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2.

 あっという間に半年が過ぎ、長海颯太は菫と同じ大学に入学した。


 わたしは焦った。協力者としての役目が終わってしまうのではないかと思ったのだ。


 なにか、彼をつなぎ止める方法はないだろうか。いろいろ考えた結果、不服だったが、彼に申し出た。菫と恋人になる手伝いをしたい、と。


 手伝いをするだけ。あくまでも成就させようなんて思っていないけれど。



 ところが彼は固辞した。菫が幸せに過ごしているならば相手は自分じゃなくていいというのだ。


 わたしは無性に苛々した。でも、同時にほっとした。




 颯太からは別の頼み事をもらった。それは菫を垢抜けさせること。


 どうしてわたしが! と不快な気分になったけれど、菫が容姿のことを気にしているらしい、少しでも自信を持てるようにしてやりたいという颯太に押し切られたし、彼と会う口実になったから渋々承諾した。



「俺はどんな彼女でも好きだし、むしろ、俺以外の人には魅力に気づいてほしくないんですけどね」


 颯太はそう言って苦々しく笑った。


 菫の話をするときにだけ、彼は表情をゆるめる。いつもは人形のように整って、冷たい顔をしているのに。


 彼のこんな表情を知っているのは、きっと世界でわたしだけだ。――でも。



 わたしの中で、なにかが弾けたのは、このときだったのだと思う。


 わたしが元々持っていたものが芽吹いたにすぎない。けれども、それはもう後戻りのできない、片道切符の電車に乗り込むような危ういことだったのだと、わたしはまだ知らなかった。





「ねえ、写真を撮ってもいい?」



 わたしは尋ねた。



「颯太はわたしの最高傑作だもの。自分のコーディネートしたものを残しておきたいの」



 颯太は渋ったが、わたしにも報酬があるべきだとごねると、眉根を寄せたものの了承した。――その夜、颯太の後ろ姿を、SNSのカバー画像に設定した。


 それは裏アカウントだった。


 表には書けない、秘めた気持ちを、デートの記録を、淡々とつけるためにつくったもの。


 菫にしか教えていなかったので、彼女は仲良くなれてうれしいと喜んでいた。






「先輩、画像が変わってたけど、もしかして彼氏さんですか?」


 案の定、翌日、菫がにこにこして尋ねてきた。わたしはとびきりの笑顔を見せ、でも、明言するのは避けた。


 菫は、大学生になってから一度も恋人ができたことがない。


 地味で反抗しなさそうな見た目だから、実はとてもモテているのだが、そうした不穏な芽はことごとく颯太が摘み取っている。


 それを知らない菫は、自分には魅力がないと卑下しているのだろう。なにやらトラウマめいたものもあるようだが、どうでもいい。





 気がつくと、颯太との付き合いもあっという間に四年になっていた。


 わたしは一体、いつから颯太に恋をしていたのだろう。菫のことは完全にきらいになっていたし、いつもどうやって颯太を手に入れるかを考えていた。


 脈もあると思っていた。だって、あるときから、颯太は必ずわたしを家まで送ってくれるようになったのだ。


 菫のことで協力しているうちにわたしを好きになって、でも言い出せないのかもしれないと感じた。




 菫の醜態を見せたら愛想をつかすのではと思い、バーに彼と菫を呼び出して、菫を酔わせたこともあった。


 颯太は眼鏡をかけて顔を隠し、バーの隅で一人飲んでいたのだが、潰れた彼女を他の男が介抱しようとすると飛んできた。


 颯太とわたしのふたりで、菫をバーから連れ出し、彼女の家に送っていくことになった。


 人も車もほとんど通らない深夜の大通りで、菫はふいに泣き出した。どうやら泣き上戸だったらしい。


 わたしは苛々しながらも、人の良い先輩の仮面をなんとかかぶり続けた。




 なんとか菫の家までたどり着くと、菫は玄関の前で嘔吐した。


 わたしは内心ほくそ笑んでいたが、颯太は真摯に彼女に付き添い、菫を中で寝かせるように言うと、自分は玄関前を掃除したり、飲みものを買いにコンビニへ走ったりしていた。


 彼が部屋の中に入ってこないことはわかっていたので、わたしは菫をずるずる引きずると、靴もコートも脱がせることなく、暖房のついていない部屋で、その細い体を床にそのまま放置して家を出た。


 あとで合流した颯太に「どうしてあんなに飲ませたんだ」と詰め寄られたので、二人が恋人になれるようにお酒の力を借りようと思ったのだとうそぶいた。


 翌朝、菫は熱を出して寝込み、わたしは休みの日だったのに出勤しなければいけなくなって腹立たしかった。





 その春、スタイリストとしての職を得られぬまま卒業したわたしは、駅ビルのアパレルショップで働き出した。


 望んでいた職種ではなかったし、同僚たちは感じが悪く、毎日がつまらなかった。




 久しぶりに颯太に会えたのは、菫の誕生日だった。その日は土曜日で、わたしたちは午後から会っていた。


 菫は誕生日だと言うのに一人ぼっちで、所在なさげに歩いている。真面目なだけが取り柄のつまらない女だから、友だちも居ないのだろう。少しだけ溜飲が下がる。


 わたしたちは一緒に菫の足取りを追った。嬉々として彼女を見つめる颯太を見て、菫への悪感情が膨れ上がる。




 コスメ売り場で彼女が静かに苛立っているのを見たときは爽快だった。あの女、新人なのだけれど接客がひどすぎて問題になっているのよね。


 そのとき颯太はお手洗いに行っており、見ていたのはわたしだけだった。


 わたしは菫へのプレゼントを買った。店員は、例の女だと鬱陶しいので、別な人間が接客につくようにタイミングを見計らった。




 それから菫はパティスリーに寄った。


 それを見ていたわたしは、菫に誕生日プレゼントを買って届けてくると伝えた。


 口実のためにパティスリーでケーキを物色していると、颯太はすみれの花の砂糖漬けが乗ったケーキと迷い、ミルフィーユを勧めてきた。


 菫の好物なのだろうか。わたしはもやもやした。





 菫の誕生日祝いを適当に済ませたあと、わたしは近所のバーで待たせていた颯太の元へ向かった。とても気分が良かった。


 報告のあと、いつものようにアパートまで送ってくれた彼を部屋に誘った。


 なるべく自然に見えるように。だが、すげなく断られてしまった。


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