第九話『自由なブーメラン』
☆★☆ 旧馬小屋探検 ☆★☆
旧馬小屋、現在は物置と言うか、ガラクタ置き場である。
だが、このガラクタ置き場には、もしかしたら宝物が埋まっているかもしれない。
例えば、大昔の……え~と、骨董品とか?
「と言う訳で、馬小屋探検に出発だ」
「「「「「おお~っ!」」」」」
馬小屋は母屋の近くにある。
昔の農家にとって馬は財産。
自動車がまだ存在する前や、まだまだ高級品だった頃の『農家の足』だったらしい。
今回の探検には、珍しく最初からじいちゃんも参加している。
THE5人組を除けば、一番ウキウキしているように見えるのは何故?
☆★☆ 女の子は触るなよ ☆★☆
「うわー!広いっ」
流石に、かつては本物の馬が暮らしていただけの事はあって、天井は高いし馬房は広い。
「最盛期には5頭もの馬を飼っていたそうじゃ」
じいちゃんが得意気に解説する。
なるほど、学童たちに自慢したくて最初から参加したのかと、俺は納得する。
じいちゃんは褒めるのも好きだが、褒められるのはもっと好きって性格だ。なるほどな。
「ワシが小学校に上がった辺りで、馬は全て食べてしまって、自動車に切り替わったんじゃがな」
「「「「「えっ?食べたの?」」」」」
学童たちが驚くのも無理はない。
じいちゃんの解説は続く。
昔は、農耕用の牛も馬も、働けなくなってしまえば肉にされるのが当たり前の常識じゃった。
可愛そうじゃからと言って、無意味に生かしておいても、人の手間とエサ代がかかるし、病気や老衰で死なれても埋葬する場所なんぞ無い。
死骸を万が一にも腐らせてしまっては悪臭が漂うし、うじ虫などの害虫の大発生につながりかねん。
人間にまで悪い病気が流行ってしまう恐れがあったんじゃ。
「そんな馬たちが牽いていた車を『馬車』といってな、もはや残骸じゃが小屋の奥に仕舞ってある……見てやってくれんかの?」
俺は何度か見た事があるし、小さい頃に兄とアスレチック代わりにして遊んだ記憶もあるが、ボロボロ過ぎて触った手が茶色く汚れて、鉄さび臭さがなかなか取れなかった事を強烈に覚えている。
つまり、学童たちには触らせたくないな……
でも、実際に触ってもらって『残骸』とはどういう物なのかを体験してみるのも悪い事ではないのかもしれない。
俺は何と言うべきか迷い、結局何も言えなかった。
「お~~! 手がスゲー汚くなったぞ?」
そしてTHE5人組が俺の予想通りの行動を起こした。もはや手遅れだ。
「おいッ、冬子、サキ、ハナ。俺の手を見て、臭いも嗅げ」
シゲが学童の女の子たちに、汚れた手を見せて臭いを嗅がせる。
「汚いし臭い~」
汚い、臭い。
そう言われたシゲは、嫌な顔一つせずに
「お前らは触るなよ。これは女の子が触っていいもんじゃねえ」
やっぱりシゲがこのTHE5人組のリーダーだな。
じいちゃんの話も聞けて良かったけれど、シゲの男らしさにも感心させられた俺であった。
☆★☆ ガラクタ ☆★☆
探検は続く。
今度はがらくた置き場だ。
ここにはじいちゃんの親世代から代々、捨てるに捨てられなかったガラクタたちが打ち捨てられている。らしい……
「ねーじーちゃん!これ何?」
アヒル型の乗り物?
「お~、それはな『おまる』じゃ」
「ん? おまるって何?」
俺も知らない。なんだろう?
「子供用のトイレじゃよ」
「「「「「えええ~~?」」」」」
「昔のトイレってなあ、子供には危険な場所じゃったからな」
詳しい説明はこれ以上しないようだ。
「あっ! ロボット!」
「おー! 良く見つけたな。これは『超合金』と言ってな、ワシの宝物じゃった」
「カッコいいけど腕が無いのはなんで?」
うん。腕が無いな、しかも両腕。
「そりゃあ『ロケットパンチ』はすぐに無くなるって当たり前の常識なんじゃよ」
パンチが飛んでいけば無くなる……へへ、じいちゃんらしいや。
☆★☆ 真のお宝 ☆★☆
「あああ~ッ!新品のオモチャ発見!」
カズがとうとう真のお宝を見つけ出した。
ビニールに入ったままの未開封で『ブーメラン300円』と書いてある。
それが11個。
「え~? なんで新品なの? 遊ばなかったの?」
THE5人組だけじゃない、タツヤくんも冬子ちゃんも不思議そうな顔をしている。
「……昔な、ここから一番近くにあった駄菓子屋のババアが、病気になったって言うんで店を畳む……まあ今風に言うとつぶれる事になったんじゃ」
じいちゃんから見てもババアと言うんだったら、相当な年だったんだろうか……
「その駄菓子屋の最後の客がワシでな、店にあるもので、もし欲しいものがあったらタダでいいからくれてやるって言われたからな、ちと欲張ってそのブーメランを全部貰って来たんじゃ」
「全部ってのがすげえな」
シゲって何気にじいちゃんとタメ口だよな……って言うか仲がいいな。
今日まであまり接点とか無かったってのに。
「いやいや、ババアはな『もっと持っていけ、店にあるもん全部でもいいんだ』って言ってきたがな、流石のワシでも遠慮と言う言葉は一応知っちょったからの『この位で勘弁してください』って、逆にワシの方が謝ってそれだけを貰って来たんじゃよ」
「…………」
「口は悪いが、優しいババアじゃったよ……」
なんとなく
「じいちゃんみたいな人だったんだな」
そう思って呟いてみた。
「馬鹿言えって、あ、あぁ……反論できんわ。言えばそれこそ『ブーメラン』になるわい。
「ねえねえ、この『ブーメラン』ってどうやって遊ぶの? やってみたい!」
ツバサがじいちゃんのシャツの裾を掴んで引っ張った。
「実はの、ワシもやった事が無いんじゃ。珍しいものじゃったから貰ってきたがな、当時この辺では誰もブーメランの事を知らなくてな、有名な歌手が「ブーメラン、ブーメラン」と歌っちょったんじゃがなぁ」
「やってみようぜ、わからなくても何とかするっての、俺たち得意だからよ」
シゲがブーメランの一つを手に取り、パッケージに書いてある説明のような文章を読み始める。
「よしっ、やるか」
☆★☆ じいちゃんと学童たち ☆★☆
珍しい事もあるものだ。
学童保育を始めてから、はや約1年3カ月。
じいちゃんが学童たちと遊ぶ姿を俺は初めて見た。
今年は休耕している50m×200m(1ha)の原っぱで、じいちゃんと学童たちが、全く帰ってこないブーメランを投げては拾うの作業を繰り返している。
女の子たちも頑張って投げてみてはいるが、その動きは全くの運動音痴的動作で……
それでも笑いながら、繰り返し繰り返し投げては走って拾いに行く。
もし犬が、自分でボールを投げることが出来たとしたら、今のこの情景と寸分違わぬ動きを示したに違いない。
「このっ、くそっ」
と、じいちゃんが一番ムキになってブーメランを投げていて、
「おりゃ~……ってダメだ~」
「とりゃ~……ってダメか~」
と、THE5人組は創意工夫し、試行錯誤しながら投げている。
「えいっ」
「やっ」
そして我らが学童たちは、センスが無いながらも一所懸命さだけで可愛らしい天使の姿を体現してくれている。
☆★☆ おかえり ☆★☆
「お兄ちゃんもやってみて?」
小首を傾げながら、可愛い天使ちゃんが俺に、自分が持っていたブーメランを差し出す。
「うん。じゃあ、ちょっと貸して」
「えへへ」
スポーツテストでソフトボール投げ55m。
ブーメランならもっと飛ばせるはず。
「いくよ、冬子ちゃん」
俺は、何も考えず、ただ遠くに飛ばす事だけを意識して投げた。
思いっきり縦に回転しながら飛んだブーメランが、やがていつの間にか横回転に変わり、円く弧を描いて俺の方に戻って来た。
完全に俺が投げた地点にでは無かったが、4歩か5歩くらい前に出れば、空中キャッチが出来るかもしれない。
「お兄ちゃん凄い!」
冬子ちゃんが喜び、学童たちが目を丸くした。
そして「先生!もう一回やって見せて!」と急かす。
落ちたブーメランを拾った俺は、急かされたからなのだろうか、もう一度投げてみたい衝動に駆られた。
「よし、じゃあみんなちょっと見てて」
学童たちが動きを止め、俺を注視する。
「…いくよ」
さっきと同じ要領で、俺はブーメランを投げる。
縦回転から、やがてブーメランは横回転に切り替わる。
理屈は知らないが、やってみたら出来たという感じだ。
そしてさっきは、俺の4~5歩くらい前に落ちた。
だったらッ!
俺は数歩前に出て、戻ってくるブーメランを待ち構える。
落ちる前に捕まえたい。
左にも2歩歩く。
そして……
俺は、帰って来たブーメランを丁寧にキャッチした。
「おかえり……」
俺は無意識的に、何故かブーメランに挨拶をしていた。
「「「「「おおお~~~ッ!!!」」」」」
周りを見ると、学童たちがはしゃぎ、じいちゃんが喜んでいた。
☆★☆ 自由な大空 ☆★☆
俺にはこの、帰って来たブーメランが、こいつら学童たちに重なって見えた。
大空に放り投げられた学童たちが、世界をぐるっと回ってきて、また俺の元に戻ってきてくれた。
俺がしっかりとこいつらを送り出すことが出来れば、こいつらは俺の期待通りに大空を駆け巡って、やがて必ずここに帰ってくる。
タツヤもサキもハナも、シゲもカズも、ツバサもタケルもシロウも、そしてきっと冬子も……
いつかはみんな立派な大人になって、自由な大空を駆け巡りながらも、きっと必ずここに帰ってくると想像してしまった俺の目には……
いつの間にか涙が滲んでいた。
雲一つない青空に向かって顔を上げ、『涙が零れませんように』と願ったが
一粒だけ俺の肩に落ちた。
俺はその涙の痕を
腕で拭った。