第七話『春巻裁き』
☆★☆ 俺は思う ☆★☆
冬休みも目前に迫ったある日、俺が『山忠犬王』のバイトから母屋に戻ると、家には冬子ちゃんしかいなかった。
「ただいまー! って、あれ? 冬子ちゃん一人?」
「おかえりなさい冬二さん。えへへ、みんな『四季庵』で待ってるよ」
「え?『四季庵』で? なんかあったの?」
「わかんないけど、重大発表があるんだって」
「そうか、じゃあ行ってみるか」
「うんっ、いこっ」
俺と冬子ちゃんは手を繋いで歩く。
そう言えば、夏音とは3回しか手を繋いだ事が無かったけど、冬子ちゃんとは数えきれないほど手を繋いだな……
それに、抱っこしたことだって数えきれないし、一緒の布団で4ヶ月も毎日一緒に眠っていた。
俺は思う。
その経験が、冬子ちゃんにとって忌まわしい思い出にならなければいいな……と。
☆★☆ 黒沼家までいた ☆★☆
「おお、冬二、帰って来たか、ささっ、近う寄れ」
芝居がかったじいちゃんに招かれたが、『四季庵』のホールには、我が家族以外にも黒沼夏音さんと、夏音さんの母親がいた。
「あ、こんばんわ」
俺は夏音のお母さんにご挨拶をする。
夏音にはしない。
何故なら、『指令』が終わってからも実は俺たち、毎日一緒に下校しているからだ。
「冬二くんこんばんわ」
軽い会釈をした後で、夏音のお母さんは続けた。
「こんなにも馬鹿なうちの夏音に、いつも優しくしてくれて、本当に感謝しています」
夏音のお母さんも『指令』の事を知っていたのかな?
「いえいえ、貴重な体験をさせて頂いて、こちらこそ感謝しています」
俺は心からそう思って、素直にそう応じた。
☆★☆ 春巻裁き? ☆★☆
「さて、みんな揃ったようじゃの」
『四季庵』のホールの壇上で、じいちゃんがなぜか偉そうに胸を張っている。なんか笑える。
「それでは、裁きを申し渡す!」
なんだなんだ? 時代劇ごっこか?
「被害者野村冬二よ、その方の受けたる被害は誠に甚だしい。よって、加害者、小野寺純に対して、保護観察処分。並びに、慰謝料80万円を言い渡された。者ども、面を上げい」
あ、こりゃあじいちゃんのスイッチがONになってるわ。
「更に被害者黒沼夏音、その方が受けたる被害もまた、尋常なものではない。よって、加害者小野寺純に対して、保護観察処分。並びに、慰謝料50万円を言い渡された」
面を上げてからもう一回裁きを申すって、ちょっとおかしくね?
普通、全部言ってから面を上げさせるのでは?
まあ、そもそも誰も平伏なんかしていなかったけどな。
「と言う訳でじゃな、実は裁判が終わったんじゃ」
ん?裁判?
そう言えば、『指令』が終わった後、小野寺がずっと学校を休んでいたのって、もしかして裁判してたからなのか?
俺、ちっとも知らなかったよ……
☆★☆ 助手、雪子 ☆★☆
「何の事か分からん者もおるようじゃから、担当の弁護士に頼んで分かりやすいプリントを用意してもらった。雪子さん、配ってくれい」
じいちゃんの隣には父夏樹がいるが、そのさらに後ろに雪子先生が控えていて、なんか良く分からないけど、これは計画的な行動のようだ。
「見てわかると思うが、このプリントの内容は、冬二と夏音さんのクラスチャットのコピーじゃ」
我が兄と黒沼お母さんが驚いている。
冬子ちゃんは読んだ後で、俺を心配そうに見つめている。
と言うか、冬子ちゃんに読ませてもいい内容では無いような気がするが?
「更に、者ども、よ~く聞けい」
そう言ってじいちゃんはラジカセのスイッチを押した。
まさかのカセットテープレコーダー? 古っ。
☆★☆ 音声データ ☆★☆
『知ってると思うが俺は野村の野郎が大っ嫌いだ』
こんな言葉が冒頭から流れた。
この声は……間違いない、小野寺だ。
その後は、小野寺が俺の事を嫌いな理由が延々と話されている。
途中、ちょっと不自然な空白があるのは多分、夏音のリアクションを消すような編集をしたからだろう。
中でも、印象に残った小野寺のセリフがあった。
『オマエがしたことを、今度はオマエがされただけだ。因果応報だっけ?世界って奴は案外上手くできてるじゃねえか?クククッ』
そうだな、マジで上手くできていたな。
「この音声データが最大の決め手となって、小野寺純の敗訴が決まった!」
あ、じいちゃん、まだ時代劇モード?
「我らの勝利じゃーッ! 者ども、勝鬨をあげい!」
勝鬨ってどう上げたらいいのかは分からないし、まあ、放って置いていいとは思うし……
小野寺が保護観察処分になったのは実にいい気味だと思ったりもしても……
なんかじいちゃん、すげー楽しそうだな?
☆★☆ メスの顔の夏音 ☆★☆
父夏樹が訴えを起こし、じいちゃんと夏音のお母さんが協力してこの件を裁判沙汰にしたらしい。
被害者は俺と夏音。
俺が夏音を守ると言う『指令』は、訴えを小野寺に気付かせないためと、気付かれた時の用心の為の措置だったらしい。
つまり、俺と夏音の和解偽装及び護衛。
何と言うか、まあ、ありがたいな。
俺と夏音だけだったなら、裁判なんて考えもしなかっただろう。
なんか、大人って凄えな……
「夏音? さっきの小野寺の音声データ、俺のスマホにも欲しいんだけど、送って貰えないか?」
俺は、小野寺への反撃と言うか、追撃の手段を思いついた。
「え……? す、凄く恥ずかしいんですけど……」
夏音が赤面して俯いて、でも意を決したように顔を上げると
「ダメッ!冬二さん、この女、メスの顔をしてるッ!!」
なぜか冬子ちゃんが激しく拒否した。何故か激おこ? しかもメスの顔って……あ、前にも聞いた事が……
「えええ~~~!?」
そんな冬子ちゃんの反応に驚いたのか、夏音がひっくり返った。 実際に、現実に。




