第五話『前哨戦』
☆★☆ 驚き・呆れ・怒り ☆★☆
クラスチャットを読み、音声データを聞き終えた冬二の父夏樹は、まず驚いた。
冬二から彼女を寝取ったなどと言う事を言いふらす『小野寺純』と言う男の神経を疑うのは当然として、それを非難するどころか迎合し追従するかのようなコメントの多さに驚いたのだ。
☆
さらに読み進めていくうちに、今度は呆れた。
自分から望んで恋人関係になったはずが、いざ別れる段になっていきなり手のひらを返したかのような非難轟轟。
『小野寺と黒沼さんが別れた件』以前の黒沼さんに対するコメントに比べて、あまりにも急な方向転換。それをまたもや受け入れ、追従するクラスメイト達の芯の無さに呆れてしまったのだ。
☆
さらには音声データだ。これには呆れを通して怒りを覚えた。
この小野寺という男が冬二を嫌いな理由。
身長? 体力? 目立つ? 球技音痴と言う言葉は初めて知ったが、それで笑いを取る冬二に、コイツは嫉妬しているだけだ。
こんな理由で冬二に対して敵意を持っただなんて、それはただの『八つ当たり』であり『逆恨み』じゃないか?
冬二には全く非が無い。それどころか、小野寺のやっている事は明らかに犯罪だ。
このクラスチャットと音声データは完璧だ。
完璧な証拠になる!
☆★☆ 100%の確率 ☆★☆
「この、クラスチャットとやらは冬二のスマホにもあるんだな?」
「え、あ、はい」
「音声データの方は?」
「い、いえ、私とこの小野寺しか持っていません」
「そうか……なら、私のスマホにこの音声データを送ってくれないか?」
充電残量はもう5%しかない。
「でしたら急いで連絡先の交換を…」
QRコードを読み込み、お友達登録。その後音声データを張り付け、転送。
残り残量2%…… 1%…… 送信終了。
瞬間、スマホのバッテリーが落ちた。
でも、
「よし、データは受け取った」
「あの……もしかして、冬二くんにもこれ……聞かせてくれるんですか?」
「ん? 聞かせてもいいのか?」
「はい……あいつは冬二くんにこの音声を聞かせたかったみたいでした……でも、何となく嫌な予感はしてるんですけど、聞かせた方がいいのかな……って……」
「ふーむ…聞かせるかどうかの判断は少し考えさせてもらうが……そうだな、自殺の邪魔はしないと言ったばかりで恐縮なのだが、自殺は1週間ほど待ってもらえないだろうか?」
「…………どうして?」
「死ぬ前に、この小野寺と言う馬鹿が地獄に落ちる様を見てみたくはないか?」
「で、出来るんですか? そんな事ッ!?」
「ああ、出来る……100%の確率でな」
☆★☆ この子はもう大丈夫 ☆★☆
無口な父夏樹の割には、夏音と色々と長話が出来た。
その後しばらくして病室の扉が開き、黒沼さんの母親が入って来た。
「夏音ッ!」
「おかあさん……」
「心配…したんだよ…… 無事で、よかった…… 無事で……」
「おかあさん…… ごめんなさい……」
「お医者様から大体の話は聞いたわ。無理にとは言わないけれど、話せることがあったらお母さんにも教えて頂戴?」
「うん…… あ、それよりもおかあさん」
「……なに?」
「私を助けてくれた人、命の恩人『野村夏樹』さんです」
夏音はそう言って、夏樹を紹介した。
「この度はありがとうございました。野村さん……本当に、本当に感謝します。この通りです……」
夏樹に対して深々と頭を下げる彼女の母親を見て、夏樹はもう
(この子はもう大丈夫。決して自殺なんかしないだろう)と
そう信じることが出来た。
☆★☆ 怒れる父 ☆★☆
「冬二、お前のスマホでクラスチャットを見る事は出来るか?」
夕方帰宅した父は、俺の顔を見るなり挨拶も無しにこう言った。
その迫力たるや、まるで時代劇の剣豪のような恐ろしさで、俺はただ
「ああ」
と、頷くくらいしか出来なかった。
「そのデータ、絶対に消すなよ」
父夏樹と言えば『沈黙』の人。
その父が、燃えている。 おそらくは怒りに……
「わかった」
俺の返事に頷くと父はじいちゃんの書斎に乗り込んでいった。
「おい、お前何したんだ? あれ、親父絶対に怒ってるぞ?」
兄秋一が俺の肩を揺すぶった。
純粋な武力で言えば、父は野村家最強。
多分と言うか予測だけど、俺と兄が二人がかりで最高の連携を取っても、格闘戦では絶対に勝てないと言えるほどの実力を父は持っている。
そんな父が、怒っている……
怖ッ!
☆★☆ 指令 ☆★☆
12月8日(金)
黒沼夏音さんが退院した。
その足で、我が野村家にご挨拶にやって来たそうだ。
なぜ他人事のように言っているのかと言うと、その時俺はアルバイト中で、家にいなかったからに他ならない。
黒沼さんの母親と、ウチのじいちゃんと父夏樹の3者で、かなり長い時間話し合いが持たれたらしい。
その間、夏音さん(母親も黒沼さんだから紛らわしさを避けるために敢えて夏音さんと呼ぶ)は、学童保育を見学していたとかなんとか……
俺がアルバイトを終え帰宅した時にはもうその話し合いは終わっていて、
「冬二、来週から夏音さんは学校へ行く。だが、夏音さんにとって学校は、おそらくかなり居心地が悪いだろう……」
父夏樹が、いきなり俺にメンチを切って睨みつけて来た。 怖い!
「は…はあ?」
「学校では、お前が夏音さんを守れ」
「はあっ!?」
父が更に距離を詰め、額と額が当たった。 怖い。
「昼休みに一緒に弁当を食い、放課後は一緒に帰ってくるだけでいい」
そのくらいなら……
仕方なく俺はその指令を受諾した。 だって怖いから。
☆★☆ 悪×嫌=善 ☆★☆
翌週、俺は家族の指令通りに、昼休みに黒沼さんと一緒に弁当を食べた。
クラスメイトの視線が痛い。
(あいつらよりを戻したのか?)
(うわ~あり得ねえ~)
(寝取られた上捨てられた彼女と一緒?どんな強メンタル?)
ひそひそ声が結構大きい。
あ、でも、なんかそんなに気にならない。
マジでメンタル強くなったのかな?
「おい野村、なんで夏音と一緒にいる」
小野寺が俺に話しかけて来た。へへ、コイツ的にはいちゃもんつけてるつもりなんだろうな。
「ふむ? 逆に聞く。なんでだと思う?」
俺は何故か心に余裕がある。本当になんでだろう?
「……俺はこの女をお前から奪ったんだぞッ!」
ああ……そうか、そう言う事か……
悪人が嫌がることをする。それ即ち『善』だ。
「俺の質問の答えになって無えよ。なんでだと思う?」
「分からねえから聞いてるんだよッ!」
コイツ、冷静では無いな
「あ~、お前、馬鹿だもんな」
大きな声で、ハッキリと言ってやった。
「くっ……」
夏音から聞いている。
コイツは俺に殴られたがっている。
理由までは知らないが、だから俺はこいつを殴らない。
だから逆に俺は、俺が殴られるように誘導するような行動をとる。
そうか、なるほどな……俺に暴力事件を起こさせたかったって事か……
俺を更に追い込むために…… くだらねえ。
だったらこっちにも相応の手段が、無いと言う訳では無い。
クックックッ…… お前の切り札が、お前だけのものだと思うなよ?
こっちにだって、考える能力はあるんだ。
俺は案外気楽に、夏音と一緒に学校生活を過ごすスキルを持っていたようだ。




