第六話『指令に従った一週間』
☆★☆ 今週だけだ ☆★☆
夏音さんを守れと『指令』を受けた初日の放課後。
「冬二くん……」
「なに?」
下校時、一緒に帰る夏音さんに話かけられた。
「その……ごめんなさい。色々と…今まで…全部…」
その謝罪は、真面目で、真剣そのもので、心がこもっていて……だから俺は
「気にするな」
とだけ言った。
「でも……」
「あの親父がよ、無口で、頑固で、愚直で、女嫌いで、仕事馬鹿で、アホみたいに無駄な事を嫌う、あのバカ親父がよ『お前を守れ』って俺に『指令』を下したんだ」
「でも……」
「今週だけだ。俺が受けた指令は」
「うん……分かってる」
「……ちゃんと守ってやるからよ、そこだけは安心していい……」
「……ごめんなさい……でも…ありがとう……」
☆★☆ 悪知恵弁護士 ☆★☆
この一週間の間、弁護士と名乗るおじさんが2度も我が家を訪れて、スマホを見せて欲しいと言ってきたり、俺のクラスメイトとの交友関係を聞かれた。
じいちゃんが
「こいつはワシの悪友でな、悪知恵に関しては右に出るものはおらんと言えるほどの腕利き弁護士じゃ」
「えーと、だから?」
「コイツに小野寺の孫……確か純とか言ったかの? そいつの悪口をたんまり聞かせてやれ」
と言う訳で、スマホの中のクラスチャットを見せた他にも、小野寺に今までにされた事や言われたことを思い出せる限り、話をした。
とは言っても、俺がされた事なんてそれほどでもないと思うんだけどね。
☆★☆ とある弁護士の心境 ☆★☆
準備は整った。
クラスチャット。
音声データ。
クラスメイトの証言。
冬二くんと夏音さんからの証言と被害届及び告訴状と訴状。
そして、法廷代理人を任されたこの私。
依頼内容は『出来る限り重い刑を』『出来る限り高額な慰謝料を』そして『示談にも和解にも応じるな』たったこれだけだ。
簡単な仕事だ。
勝率は100%。
物証も証言もアリバイも、全て完全に揃っている。
法廷に子供たちが出廷する必要もない。
訴えは全て、音声データとして録音しているからな。
さて、行動は証拠を隠滅されないように素早くと行くか……
☆★☆ 思い知る ☆★☆
針の筵と覚悟していた学校生活。
意外にも快適だ。
昼休みの弁当だって2組に行って中学時代の友人たちを頼っているし、一緒の下校も以前と特に変わらない感じだ。
手を繋いだ回数すら片手の指より少ない関係だった俺と夏音。
デートをしない日の放課後と何も変わらない。
そうか……俺って、恋人らしい事なんかほとんど出来ていなかったんだな。
デートの時だって、仲の良い友人と遊んでいたのかと言われてもおかしくない位には恋人らしくない関係だったんだ……
あの夏祭りの日以外は……
俺は今さらになって、恋人とはどういうものなのか、どうあるべきなのかを考えさせられた。
初心? 奥手?
それ以前の問題だった。
俺は、精神的と言うか社会的には大人に近い心を持っていたけれど……感情、特に恋愛に関しては無知で臆病な子供だったんだ。
別れた夏音と、今こうやって一緒に過ごすようになったからこそ、そう思い知る事ができた。
☆★☆ それでいい ☆★☆
金曜日。
一緒に過ごせと言われた指令も今日で終わりだ。
「冬二くんとまた、こんな風に話せるようになるなんて……夢みたいでした……今まで本当にごめんなさい」
夏音は、事あるごとに俺に謝罪する。
初めのうちはそれを受け入れていたけれど、だんだんそれが煩わしくなってきた。
「あのさ、もう謝らなくていいよ」
「でも、本当に申し訳なくて……」
「俺って、恋人にふさわしい人間じゃなかった。多分、夏音に対してだけじゃなくて、多分誰に対してもそうだったと思う……」
「そんなこと無い……私の方こそ恋人にはふさわしい人間じゃなかった」
「俺、心が子供だったんだよ。初心過ぎたっていうかさ……」
「…………」
「夏音とはさ、身体の関係?って感じな事を考えた事が、実は一度も無かったんだ……まあ、年内にキスするのが目標、みたいなことは考えてたけど」
「え? アハっ……年内にって11カ月と言うか……1年も付き合ってやっとキス?」
夏音の笑い方はまだ若干暗い。
「そうなんだ、だから兄貴にも馬鹿にされるし、小野寺の奴にも隙を突かれた」
「……そう、だったね……ごめんなさい……」
「だからもう謝るなって。俺の初恋は散ったけどさ、案外悪くなかったと思ってるよ」
「え? 初恋って?」
「ああ……? 言ってなかったっけ? 俺、夏音が初恋の人だったんだ…… 確か…小学2年生の時だったかな?」
「そ、そうだったんだ……」
「そうそう、夏音が教科書忘れて来て、俺と机をくっつけて……教科書忘れたお前が悪くて、俺はお前を助けるために机をくっつけた。筈だった」
「2年生……教科書……」
「それなのに夏音は『教科書に落書きしてるのは駄目だ』とか、『ノートの字が汚い』とか、『漢字の書き順が違う』とか、文句ばっかり言ってさ」
「お…思い出した……」
「へへっ、覚えてたんだ?」
「うん……助けてもらったのに…お礼を言おうと思ってたのに、なんでか素直になれなくって……家に帰ってから凄く落ち込んだ記憶がある……」
「俺は、嬉しかったよ?その時」
「え?どうして?」
「文句のつけ方が、可愛かったから」
「可愛い?文句が可愛かったの?」
「ああ、俺って、男家族の中で育ってさ、兄貴なんか7歳も年上なんだぜ? 喧嘩だって派手だし血を流して当然。あ、結構俺、顔を腫らしてた事多くなかった?」
「そういえばそうだね。目の上とかよく腫れてた……それって、兄弟喧嘩のせいだったんだ……」
「そう、だからかな? 夏音が俺に文句言ってるのって、なんかめっちゃ可愛くてさ、この子いいな、なんて思って、それがずっと心に残っててさ」
「そっか……ごめ…ううん、今の無し」
「うん、それでいい……」
☆
過去を清算して、俺が大人になって理想としている『良い人』『優しい人』に成長する為に、この失恋が……
貴重なものだったと思えるようになりたい。
いつか、いつの日にか、いい経験だったよと笑って言える日が……来たらいいな。
溢れ出そうな涙を……今は堪えた。




