第四話『どうせ死ぬなら』
☆★☆ そばにいるよ ☆★☆
午前4時頃、雪子先生が離れを訪れ、俺と冬子ちゃんを起こしてくれた。
何でも、爺ちゃんが散歩中に田んぼで倒れている少女を見つけたんだそうだ。
一応、念のため起きていて欲しいとの事。
「まさかとは思うけれど、暴行や通り魔なんかの事件だったら怖いから、外には出ないようにね」
雪子先生はたぶん冬子ちゃんに言ったんだと思うが、ここは
「わかりました。外の様子は一応確認できるようにしたいので、内玄関で待機しますが鍵はかけておきますね」
俺が率先して頷いておく。
すると冬子ちゃんも「はい」と素直に応じてくれた。
俺は冬子ちゃんを残して、1人だけで様子を見に行くような性格ではない。
☆★☆ 怖いんだったら ☆★☆
外玄関に明かりをつけて、内玄関の明かりはつけない。
そうすることでガラス製の玄関ドアから、外の様子が見やすくなる。
そのうえでしっかりと鍵を閉め、内玄関にあるベンチに3人で並んで座る。
「なんかちょっと怖いね……」
冬子ちゃんが少し怯えている様子に俺は耐えられなくなって、つい
「雪子先生、冬子ちゃんを抱っこしてもいいですか?」
と、尋ねてしまった。
「えっ? 冬子はもう4年生ですよ?」
驚いた様子の雪子先生のリアクションに俺は急に恥ずかしくなり
「ごめんなさい、間違えました……」
そう言って謝罪した。
ちらっと冬子ちゃんの方に視線を向けたら
冬子ちゃんが残念そうな表情をしてくれていた。
それがなんだか可愛くて可笑しくて、つい
「プッ……アハハハハっ」
俺がこらえきれずに笑うと、冬子ちゃんも
「アハッ……えへへへへへっ」
ツボに入ったかのように笑い出した。
外の様子を見ながらの事ではあるけれど、冬子ちゃんの恐怖が少しでも和らいだのならばまあ、恥ずかしい思いをした甲斐があったというものだろう。
夜明け前の離れの玄関に、小さな笑い声が溢れた。
☆★☆ 最悪の予想 ☆★☆
救急車のサイレン音が近づいてきた。
俺たち3人の間に緊張が走る。
救急車は、ここ離れの内玄関から見える位置で止まった。
やがて、少女を背負った父夏樹が現れ、救急隊員に背負っていた少女を渡した。
ハッキリとは見えないが間違いない
黒沼さん……黒沼夏音さんだ。
意識がないのだろうか、ピクリとも動かない。
でも、どうして黒沼さんがウチの田んぼで倒れていたんだろう?
しかも、制服姿で?
昨日は学校にも来ていなかったよな?
と言う事は、朝は普通に家を出て、学校には行かずにここへ?
そういえばクラスチャットが『小野寺と黒沼さんが別れた』件で荒れていたな。
しかも黒沼さんにとってはかなり残酷な内容が多く含まれていた。
だとしたら……まさか自殺?
俺がする最悪の予想は、なんだか最近当たりやすくなっているから、この事はもう考えないようにした。
☆★☆ 無事解決? ☆★☆
救急車には何故か、父夏樹も乗り込んでいった。
状況の説明とかするんだろうか?
なんてことを考えながらぼんやりしていると、爺ちゃんが玄関を『ドンドン』と叩いた。
「お~い、鍵を開けておくれ~」
そうだった、俺たちは念のためにと、鍵をかけていたんだった。
雪子先生が慌てて鍵を開けると
「みんな、母屋に集合じゃ」
そう言ってみんなで母屋に向かった。
「とにかく飯を食おうか。話はその時にじゃ」
☆★☆ 本当は心配 ☆★☆
普段よりも少し早い時刻だったが、俺たちは朝食を食べることになった。
時間以外はだいたい普段通りの風景だが、父夏樹の姿はない。
「夏樹じゃがな、アヤツは少女と面識があったみたいなのでな、一応救急車に同乗することになった」
やっぱり黒沼さんだったんだ。
確信はしていたけど、これではっきりと確定した。
「少女の家族への連絡なんぞも夏樹が引き受けることになったからの、帰りは少し遅くなるやもしれん」
「まあ、収穫も大きなのは終わってるし、ハウス作業しか今日は無えからオレ一人でも全然大丈夫さ」
と、兄秋一。
「それからな、これはどうやら事件ではなさそうじゃ」
「なんでわかるの?」
実は俺、この件はもしかしたら事件かもしれないと疑っている。
クラスチャットの荒れ方が、黒沼さんに対して酷い内容だったからだ。
「衣服に乱れがなく、外傷というか怪我が全く見受けられなかったと言う事と、倒れていたというよりかは眠っていたっちゅう感じの恰好じゃったんじゃ」
「眠っていた?」
「うむ、三角座りからちょっと横になってみたら眠ってしもうた様な、な」
俺はそれを聞いて少し安心した。
そして、黒沼さんにはもう興味なんて無いと自分に言い聞かせておきながらも、本当は心配している事に気付いたのも実にこの時だった。
☆★☆ バカな娘(夏音視点) ☆★☆
「目が覚めたかい?」
うっすらと目を開けた時、そばには見知らぬ男性がいました。
いえ、どこかで見た事が……
「あっ! 冬二くんのお父さん?」
「そうだ、冬二の父で夏樹と言う」
「あの……私、どうして?」
「ふむ、君はウチの田んぼの中で眠っていたんだ。こんな寒い冬の夜中にね」
「そういえば……」
思い出しました。
私は昨日、もう一昨日なのかな? 純くん…いや、あの人でなしに捨てられて……
「どうして見つかったのかな……あのまま眠っていたら楽に凍死できると思っていたのに……」
「他人の家の敷地内で死ぬだと? はた迷惑なバカ娘だ。こんなバカが冬二の元恋人だったなんてな、別れてくれて良かったよ」
冷たい瞳……冷たい声……そして冬二くんの父親……
罪悪感が私に『もう一度死ね!死ぬための努力をしろ』と命令する。
「あ、あああ……私…死ななきゃ……」
ベッドから降りようとして……
ベッド?
「あの、ここはどこですか?」
「病院だよ。君は救急車で運ばれたんだ。私に付き添われてね」
☆★☆ どうせ死ぬなら ☆★☆
「ところで君はどうして死のうなんて思ったんだい? もし冬二に対して罪悪感を持っているというのならそんな心配はいらないよ」
「えっ?」
「冬二はもう君のことなどなんとも思っちゃいない。新しい恋に目覚めている……まあ、まだ自覚は薄いようだがね」
「そ、そうなんですか……」
「だから君が死ぬ理由なんか無いんだよ」
「で、でも、私が冬二くんにしたような酷い事を今度は私がされて……」
「そうか」
「冬二くんを私は裏切って、私はアイツに利用されて捨てられた……」
「利用されて捨てられた……か、詳しく聞いてもいいかな?」
「…………」
「どうせ死ぬなら、その理由をせめて、聞いてくれそうな人に打ち明けてからでもいいんじゃないか?」
「でも、そうすれば、私が死ぬのを止めようとするんでしょ?」
「いや、そこは君の自主性に任せるよ」
「え……っ? 本当に?」
「自殺の邪魔はしないと約束する。だが、どうせ死ぬならせめて、言いたい事を言ってみてからでもいいんじゃないか?と、私なんかは思うがね」
「…………じゃあ、あの…私のカバンってどこにありますか?」
「ああ、これかな?」
私はカバンの中からスマホを取り出して、ラインを開く。充電が残り少ない……
急いでクラスチャット『野村の彼女を寝取った件』までさかのぼる。
「ここから先を読んでください」
「わかった」
「その先も、最後まで読んでください」
「ああ」
私は、冬二くんのお父さんにすべてを打ち明ける事に、事実を知って貰える事に、少しだけ心が軽くなっていくのを感じた。
読み終わった冬二くんのお父さんがスマホを返してくれた際に、残りの充電量を確認して
「この音声データも聞いてもらえますか?」
あの最悪な日のやり取りも聞いてもらう事にした。
どうせ死ぬんだから……と考えたら、恥ずかしいなんて感情は捨てることが出来た。




