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後編:イノセントの真価

『あそこだ! 撃てぇっ!』


 通信機から怒号が響く。

 直後、生き残ったシェンチアンのアサルトライフルと、もう一機のボルンのマシンガンが、一斉に火を噴いた。

 徹甲弾が木々をなぎ倒し、無数の弾丸が雨のように降り注いでくる。


「きゃあっ!」

「舌噛むなよ、兎歌!」


 烈火は思いっきりイノセントを横に飛び出させた。


 重たい金属音が鳴るかと思った瞬間。

 イノセントの機体は、まるで氷の上を滑るように、森の地表を滑らかにスライドした。


「うおっ……!?」


 降り注ぐ弾幕を、紙一重のところで完全に躱し切る。

 その信じられない挙動に、操縦している烈火自身が一番驚いていた。


((なんだこれ……15メートルの鉄の塊が、なんでこんなに滑るように走れるんだ!?))


 それは、イノセントに搭載された『リパルサーリフト』の恩恵だった。

 反重力フィールドが機体の重量を微かに軽減し、次世代型アニムスキャナーが烈火の反射神経をダイレクトに機体の挙動へと変換する。


「すげぇ……動きが軽い!」


 今まで乗ってきた、鈍重な民間の土木用コマンドスーツとはまるで違う。

 これなら、自分の手足以上に自在に動かせる。


 弾幕を抜け出したイノセントは、森の木々を縫うように疾走を開始した。


 一方、追撃部隊を指揮する隊長は、深緑のシェンチアンのコックピットで思わぬ事態にひどく困惑していた。


「な、なんだあの機体は……!? さっきまでの素人とまるで動きが違うぞ!」


 ただの輸送部隊の生き残り。

 恐怖でまともに狙いもつけられない、素人の子供。

 最前線の激戦区に行かずとも、あんな迷子の機体を一機仕留めるだけで、簡単に大きな手柄が手に入る。

 そのはずだった。


 ドゴォォォンッ!!


「ひぃっ!?」


 隊長の目の前で、生き残っていた二機目のボルンが火を噴いた。

 森を滑るように駆け抜ける蒼い機体が、回避行動の真っただ中で放ったリニアキャノンの直撃。

 機体は胸部から真っ二つにへし折れ、爆散する。


「化け物か……ッ!」


 隊長の顔は、恐怖で引きつっていた。

 後方でふんぞり返り、まともに前線に立ったことのない彼では、あんな動きに対応できるはずがない。

 パイロットの技量も、機体の性能差も、あまりに絶望的だった。


 蒼い死神が、残る隊長機へと照準を向ける。

 ───終わった。

 そう覚悟して隊長が目を瞑った、その瞬間だった。


 目の前の機体の動きが、ガクンと鈍ったのだ。


『警告。排熱限界。システム保護のため、機体出力を大幅に制限します』


 コックピットに響き渡る、無慈悲な電子音声。

 烈火の視界で、メインモニターが激しく赤く点滅し始めた。


「ちぃっ……ここでかよ!」


 イノセントの動きが、泥沼に足を踏み入れたように急激に重くなる。

 試験機ゆえの致命的な欠陥──冷却システムの未搭載によるオーバーヒート!

 次世代型アニムスキャナーとリパルサーリフトによる高機動に、機体の排熱処理がまったく追いついていなかったのだ。


「動け……ッ!」


 烈火は舌打ちし、鉛のように重くなったイノセントを強引に操り、近くの巨大な岩と大木の陰へと滑り込ませた。

 ギィィン……と、機体各部から白煙が噴き出し、装甲が熱で軋む。

 追撃に出ようとした矢先の、完全な機能停止状態。

 その時。


「わたしが、なんとかする……!」


 烈火の隣で、兎歌は叫んだ。


((ただ守られているだけの足手まといにはならない。少しでも、烈火の力になるんだ!))


 兎歌は震える指を必死に動かし、補助コンソールを叩きまくる。


「排熱経路を強制バイパス! 生命維持とセンサー以外の出力を全部切って、冷却に回して……!」


 複雑なシステムコードなど分からない。

 だが、今までこの機体に乗ってきた感覚と、生き残りたいという執念が、兎歌の指先を的確に動かしていた。

 プシューッ、とイノセントの各部から強制排気孔が開き、高温の蒸気が噴出される。


「すげぇぞ兎歌、ゲージが回復してきてる!」


 烈火が歓声を上げる。

 レッドゾーンに振り切っていた温度ゲージが、徐々に緑色の安全域へと下がり始めていた。

 あと少し。あと十数秒もあれば、再び動けるようになる。


 しかし、戦場の女神はそう易々と微笑んではくれなかった。


『い、今のうちだぁぁっ! 死ねぇぇぇッ!!』


 恐怖と焦燥でパニックに陥った隊長が、シェンチアンのアサルトライフルを乱射しながら突っ込んで来たのだ。


 轟音と共に、徹甲弾の雨が降り注ぐ。

 烈火たちが隠れていた大木が紙屑のように削り取られ、岩肌が弾け飛ぶ。

 回復寸前のイノセントに、無数の銃弾が迫っていた。


 ダダダダダダッ!!


 大木を削り、岩肌を砕いたアサルトライフルの雨が、ついにイノセントを捉えた。


「きゃあああっ!」

「くそっ……!」


 激しい衝撃がコックピットを揺らし、火花が散る。

 イノセントの蒼い装甲はエリシオンの新素材で作られており、旧型の実弾兵器程度では容易に貫通しない。

 だが、無敵というわけではなかった。


『警告。左腕部、駆動系沈黙。主兵装リニアキャノン、砲身に深刻なダメージ』


 無情なシステム音声が、被害状況を告げる。


 モニターに映し出されたイノセントの左腕は、装甲の継ぎ目を撃ち抜かれ、だらりと垂れ下がっていた。

 さらに致命的なことに、右腕のリニアキャノンは砲身のど真ん中にひしゃげた弾丸がめり込んでいる。

 この状態で無理に発砲すれば、間違いなく暴発して右腕ごと吹き飛ぶだろう。


 事実上の、武装喪失。


「う、あ……」


 隣の補助シートで、兎歌が顔を引きつらせて震えていた。

 死の恐怖に怯える、幼なじみの横顔。


 それを見た瞬間だった。

 烈火の瞳が、スッと細められた。


 ドクン、と。

 烈火の心臓の鼓動が、アニムスキャナーを通じてイノセントの機体中核へとダイレクトに流れ込む。

 ただの人間ではない、『ネクスター』としての異常な精神波。

 それが、機体の限界を強制的に押し上げていく。


 ジジッ……バチバチッ……!


 試験機であるイノセントの装甲の隙間から、微かに赤いオーラのような光が漏れ出し始めた。

 それは、後に世界を震撼させることになる『覚醒』の、ごく初期の予兆。


『ハハハハッ! 弾切れか!? 動けまい! そのままスクラップになれぇっ!』


 イノセントが反撃してこないのを見て、隊長のシェンチアンは、狂ったようにアサルトライフルを連射しながら距離を詰めてくる。

 圧倒的な弾幕。

 だが。


「……遅えな」


 烈火の口から、氷のように冷たい声が漏れた。


 ズンッ! と。

 赤いオーラを纏ったイノセントが、爆発的な推進力で地を蹴った。


『なっ……!?』


 隊長が驚愕の声を上げる。

 銃弾の雨が降り注いでいるはずの空間から、蒼い機体がフッと消えたのだ。


 いや、消えたわけではない。

 あまりにも動きが速すぎて、隊長の動体視力と旧型のカメラセンサーが追いついていないだけだ。


「当たるかよ、んなトロい弾」


 リパルサーリフトが唸りを上げ、赤い光の尾を引きながら、イノセントは森の中を滑るように駆け抜ける。

 先ほどの高機動すら児戯に思えるほどの、異次元のスピード。


『こ、こっちか! くそっ、当たれ! 当たれぇぇっ!』


 隊長はパニックになりながら銃口を振り回す。

 しかし、放たれた弾丸はことごとく虚空を切り裂くばかりだ。

 イノセントは木々を蹴り、宙を舞い、立体的な機動で弾幕を完全に無力化していく。


「あ、あわわ……っ」


 あまりのGとスピードに、兎歌は目を回しかけていた。

 だが、烈火の操縦はまったくブレない。

 それどころか、イノセントの動きは秒を追うごとに、どんどん速く、鋭くなっていった。


 なぜ、旧世代のコマンドスーツを遥かに凌駕する、このような異常な機動が可能なのか。

 答えは、この『イノセント』に搭載された次世代型アニムスキャナーにあった。


 このスキャナーは、精神波の受信容量が他国の機体とはケタ違いに多い。

 兎歌を守ろうとする烈火の強い感情と生存本能が、E粒子を介してダイレクトに機体へと流れ込み、スペックの限界を超えた駆動を強制的に引き出していたのである。


 だが、その無茶な限界駆動の代償は、すぐに機体へと跳ね返ってきた。


『警告。排熱限界まで残り十秒』


「あっ……! れ、烈火! また温度がレッドゾーンに……!」


 兎歌が悲鳴のような声を上げる。

 機体は再びオーバーヒートの危機に瀕していた。

 左腕は動かず、右腕のリニアキャノンはひしゃげて使えない。まともな武器は、腰のコンバットナイフだけだ。


「上等だ。十秒ありゃあ十分だろ」


 烈火の瞳に、獰猛な光が宿る。

 彼は一切の迷いなく、右腕にマウントされていた巨大なリニアキャノンを振りかぶり───

 全力で投げつけた!!


『ま、まだだ! まだ終わっていない!!』


 半狂乱になった隊長は、アサルトライフルを乱射!


 凄まじい速度で回転しながら飛来する砲身が、シェンチアンの放った弾幕のど真ん中へと激突。

 装填されていた実弾と電磁加速機構が誘爆し、空中で凄まじい爆発を引き起こした。

 爆音と炎が二機の間を満たす。


『なっ、うわぁぁっ!?』


 突如として目の前で膨れ上がった爆炎と黒煙に、隊長の視界が完全に奪われる。

 アサルトライフルの銃撃が止んだ。

 その、ほんの数秒の隙。

 烈火にとっては、相手を仕留めるには長すぎるほどの時間だった。


 ゴォォォォッ……!!


 爆煙を真っ二つに引き裂き、赤いオーラを引いた蒼い巨体が飛び出してくる。

 リパルサーリフトの推力を全開にした、イノセントの超高速突撃。


『ひっ……!』


 隊長がモニター越しに見上げた時には、すでに死神は目前に迫っていた。

 イノセントは大きく振りかぶると、十五メートルの鋼鉄の質量と、異常な推進力のすべてを乗せた鋭い前蹴りを放った。


 耳をつんざくような金属の破断音。

 イノセントの足先が、深緑のシェンチアンの分厚い胴体装甲を無残に打ち抜いた。

 装甲がひしゃげ、内部のフレームが悲鳴を上げて砕け散る。


『ごぼぁっ……!?』


 コックピット内に直接伝わった凄まじい衝撃に、隊長が血を吐き出す。


「オラァッ!!」


 烈火は一切の手加減をせず、蹴り込んだ脚にさらに力を込め、シェンチアンの巨体を強引に押し倒した。

 大地が大きく揺れ、土煙が舞い上がる。


 仰向けに倒れ伏したシェンチアン。

 その胴体の上に、蒼いイノセントが馬乗りになる。

 完全なるマウントポジション。

 勝敗は、誰の目にも明らかだった。


「はぁ……っ、はぁ……っ」


 頭が痛い。

 精神波の過剰消費が、身体への負担をかけているのだ。


「ま、待っててね、烈火。すぐ、復帰させるから……!」


 兎歌は必死にコンソールを叩き続ける。

 長期戦はできない。烈火も、イノセントも限界だ。

 足元のシェンチアンは藻掻いている。


 先に動いたのは───イノセント!

 完全にマウントを奪ったイノセントは、残された右手を腰へと伸ばした。


 ジャキッ、と。

 マウントラックから、分厚い装甲をも断ち切る実体剣──コンバットナイフが引き抜かれる。

 蒼い機体は、その鋭い刃を逆手に持ち、高々と天へ向けて振りかぶった。


『ひぃぃぃッ!? ま、待て! 待ってくれぇぇっ!』


 通信機から、隊長の情けない悲鳴が響き渡る。

 モニター越しに見上げる死神の刃に、彼は完全に恐慌状態に陥っていた。


『降伏する! 頼む、殺さないでくれぇぇぇッ!!』


 命乞い。

 だが、烈火の心には微塵も響かなかった。


((お前がさっきまで、兎歌をどうしようとしてたか。俺が忘れるとでも思ったか?))


 スラムで学んだ鉄則だ。

 殺意を向けたなら、殺される覚悟を持て。

 烈火の瞳に宿った冷酷な光は、一切の慈悲を許さなかった。


「死ね」


 氷のような一瞥と共に、右腕が振り下ろされる。


 凄まじい金属音が森に木霊した。

 コンバットナイフが、シェンチアンの胸部装甲に深く突き刺さる。


『ぎぃやぁぁぁっ!』

「オラァッ!」


 一度。二度。三度。

 烈火は操縦桿を握る手に力を込め、何度も、何度も、何度も、執拗に刃を叩きつけた。


 鋼鉄がひしゃげ、装甲板が引き裂かれる音が響く。

 飛び散る火花と、飛び散るオイル。

 隊長の断末魔のような絶叫が、コックピット内に直接響き渡る。


『やめろぉっ! あ、ああっ、いやだぁぁぁッ───』


 そして。

 ひときわ甲高い、金属の破断音が鳴り響いた。


 ガキィィィィィンッ……!!


 パイロットを守る最終防壁である、分厚い球形のコックピットボール。

 ナイフの切っ先が、ついにその硬い殻を突き破ったのだ。

 刃はそのまま隊長機の中心部を深く貫通し、基板と肉体を同時に破壊した。


 プツン、と。

 通信機から聞こえていた絶叫が、途切れる。


 沈黙。

 先ほどまでの鼓膜を破るような轟音が嘘のように、森に静寂が戻った。


 シュゥゥゥ……。

 シェンチアンの胸に深々と突き刺さったナイフから、手を離すイノセント。

 装甲の隙間から漏れ出ていた不気味な赤いオーラが、揺らめきながらスゥッと消えていく。


「はぁ……っ、はぁ……っ、はぁ……っ」


 コックピットの中では、烈火の荒い息遣いだけが響いていた。

 次世代型アニムスキャナーを通じて精神波を過剰に流し込んだ代償だ。

 反動で、全身が鉛のように重い。

 滝のような汗が、頬を伝い落ちていた。


「……終わったぞ、兎歌」


 烈火はシートに深く背中を預け、ポツリとこぼした。


 その声を聞いた瞬間だった。

 隣の補助スペースで震えていた兎歌が、堰を切ったように泣き出した。


「烈火……っ! 烈火ぁぁぁぁっ!」


 兎歌はシートベルトを乱暴に外し、メインシートの烈火にすがりついた。

 その大きな胸を烈火の肩に押し当て、首筋に顔を埋める。


「うわああぁぁんっ……! 怖かった、本当に、死ぬかと思ったよぉ……!」

「……おう」

「烈火が来てくれなかったら、わたし……わたし……っ!」


 しゃくりあげ、子供のように泣きじゃくる兎歌。

 その柔らかな体は、まだ小刻みに震えている。

 烈火は疲労で上がらない腕をどうにか持ち上げ、兎歌の背中にそっと回した。


「だから言ったろ。お前は一人じゃねぇって」


 スラムの路地裏でも、孤児院の庭でも、そしてこの鋼鉄のコックピットの中でも。

 烈火はいつだって、兎歌のために戦う。


「……ありがとう、烈火。わたしのヒーロー」


 涙声で呟く兎歌の頭を、烈火は無言で優しく撫で続けた。

 冷たい鋼鉄に囲まれたコックピットの中で、二人の体温だけが確かな熱を持っていた。


 ~~~


 烈火はわたしのヒーローだ。

 そう思うたび、心が温かくなって、少しだけ涙がこぼれそうになる。


 イノセントのコックピットで、烈火に抱きついたまま、わたしは目を閉じて想いを巡らせた。

 遠くの記憶が、まるで昨日のことみたいに鮮やかに浮かんでくる。


 戦火が家族を奪ったあの日、わたしはまだ小さかった。

 灰色の空の下で、焼け落ちた家がゴロゴロと崩れる音が響いてて。

 爆風が鳴るたび、地面が震えて、わたしはただ泣くしかなくて。


 そんなわたしを、烈火が見つけてくれた。

 赤い髪が風に揺れて、煤だらけの顔で笑う彼は、まるで燃える太陽みたいで。


「トウタ、こんなとこで何してんだよ。行くぞ」


 烈火はわたしの手を掴んで、貧民街の路地裏へ連れて行った。

 あの頃は二人ともボロボロで、空腹でフラフラだったけど、烈火はいつもわたしを守ってくれた。

 ガラの悪い奴らが近づいてきたとき、烈火は拳を握って立ち向かってくれた。

 殴り合いの音が響いて、彼の鼻血がポタポタ落ちても、わたしを隠して戦ってくれた。


「トウタ、隠れてろ。俺が片付けるから」


 その声は強くて、怖がるわたしを安心させてくれた。

 貧民街の冷たい石畳の上で、二人で寄り添って眠った夜もあったけど。

 空腹で胃がキリキリしても、烈火がそばにいれば平気なの。

 烈火はわたしのヒーローだったから。


 でも、戦うたびに傷つく彼の姿を見るのは、辛かった。

 わたしがもっと強かったら、傷つかないのに。

 でも、わたしは小さな女の子で、弱かった。


 やがて、ヴァイスマンの孤児院に保護された。

 そこでも烈火はわたしのそばにいてくれた。

 初めて温かいスープを飲んだとき、わたしは泣きながら笑ってて。

 烈火は隣でスプーンを手に持って、ニヤッと笑った。


「何だよ、泣くなよ。スープが薄まっちまうだろ」


 これでもう、烈火は傷つかずに済む。

 そんなことを思ったりもした。

 ヒーローに、傷ついてほしくなかった。


 孤児院の庭で遊ぶときも、烈火はわたしのことを見てくれていた。

 誰かがわたしをからかうと、彼がズカズカ歩いてきて、バシッと頭を叩いて黙らせる。

 夜、怖い夢を見てうなされると、烈火のベッドにもぐりこむの。

 そしたら、烈火はやさしく、手を握ってくれたんだ。


「大丈夫だ。お前は一人じゃねぇよ」


 その言葉が、わたしにとって何よりの支え。

 烈火がそばにいるだけで、どんな辛い日も乗り越えられた。


 テロが起きて、年下の子が死んだとき、烈火は自分を責めた。

 大きなガラスの刺さった女の子を抱いて、泣いていた。

 買い物なんか行かなければ。

 おれのせいで。

 烈火は震えていた。


 わたしは、ただ烈火を抱きしめることしかできなった。

 かける言葉がなくて、ただ、一緒に泣いた。


 しばらくして、烈火はいなくなった。

 建築会社に雇われたらしい。

 その日、わたしは一番泣いた。


 強くなりたかった。

 軍にスカウトされた日、強くなれる気がしたの。

 才能があると言われ、特訓、特訓の日々。


 でも、弱かった。

 テスト機を任されたのに、守れなかった。

 みんなとはぐれて、逃げることしかできなかった。


 そこへ、ヒーローが現れた。

 わたしよりもずっとずっと強い、赤毛のヒーロー。


 ~~~


 イノセントのコックピットで、兎歌は目をゆっくり開ける。

 烈火の肩に頭を預けたまま、その荒々しい呼吸を感じる。

 シェンチアンの残骸が煙を上げ、森に静けさが戻っていた。


 烈火は今も守ってくれた。

 あの貧民街の少年のままで、ヒーローのままで。


「どうした、兎歌? まだどこか痛むのか?」

「ううん……なんでもないよ」


 兎歌はふるふると首を横に振った。

 そして、自分の頭を撫でてくれていた烈火の大きく硬い手を、両手でぎゅっと握りしめる。

 建築現場の仕事でマメだらけになった、温かい手。


「烈火」

「ん?」

「……もう、どこにも行かないでね」


((守られるだけだったわたしは、もうおしまい))


 心の中で、そっと誓う。

 これからは、わたしが烈火の隣に立つんだ。

 どんな過酷な運命が待っていようと、この温もりを、今度こそ絶対に離さないように。


「……ああ。約束する」


 烈火は力強く頷き、握られた兎歌の手に、そっと自分の手を重ねた。


 ひんやりとした鋼鉄のコックピット。

 だが、二人を包む空気は、ひどく穏やかで温かかった。

 森の木々の隙間から差し込む一筋の光が、寄り添う二人を優しく照らしていた。

次回

 動き出す東部連邦の野望

 スラム育ちの烈火と兎歌は、お互いを守りたくて

 でも、その距離が遠い───

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