中、兎歌はリリエルのコンテナを調整し、援護の準備を進めるしかない。
~~~
戦場では、隊長が冷静に状況を分析していた。
赤い機体が回避に徹している───すなわち、攻撃が有効な証拠だ。
「ならば、動きを封じて仕留めるまで」
シェンチアンが低く構え、リニアキャノンの砲口がブレイズを捉える。
隊長の指が引き金を引き、轟音と共に磁力が解放され、高速弾が放たれる!
隊長の唇がわずかに歪んだ。
「逃げ場はないぞ、小僧!」
「こなくそぉおッ!」
烈火はブレイズを鋭く横に滑らせて回避!
リニアキャノンの弾体が唸りを上げ、機体側面を掠めた。
まるで攻撃を読んでいたかのようなギリギリの回避である!
だが───
その瞬間を待っていたかのようにアサルトライフルの弾幕が襲いかかる。
「ちっ!」
烈火が舌打ちするほどの速さだ。
隊長は勝利を確信し、コックピット内で冷たく笑う。
だが、次の瞬間
───ブォン───
ブレイズの両腕が閃き、マルチプルユニットがシールドに切り替わる。
荷電粒子の配列が変わり、傘のような、半透明の防御膜が広がる。
金属音と共に弾丸が跳ね返され、隊長の目が見開かれた。
「何!?」
「おぉらッ!!」
驚愕する隊長の頭上へ、ブレイズが跳躍。
赤い機体が空を切り裂き、左手の粒子バルカンが火を噴いた!
ボゴォンッ!
隊長機のリニアキャノンが砕け散り、破片が荒野に飛び散る。
「ぐうッ!」
隊長は紙一重で直撃を避け、アサルトライフルを乱射して応戦する。
だが、ブレイズの機動性がそれを上回る。
瞬時に背後を取られ、隊長は慌ててコンバットナイフを抜いた。
「うぉおおッ!」
「貴様ァア!」
コンバットナイフと烈火の粒子ブレードが一閃───
勝ったのは、ブレイズ!
青白い光がシェンチアンの腕を切り落とし、返す刀で胴体を両断する。
『ぐわぁあッ!!』
爆発が轟き、隊長機が黒煙を上げて崩れ落ちた。
烈火はブレイズを静かに着地させ、残心の構えを取る。
「殲滅……完了」
烈火はカメラ越しに村を見やる。
粗末な家々は無傷で、遠くに住民の影が小さく動いているのが見えた。
「守れたか……」
小さく息をつき、バイザーを開けると額の汗を拭った。
瞳に宿る炎は収まり、わずかに安堵が滲む。
戦場に静寂が戻り、風だけが灰色の空を渡っていく。
~~~
戦闘の熱が冷め、村の前に赤と桜色の二つの機体が並ぶ。
ブレイズのコックピットが開き、烈火がヘルメットを脱いで飛び降りる。
ヒュオォオオ───
汗と煤にまみれた赤い髪が風に揺れる。
一方、リリエルのコックピットハッチも開き、兎歌がそろそろと降りてきた。
「ぷっは~!」
ギギギギ……
兎歌はヘルメットを脱ぎ、パイロットスーツの前を緩めた。
すると圧迫から解放された巨乳が弾むように揺れる。
烈火がそれを見て小さくガッツポーズを取ると、兎歌が頬を膨らませて睨む。
「もー! また単騎で無理して! 死んだらどうするのよ!」
「仕方ねーだろ、敵が来てたんだから。村が潰される前に片付けるしかねーよ」
「それで烈火に何かあったら……わたし……」
「そ、それは……」
言い争う二人の声が荒野に響き、遠巻きに村人たちが様子を窺う。
その中から一人の女性が近づいてきた。中年の、疲れと優しさが混じる顔だ。
「む?」
「現地の人?」
中年の女性は褐色の肌をほころばせ、にこやかな顔で礼をした。
「お前さんたちのおかげで助かったよ。本当にありがとう」
「おう」
「い、いえ……それほどでも……」
中年女性は二人の素直な反応に、警戒を解いた。
彼らの話し方は、村の子供たちの反応と、大差なかったからだ。
「ほんとうに助かったんだよ。せめてものお礼に、粗末だけど食事でもどうだい?」
烈火と兎歌は顔を見合わせた。
「どうする? ここでことわるとバツが悪いぜ」
「けど、一応作戦中だよね……」
「全滅させたし、いいんじゃねーか?」
「それもそっか」
二人は顔を合わせて頷く。
「そりゃあ良かった。恩人に何もしないわけにはいかないからね」
恩義を重んずる、砂漠の民の言葉だった。
村人たちに迎え入れられ、二人は小さな集落へと足を踏み入れる。